第47話 蒼海の死霊騎士のひと仕事

 蒼海の死霊騎士が入団した経緯はそんな感じだ。

 不老不死にしていないのは、団長自身が蒼海の死霊騎士の人柄を分かっていないからだそうだ。まあ、そう簡単に不老不死にしていたら、世の中不老不死だらけになってしまうだろう。


 団長に酒を勧められるがまま蒼海の死霊騎士が酒を飲む仕草をしている。足下にはどんどん酒の水溜まりが広がっていく。勿体ないな……これ、サラが怒るぞ。


 幸いな事にサラの酔いは俺達が海から戻って来ると醒めていた。今は通常運転で、団長を絶賛怒りに満ちた表情で凝視している。うん、やっぱり怒っていた。


 とにかくこれで完全に酒乱サラ担当から解放されたという訳だ。


 あと、ついでに行方不明だった団員が全員見つかった。封印されていた男性が最後だったようだ。これでイモータルも通常運転を再開できる。


「ケルベロス、呑んどるか?」

「……デュラ爺さん」


 俺が一人座って呑んでいるところにデュラ爺さんが近付いて来た。爺さんは申し訳なさそうな顔をしながら、俺のグラスに酒を注ぐ。どうやら俺を蒼海の死霊騎士ごとボコボコにした事を謝罪しに来たようだ。


「いやぁ、すまんの。迷惑を掛けたみたいで……儂はあの姿になると少々昔を思い出して暴走してしまうんじゃ。面目ない」

「気にするな……とは言えないけど、まあ……博士やマヤよりかはマシだよ」


 あいつら何をしたか説明しただけで、謝罪とか一切しないからな。それどころか被害者の目の前で、嬉々とした様子で自分たちの行いを語るのだから悪質極まりない。謝罪に来てくれたデュラ爺さんの方が何十倍もマシだ。


「だけど、どうしてああなったんだ? 首が取られそうだったみたいな事を言ってたと思うが……」


 デュラ爺さんは俺の質問に対して、自分のグラスに酒を注いで少し口にしてから語り出す。


「うむ……実はの。儂の首も封印され掛けてしまったんじゃ。ちょっと強めに抵抗しなければ、救助した団員と共に封印されていたじゃろうな」

「デュラ爺さんを抑え込むほどの強力な封印だったのか?」

「ああ、よほど強力な封印魔法でなければ儂を封印なんてする事はできないんだがのう……今回はちとマズいと思い、本気を出してしまったんじゃ。いやぁ、あの死霊騎士も封印されていた被害者であったのに、申し訳ない事をしたのう」


 デュラ爺さんは「あやつにも謝罪しなくては」と言って、俺のもとから去って行った。


 どうやら蒼海の死霊騎士やうちの団員の封印は、想像以上に強力だったらしい。

 確か蒼海の死霊騎士が封印されたのが五百年くらい前だったか? それほどの封印魔法を使える魔法使いが、その当時にいたのか…………もしかしてマヤあたりが自分のした事を忘れているなんて事はないだろうか。ありそうだ。


 あとで一度聞いてみてもいいかもしれない。そう思いながらデュラ爺さんに注いで貰った酒を一息で呑んだ。


「ケルベロス……」

「ん?」


 突然背後から声を掛けられた。聞き覚えのある声だが、弱々しく別人に思えた。だが、振り返ってみると、最初に思い浮かんだ俺の知る人物がそこに立っていた。


「シロか……」


 珍しくシロは元気がない。いつもだったら発見と同時に突っ込んで来て俺がダメージを受けるのだが、俯きながら、恐るおそるといった様子で俺に話し掛けて来る。


「あ、あのね……怒ってる?」

「怒ってるって…………何がだ?」

「その、えっと…………海に落としちゃった事」

「……………………ああ!」


 すっかり忘れていた。酒で暴れるサラやデュラ爺さんの本気モード、蒼海の死霊騎士との融合と立て続けにインパクトの強過ぎる出来事が立て続けに起きた為に、忘れかけていた。


 自分が漂流していた事を忘れかけるなんて、どうかとも思うが……。


「その……ごめんね。お酒に酔って楽しくなっちゃって……そのせいでケルベロスやみんなに迷惑を掛けちゃった。本当に、ごめんね……」

「あー……オッサンとかに怒られたのか?」

「うん、ゼンとサラにちょっとだけ……」

「ちょっとだけか……」


 あれをちょっとの説教で済ませていいのかと疑問だが、まあシロの様子からして充分に反省していると見える。


「いいよ、反省してるなら。次からは気を付けろよ」

「え、許してくれるの?」


 普通であれば許しちゃいけないかもしれない。だが、普通ではないのだ。死なない人生に漂流の一つや二つあるだろう。それに謝りに来てくれ、落ち込むほど反省をしているのだ…………謝罪と反省は特定の二人のせいで、自分の中で価値が高騰している気もするが……。


