第50話 幽霊船、船長
幽霊船ではおそらくお見せできないほどの流血沙汰になっているに違いない。最初の一撃は仕方ないとして、次に繰り出した乱切りはマズいだろ。おそらくマヤが魔法を施して幽霊船に通用するようにしたつもりだったのだろうが、結果は傷一つ付いていない。傷付いたのは味方だけ。
さすがにこれ以上はやらないだろう、そう思ったのだが博士がやって来た。
…………これは団員達の身が危ない気がする。
また先程のような乱切りを繰り出したら……まだ回復しきっていない団員が居れば幽霊船はミンチまみれになる。そんな事を思いながら幽霊船を見てみると、縁に誰かが立っていて、頭の上で腕を大きくクロスさせている。
オッサンだ。なんとなくオッサンの言いたい事は分かる。「それ以上はやめろ!」だ。間違いない。
クレアの攻撃のおかげで幽霊船では戦いが完全に止まっているようだ。
幽霊船と同じく海賊達も効いていないのか、イモータルの団員達より元気そうだ。団員の腕や足と思われるものを持ち主のもとへと運んでいる。メッチャ良い人達だった。
もう、これ戦わなくてもいいんじゃないか……。
幽霊船で繰り広げられている血生臭くも、心温まる遣り取りに、そんな事を思っていると博士やマヤはクレアの包丁に何かしている。「やはり浄化の力を強めなければ……」「これを使えばーどんな頑固な幽霊でもー強制じょーぶつー」などと聞き取れた会話から、あまり宜しくない事をしている事に気付く。
(どうしますケルベロスさん)
「どうするって言ってもな……下手に手を出しても巻き込まれるのも嫌だし……」
(でも、このままだと……)
「あの二人、今は完全にどうすれば幽霊船にダメージを与えられるのかっていう好奇心で暴走状態だからな……正直関わりたくない…………あ、とりあえず止めてくれそうな奴が来たぞ」
(え?)
一人の女性が海面を走り、急接近している事に気付く。眼鏡を掛けたイモータルで最も真面目な団員サラだ。
「何をしているんだぁ!」
「あーサラー」
「おおっ、サラくん、どうしたのかね?」
「どうしたじゃない! 味方を巻き込みまくってるじゃないか! というかクレア、お前もどうしてあんな事をした!」
あんな事とは味方を幽霊船に居る団員を切った事だろう。確かにクレアはあまり常識外れな事はしないと思っていた。
それが今回いったいどうして……。
「いやー悪い。一回目で効果ない時点でやめようと思ったんだけどさ、マヤがこれなら切れるって包丁に魔法を施してくれたから…………本当かなって試してみたくなっちまってね」
「試すな! しかも何度も振り回してたじゃないか!」
「ノリで」
「アホか!」
ああ……やっぱりこの人もイモータルの一員なんだな……常識がぶっ飛んでやがる。
料理の腕は確かでも、イモータルの団員。
だが、ノリで味方を切り刻むという事に衝撃を受けながらも、サーペントと共に安堵する。サラが来てくれた事で三人の行為は止められた。これ以上幽霊船に居る団員は切り刻まれる事はない。
だが、状況の変化はそれだけに留まらなかった。
「それに戦いはもう終わりだ。あとは幽霊船だけしか残ってないからな」
「ん? 幽霊船はいいのかい?」
「クレア、忘れたのか……」
「何を?」
「あの幽霊海賊団の船長はイモータルの団員だぞ」
…………は?
