第4話 貴方の命は綿毛の如く

 しゅんかが高校生になって、初の冬が訪れた。けれど、しゅんかはあの花園を見ることはなかった。最後に訪れたのは、ワタシがしゅんかから名前をもらった日だ。


 しゅんかは前から抱えてた病が悪化し、病院へ入院することになった。それから、ずっと病院の外に出られずにいる。


「公英、今日も来てくれたの」


「もちろんですよ。……いかがですか?気分は」


 桃色の衣服を纏い、ニット帽を被った彼女は儚げで、ベッドの上で窓から入る日差しを受けていた。


「うーん、まぁまぁだよ。いつも通り。……このまま回復すれば、あの丘の花園が見れるのにね。病院から丘まで遠いから、ここからじゃちっとも見えないよ」


「写真でご覧になって頂こうと申しているのに、貴方が断るから……」


「だってさ、自分の目で見たいんだもの。きれいなんでしょ?私ね、すごく楽しみしてるの。病気を治した後の自分へのご褒美として。あと、ここでは、その口調無しっているじゃない」


 頬を膨らませる彼女に微笑み、出来るだけいつも通りの口調で話すよう試みる。


「はは、あそこを護る為に色々頑張ってたら、こんな口調になってしまったよ。おかしいだろう?」


「うん、おかしい。公英じゃないみたい。なんか、嫌だ」


「率直だね」


 彼女と目が合って、思わず二人して笑ってしまった。白っぽさの増した肌に、仄かに頬が赤くなった。あの日まで、血色がよかったのに。徐々に弱っていく彼女の姿が、ワタシには怖かった。ワタシには、わかってしまったから。


「公英」


 名前を呼ばれる。ベッドの近くにある椅子に座り、彼女との距離を縮める。


「なんだい?」


 答えると、彼女は笑みを浮かべたまま、けれど重く悲しい雰囲気を纏いながら言った。


「私ね、死ぬみたいなの」


 短く、けれど胸に刺さる「死」と言う単語。


「お父さんもお母さんも、隠してるみたいだけど。まぁ、自分のことだから大体想像はついちゃうよ。投与される薬も増えてきて、髪も全部抜けちゃった」


 ニット帽を取る彼女。風になびいていたあの黒い髪は1本もない。


「手術でも、取り切れない。いろんなところに転移しちゃって。病気、治ったらなんて……叶わないのに、嘘吐いちゃった。ごめんね」


 弱々しい彼女を見てられなくて、ワタシは立ち上がり言った。


「治してあげるよ。ほら、ワタシは神様だから。貴方の病気なんてすぐに――」


「遠慮するよ」


 遮るように、彼女はそう言った。


「これが私の運命なら、従うのが人間としてのルールでしょ?あ、でも別の事なら頼んでもいい?」


 微笑む彼女。悲しくて、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。


「構わないよ。なんでも言って。どんな望みでも、叶えてみせる」


 訴える様に、けれど彼女の声を聞き逃さないように言い放った。彼女は窓から見える外を見てから「タンポポが見たい」と言った。


「タンポポ?あぁ、いいさ。いくらでも咲かせてあげるよ。この部屋いっぱいに」


 大部屋の病室、彼女は1人ここで一人きりだった。だから、彼女が心から喜べるぐらい沢山咲かせてみせよう。彼女が望む、ワタシたちのきっかけとなった花を。


 床に手を付くと、タンポポが病室を彩った。


「わぁ、すごい。病室にタンポポが咲くなんて、夢みたい。えへへ、本当にきれい」


 近くに咲くタンポポを一輪摘んで、起き上がった彼女に手渡した。彼女は「ありがとう」と言って受け取り、手に持つタンポポを見つめた。


「公英、来世も貴方に逢えるかな?」


 ワタシは少し目をつぶってから、目を細めて彼女に告げた。


「逢えるよ、貴方の神様であるワタシが言うのだから」


 彼女は「よかった」と安堵し、再び横になった。


「ふぅ、なんか久しぶりに沢山笑った気がする。公英、タンポポありがとうね」


「貴方が望むなら、何度だってここに咲かせてみせるよ。今日は疲れただろう?眠るといいよ。タンポポ、ここの花瓶に活けておくから」


 彼女は頷いて目を閉じた。ワタシは数本タンポポを摘んで近くの花瓶に活け、まだ咲く病室中のタンポポは、彼女が眠りに落ちるまで咲かせ続けることにした。


 彼女に背を向けて病室を出ようとすると、不意に彼女が言葉を紡いだ。


「花園、色んな人に見せてあげて。花を求める人がいたら、私の時みたいに咲かせてあげて。それで救われる人は、世の中にいっぱいいるから」


 背を向けたまま、ワタシは答えた。


「貴方が望むなら、ワタシはそうしよう。貴方が次の人生であの花園が訪れるまで、ずっと」


 涙を流すこの顔を見られないように。




 綿毛が風に乗って飛んで行った。彼女は、そんな綿毛の如くこの世を去ってしまった。


 彼女がいなくなってから、彼女の親が花園にやってきて、四つ折りの紙をワタシに渡してきた。


『私はとても幸せでした』


 たった一行。開いた紙に書かれていた。彼女の親がその場を去ってから、ワタシは花園で泣き崩れた。ワタシが世に存在してから、初めて胸を打って泣いた。泣けば泣くほど、彼女との思い出が再生される。それでも泣いた。


 彼女の言う通りに、ワタシは花園を誰もが来れる様に施した。訪れる者が望む花を咲かせ、けれどワタシの存在は忘れる様に。


 彼女がここに訪れるまで、ワタシはこの花園で待ち続ける。


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