第49話 サーペントの力

「よっしゃ! それじゃあ俺は幽霊船相手にするぞ! ケルベロスお前は普通の海賊船を片付けろ!」


 愉快とばかりに笑いながら幽霊船へと駆け出すダン。

 いかにも強敵そうだが、さて……結果はいったいどうなるだろうか。


 まあ、イモータルが倒せない相手はいないだろうという不思議な安心感があるので、俺はダンにいわれたとおり普通の海賊船を相手にする。今の俺もサーペントが居るから充分に戦える自信がある。


「さてと……サーペント行くぞ」

(はい。それにしても皆さん凄まじい戦い振りですね)

「あー確かに。そういえば俺もちゃんと戦っているところ見たことなかったな」


 よく考えてみれば自分の初陣の時には、俺が単独で敵に突っ込んだし、それ以外はほぼ一人一人の戦いしか見た事がない。


 こうしてイモータル全体が戦っている光景は初めて見る。うん……初めて…………なるほど以前聞いたが、イモータルの団員の個人の力が強過ぎる。仕事に全員で向かう事がない訳だ。


 例のアヒルの船は素早い動きで撹乱しながら、次々と船体に穴を開けていく。そこをチャンスとばかりに乗り込んだり、空から魔法を放って海賊を倒す。一方的な戦いで、海賊たちが逃げる姿が目立った。


 ユーマも集団で戦う事で安心したのか、魔道具を使って海賊を蹴散らしていく。


 実際に逃げようと船を動かす海賊も居る。

 だが、そう簡単に逃がすイモータルではない。


 逃げようとしていたある船の正面に、一人の女性が躍り出た。大きな胸を揺らし、迫って来る海賊船を待ち構えるエプロンを身に着けた女性、料理担当のクレアだ。


 彼女は一振りの包丁を手にしていた。

 しかし、ただの包丁ではない。血管を連想させる模様が刃に広がっている。魔道具のようだが、それがただの魔道具ではない事を素人目でも分かった。凄まじい力を感じる。


 そして、その包丁の本性を目の当たりにする事になる。


 突如、船と同程度の大きさ包丁が変化したのだ。それに伴い持ち手も大きくなるのだが、クレアはそれを抱きかかえる。抱え辛そうにしているものの、重いとは思っていないようで、余裕な表情をしていた。


 巨大な包丁を海賊船へと振り下ろす。船体と刃が接触すると、何も抵抗がないまま滑らかな動きで刃は船体に入っていき、途中引っ掛かったりと刃の動きが止まる事なく、船底まで振り下ろすのだった。


「本当はドラゴンの調理用なんだけどね……まあ、たまに振るっとかないと鈍るから、いい機会か」


 潮風に乗ってクレアの言葉が聞こえて来た直後、船は左右に綺麗に分かれて転覆した。その際切り口が見えたのだが、鮮やかの一言に尽きる。船内のものも見事に切断されていた。


 そういえばドラゴンを解体する時に使う包丁とか前に聞いた事があったな……あの巨大化した包丁はそれだろうか。


 あれで料理担当。料理という言葉が違う意味に聞こえる。


「本当に滅茶苦茶だな……」


 その強さに呆れながらも、サーペントと俺は一隻の船に狙いをつける。一応イモータルの一員として仕事をしなくてはならない。


「さあて、俺達もやるか……」

(そうですね。私達もそれなりの力を示さないといけませんし…………ここは派手にやりましょう)

「そう派手に…………何をするつもりだ?」

(ふふ……海賊から海を取り上げてしまいます)

「え?」


 それは、どういう意味なのか。聞こうとしたが、それよりも前にサーペントは行動に移す。


 サーペントが海を取り上げるという発言の意図が分からなかったが、狙っていた海賊船の周囲の海で起きた異変を見て納得した……というか呆気に取られた。


 傍から見れば海賊船が沈んでいるように見えた。ここまで海を操る力を見せて来たサーペントなら船を沈ませる事ができるというのは充分規格外ではあるが、想定内だ。だが、沈んだ訳ではない。海がなくなったのだ……海賊船の周囲だけ、綺麗に。


 確かに、海賊から海を取り上げたのだった。

 一部海水がなくなった事に驚きの声を上げる団員達。


「なんだこりゃ!? おい海なくなってんぞ!」

「マジだ! どうなってんだ!?」

「あれは、たぶん蒼海の死霊騎士だねぇ」

「そうなのかユーリ? あっ! あそこに居るじゃねえか! そういえば、あの中にケルベロスが居るってユーマが言ってたな」

「じゃあケルベロスの力でもあるって事か」

「あいつも順調にイモータル化してんな」


 イモータル化って何だよ!