今、サラは何て言った? いや、ちょっと距離があるから聞き間違いかもしれない。うん、きっとそうに違いない。
俺はサラに近付いて声を掛ける。
「おーいサラ」
「ん? ああ、ケルベロスか。どうした?」
「ああ、いや、ちょっと気になる事を耳にしてな」
「気になる事? 何だ?」
まだクレア達に言い足りないようで、サラの口調は荒かったが、こちらの問いにしっかり答えてくれそうだ。
「いや、あの幽霊海賊団の船長がイモータルの団員だって聞こえたんだが……」
「ああ、そうだぞ」
「………………へ?」
「いや、だから、イモータルの団員だ。あの幽霊船の船長は」
「……………………」
どうやら聞き間違いではなかった。幽霊海賊団の船長はイモータルの団員らしい。
「いやいやいや! それっておかしいだろ?」
あの幽霊海賊団の船長がイモータルの団員だとしたら、どうして戦っているんだ? いや、あいつらの事だから暇潰しに戦ったりするかもしれない。だが、今回は一般人を巻き込んでいる。
「他の海賊は知ってたのか?」
「そんなの知る訳ないだろ。知っていたら、のこのこと集まりはしない」
「お、おいおい、それじゃあ騙したって事かよ」
「確かにそうだ。だが、それの何が悪いんだ?」
「っ!?」
慌てて俺は背後を振り返った。そこに、いかにも海賊らしい髑髏が描かれた大きな帽子を被った、大柄だが、あまり筋肉はついておらず細身だ。そして肌は恐ろしいほどに白くまるで生気を感じさせない。風が吹けば倒れそうな見た目だが、どうしてだろう…………はっきりと強者であると分かる。
「初めまして……でいいな? 私はファントムの船長をしているゴーストだ。名前はとうの昔に捨てているから船長とでも呼んでくれ」
「あ、ああ……」
「ふむ……それにしても、お前は面白いな。魂が二つ見える…………甲冑はまた別の魂が、ん? もしや蒼海の死霊騎士か? 随分懐かしいものを纏っているのだな…………それに魔力も多いと見た。なるほど、団長はまた面白い拾い物をしたのだな」
俺を興味深そうに足の先から頭のてっぺんまでじっくりと観察しながら、一人喋り続ける船長。イモータルにはあまり見かけない落ち着いた男性のような雰囲気を纏っていると思ったが、実際そんな事はっと、そうだ。そんな事より今回の事だ。
「な、なあ、海賊達を騙してたのか? お前、海賊の取り纏め役なんだろ?」
「ああ、そうだ………しかし、私が団員である事をどうして知らないんだ? いや、君のような新人は知らなくて当然だ。しかし、数十年に一度は顔を合わせてるはずだ。共に酒を呑み交わした事のある、それにも関わらず私の事を知らない?」
「記憶が吹き飛ぶほど飲んでいるからだろう。それにしても、お前の方もどうして遅くなった。もっと早く海賊を集めてくれれば、仕事の期限に怯えなくて済んだ。色々あり過ぎて、私は酒に逃げてしまった」
「それは、すまない。私が思っていたよりも海賊の質が低下していた。集合を掛けてから、集まるまでに時間が掛かり過ぎた」
「ちょ、ちょっと待て! どうして海賊の纏め役のあんたが海賊を裏切んだよ!」
二人の会話に俺は割って入った。このままではサラと船長が普通に会話を始めてしまいそうで、俺の疑問は解消されない。どうして裏切るような行為をしたのか……イモータルは常識を知らないが、最低限の人道的思考はあると思っている。
その俺の問い掛けに船長が反応する。
「すまない。君の疑問を払拭できていなかったな…………まあ、疑問を抱く事ではないと思うがな。相手は海賊だぞ」
「海賊だから何だっていうんだ? 騙す……それも命を奪うんだぞ」
「その考えは強者の驕りだな」
そう俺に言葉を突き付ける。
驕り? この考えが?
至極当然の事だと思っていた俺には、その言葉は虚を突くものだった。反応ができずにいると、続けて船長は言う。
「君は……本当に最近イモータルに入ったのだな。そして急速に力をつけた。だが、頭はそれに追いついていないようだ。いいか? 騙した相手は海賊なんだ。人を殺し、財を奪う。中にはそれ以上に外道な行為をする海賊も居る。殺しても非難される事のない、むしろ称賛される。そんな相手を騙して何が悪いというのだ? おそらく君は力をつけた事で、海賊や善人である一般人を一括りに弱者と位置付けている。弱者と見下すのは構わない。驕る事も構わない。だが、弱者をせめて悪と善くらいには分けた方が良い。悪を見逃し、その悪が善を殺すのを目の当たりにする事になるぞ。長生きすれば目の当たりしても何も思わなくなるが、若い内にそんなものを見たら心が壊れかねないぞ」
…………滅茶苦茶、正論。
船長の話を聞いて、まずそのように思った。イモータルに入ってから、ここまで正論らしい話を耳にした事はなかったから衝撃的だった。
そして俺は今回の海賊の討伐に関しての詳しい話を聞くのだった。
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