第3話 花言葉

 あれからしゅんかとは毎日丘で逢い、様々なことを話した。それを何度も繰り返すうちに、しゅんかはいつの間にか大きくなっていた。聞けば今は中学生だと言う。出会った時は5歳と言っていたのだから、約8年も日課のように逢っていたのだ。その頃になると、しゅんかはあの頃のような賑やかさはなく、誠実な少女へとなっていた。8年と言う月日はワタシにとってあっという間だったけれど、しゅんかはどう思っているのだろう。人間からしてみれば、長い時間なのだろうか。そう思いながら、今日もしゅんかが来るのを待っている。


「はぁ、はぁ……神様、お待たせ」

 

 息切れしながらも、笑みを浮かべてやってきたしゅんかを迎えに行く。しゅんかの手には分厚い本が抱えられていた。


「おや、運動不足かい?」


「そうなのかな。最近すぐ疲れちゃうの」


 そう言うしゅんかの手を引き、花の絨毯の上に座るよう促す。


「ありがとう、神様」


「構わないよ。それで、今日は本を持ってきたんだね。なんの本?」


 ワタシが訊くと、しゅんかは本の表紙を見せた。


「花言葉?なんだい、それは?」


「えっとね、花に込められた想い?って言うのかな。ロマンチックでしょ?」


「面白そう。一緒に見ても?」


「もちろん、いいよ」


 しゅんかの隣に座り、開かれた本を覗き込む。そこには、様々な花の写真と名前、そして花言葉が乗っていた。


「へぇ、いろいろあるんだね。あ、この花は……えっと、夏に咲く…」


 もどかしくて、近くの地に手をつく。すると、にょきっと写真に写っている花が太陽に向かって咲いた。


「向日葵だよ。花言葉は『貴方だけを見つめる』だって。太陽の方向を向いているからかな?今は秋だからもう見れないね。神様が咲かせるなら、話は別だけど」


 くすっとしゅんかが笑う。しゅんかの笑う顔が見たくて、「咲かせてほしい花ある?」とちょっと自信ありげに言ってみる。しゅんかの望む花なら、どんな花でも咲かせられる。そんな思いを胸に。けれど、しゅんかは「いいよ」と断った。


「花が見たいときはちゃんと頼むから。今は…ほら、ここにだって沢山咲いてるじゃない。こんなに咲いてるのに頼んじゃったら、なんだか欲張りな気がしちゃって。ごめんね。でも、ありがとう」


 しゅんかはワタシの方を向いて微笑み、本のページをめくった。数ページほどめくると、タンポポのページが出てきた。


「しゅんか。この、和名って書かれているところの横、なんて読むんだい?」


「これ?蒲公英たんぽぽだよ。すごいよね、これでタンポポって読むんだから。花言葉は……『神のお告げ』とか『真心の愛』、『別離』だって。まぁ、本によって載ってる言葉は違うんだけどね。この本はそう書かれてる」


「真心の愛って書かれてる隣、どういう意味?」


 漢字二文字のそれは、漢字の雰囲気からして悲しそうなのは何となくだが理解できた。


「別離、ようは別れってことだよ。私も神様も、いつかは別れる運命。ほら、神様は長生きでしょ?」


「長生き……、ワタシには寿命って言うのがない。そうだね、しゅんかは人間だからワタシみたいに生きられない。しゅんかと別れるのは、嫌だな」


 しゅんかはあとどれくらい生きられるのだろうか。70?80?もっと生きてほしい。今はここに二人でいられるけど、しゅんかも誰かと結ばれて、子供が出来て、そしておばあさんになったらここまで来るのが大変だ。あと、どれだけしゅんかとこうして話が出来るのだろうか。あとどれだけしゅんかとこの丘で逢えるだろうか。しゅんかがいなくなったら、ワタシはひとりぼっちだ。


 無いはずの心臓が掴まれたように苦しかった。これは、なんて言う感情なのだろうか。どう表現すればいいのか、わからなかった。


「ねぇ、神様」


 吹く風が揺れるコスモスから花弁を奪った。花弁が風と踊る中で、しゅんかはワタシの顔を覗き込むようにして言った。


「公英ってどう?蒲公英から蒲を取っただけなんだけど」


「え、え?」


 戸惑うワタシの顔を見てか、しゅんかはまた笑った。


「名前だよ。もし私以外に会った時、神様って名乗っても信じてくれないだろうから。名前の由来としてはね、神様が最初に咲かせたタンポポから。ほら、私と神様が仲良くなったきっかけってタンポポだったじゃない」


 あぁ、無意識に咲かせてしまったタンポポか。懐かしい、あの後しゅんかが「もっと」って言うもんだから、言われるがままに咲かせたんだっけ。こうえい、コウエイ、公英……。しゅんかが付けてくれた名前。ワタシの名前。しゅんかがそれでいいなら、ワタシは喜んでその名前を受け取ろう。


「いいじゃないか。公英と言う名前、ありがたく頂戴するよ」


「よかった!」


 伸びた黒い髪がなびく。花のような香りが、しゅんかから香った。しゅんかが笑えば、ここの花たちも笑ったような気がする。きっと、気のせいだろうけど。それでも、嬉しかった。花にも気持ちがわかるのだろう、と。


「これからは、神様じゃなくて公英って呼ぶね。名前が馴染むまでずっと」




 カラスの群れが山に帰る時間となった。ここは田舎でもっとも人気が無い場所の為、早く帰らなければ安全とは言えない。


「送ろうか?」


「いいよ、もう8年も通ってるんだから。目をつぶってでも帰れるよ」


 立ち上がり、本を脇に抱えてしゅんかは言った。


「また明日ね、公英」


「うん、また明日」


 お互いに手を振って、しゅんかは帰っていった。


 今日は学校が休みで、明日は学校がある。友達と話したりするなら、ここに来るのは遅くなるだろう。そうだ、しゅんかに名前をくれたお礼をしよう。ワタシは神様だ。ここの土地を買って、それから花園へと変えよう。それぐらい造作もないことだ。しゅんかは喜んでくれるだろうか?ここを所有地にすれば、ずっとここはワタシとしゅんかの物だ。花は季節で楽しめるようにして、ここにもともとある花はそのまま残して………。


 しゅんかの喜ぶ顔を想像すると、いてもたってもいられず、さっそく土地を買うために行動を起こした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る