 言った奴とは距離があったので心の中で俺は叫んだ。いや、本当に何だよ、イモータル化って……人間離れしていってるって事か? …………否定はできないな。


 こうして融合なんてしちゃったりと、普通の人間ではありえない事が自分の身に起きている。こんな事になるなんて入団したての時には予期できなかったなぁ。


 などと入団した時の事を思い出して、懐かしい気分に浸りながら海がなくなった海底で身動きのとれなくなった海賊船を見てみる。船は横転していて海賊達があり得ない状況に騒いでいるのが分かる。


(このまま海を元に戻しても全滅しそうですね)

「そうだな……船もあの状態じゃ、浮かび上がるのは難しいだろ」


 という訳で元に戻した。再び海水が戻っているのを見て、慌てて海賊船の上に飛び乗る奴も居た。このまま放置しても船は浮かび上がらないとも思ったが、念の為海賊船を破壊しておく事にする。

 海を元に戻す際に海賊船に向かって勢いよく放水をし、その水圧で船体に穴を開けていく。こうして二度と船は浮かび上がる事はなかった。


「とりあえず一仕事終えたな」

(そうですね。残っている海賊船もほとんどありません)


 サーペントの言う通り確かに今も浮かんでいる船は少ない。それも航行可能な船はイモータルの団員が制圧しており、海賊は全滅していた…………あの船を除いて。


「あの幽霊船はまだ健在だな」

(はい……まだ戦ってるようですね)


 他の海賊船とは全く異なる海賊船。確かダンが幽霊海賊団のファントムと言っていた。

 船上では髑髏を連想させる仮面を付けた海賊と交戦している。珍しく普通に戦っているように見えた。


 だが、それも時間の問題だろう。他の海賊の相手を終えた団員達が続々と幽霊船へと集まっていく。個々が強い連中が集まれば、どんな相手でも力押しで倒せるだろう……と思っていたが、この幽霊海賊団は一筋縄ではいかなかった。


 クレアが再び包丁を巨大化させて幽霊船へと振り下ろそうとしたのだ。先程の船と同様に両断するつもりだ。オッサンを始めとするイモータルの人間が船に居るのだが、お構いなしに振り下ろす。


 そして船底まで包丁を振り下ろし、元の大きさに包丁を戻す。そしてクレアは首を捻った。

 彼女の反応は当然のものだった。いつまで経っても船は真っ二つになって転覆しないのだ。船には一切傷が付いていない……傷付いたのは船に居た一部の団員だけだ。クレアの凶刃に巻き込まれて肩からばっさりと腕を切断した団員の姿が見える。


 不思議そうにしているクレアのもとにマヤが近付く。そして何かクレアに話して、元のサイズに戻った包丁に魔法を掛ける。魔法を掛け終えると、これで大丈夫とばかりにマヤは親指を立てる。


 マヤに魔法を掛けて貰った包丁を再び巨大化させる。そして今度はたた振り下ろすだけでなく、船底に包丁が達しても動きを止めず、くるりと一回転させ再び包丁を振り下ろした。器用に巨大包丁を何回転もさせて、船を切り刻んでいったのだ。さながら乱切りである。


 だが、幽霊船はノーダメージ。船に居たイモータルの団員達は大ダメージ。うん、薄々こうなるような気がした。体がバラバラになって動けなくなっている団員も居て、海賊は戸惑って動きを止めているようではあるが……。


 クレアとマヤは斬れない海賊船に対して不思議そうに首を傾げているようだった。いや、斬れない幽霊船よりも、もっと気にするべき事があるぞ。味方をバラバラにしている事とか。


 そんな二人のもとへ博士が近付いた時には、幽霊船に居る団員達に避難を呼び掛けようかと思った。

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