 まあ、とにかくシロは既に充分に反省しているし、彼女に対して俺は怒りはない。


「ああ……謝りに来てくれたうえ、反省もしっかりしているようだしな。それにだ、俺以外に海に突っ込んだ奴等は自己責任だ」


 そう言って俺はシロの頭に手を伸ばし、強めに撫でてやる。


「だから、いつも通りの元気なお前を見せてくれよ」

「…………ケルベロスっ!」


 嬉しそうに座っている俺に低空タックル……いや抱き着いて来た。鳩尾にシロの頭が突き刺さって呑んだ酒がリバースしそうになったが、なんとか耐える。


 うん、やっぱりシロはこうでなくちゃな。元気を取り戻したシロを見て、思わず顔が綻んでしまう自分に気付いた。


 こうして、ますます蒼海の死霊騎士の歓迎会は盛り上がるのであった。


 ――蒼海の死霊騎士の歓迎会を終えた翌日。

 朝早くから港にイモータルの団員達が慌ただしく動いていた。


「さあっ、仕事の遅れを取り戻すぞ! キリキリ動いてさっさと海賊退治、殲滅、ぶっ殺してくるんだ! ああ、この手配書の海賊は生け捕りにしてくれ。賞金が貰えるからな」


 サラが手早く団員に指示を出していく。これから総動員で海賊退治に向かうのだ。遅れを取り戻す為らしいが、俺からしたらかなり無茶な采配だ。


 海に出て、海賊を探しだし、見つけ次第交戦、退治もしくは捕縛。これを一人でやれと言うのだ。サラは二人以上での行動を許さなかった。一人で行動すれば、より広い範囲を探すことができ、海賊を退治できるとの事。


 馬鹿げた考えだが、イモータル一人一人が海賊団一つくらい壊滅させるほどの力があるので、うちの傭兵団に限っては現実的な策ではある。だが、ユーマや一部の団員は「まだ不死身歴短いから、そんなに強くないんだけどな……」などと弱気だった。


 また、行方不明者がでなければいいが……。


 そんな事を祈りながら俺も海に出ようとしていた。

 各自様々な手段を用いて海に出る。


 普通に泳ぐ者。


 魔法を用いて空を飛んだり、海面を滑る者。


 何処から持って来たのか分からないが、巨大な柱のような円柱状の物体を離れたところにある島へと目掛けて投げ、その上に乗って移動する者。


 更に何処から持って来たのか分からないが、足で漕ぐタイプのアヒルを模した船を全力で漕いであっという間に水平線に溶け込んでしまった者。


 後半に挙げた移動方法をする者が十人……いやもっと居たかもしれない。それほど、あの移動手段が普及している事に衝撃を受けた。

 やっている事は凄いが、馬鹿としか思えなかった。あんなのに退治されてしまう海賊が不憫でならない。


 そして俺の移動手段だが、俺はサラに二人での行動を許された。まだ日が浅いからとの事で配慮してくれたらしい。そして、その相手は同じく入団して日が浅いというか、昨日入団したばかり。そう、蒼海の死霊騎士だ。


「じゃあ頼む」

(お任せを)


 蒼海の死霊騎士がばらけて俺の体に装着されていき、俺は蒼海の死霊騎士の中に収まった。準備が完了して、俺は桟橋から海面に一歩踏み出す。沈む事はない、海面を歩けている。


 デュラ爺さんと戦った時に、蒼海の死霊騎士に入っている状態で何ができるのかは確認済みだ。海面を普通の地面のように歩いたり、走ったりできれば、海流を操って労せず移動する事だってできる。


 この海賊退治の仕事には蒼海の死霊騎士と行動が許されて本当に良かった。

 早速海流を操作して移動を始める。デュラ爺さんの攻撃を避けるのに必死で、すっかり慣れてしまった。


「さて、まずは何処から行くかな。近い島はもう見ただろうし、少し離れたところに行ってみるか」

(あの、ケルベロスさん……少しよろしいでしょうか?)

「どうした?」

(いえ、その……ちょっとお願いがありまして……)


 お願い? はて……蒼海の死霊騎士の願いとはいったい……。


(それです)

「それ?」

(蒼海の死霊騎士という呼び方です。もっと呼びやすい、名前をくれませんか?)

「名前を?」

(ええ……昨日団長さんあたりに相談しようかとも思ったのですが、意思を伝えられるのはケルベロスさんだけですし……)


 蒼海の死霊騎士は俺にしか、言葉を伝えられないのだ。融合した影響で俺は言いたい事が分かるらしい。不便だが、この時ばかりは良かったと思えた。


「よし、ちゃんとした名前をつけてやる……何処に行っても恥ずかしくない名前を」

(ケ、ケルベロスさん、そんな真剣に考えなくてもいいですよ? もっと気軽に……)


 蒼海の死霊騎士はそう言うが、名付けで苦い思いを経験している俺にとってはとても気軽になんて考えられない。俺のように酔っ払いたちに決められては可哀想だ。俺とだけしか会話ができなくて正直良かっただろう。


(ケ、ケルベロスさん、融合したばかりの頃と比べて、心の声は伝えたい事しか聞こえなくなってきたんですが……今は物凄く伝わってきますよ? 名前で何があったんですか?)

「いや、もう終わった事だ……気にしないでくれ」

(は、はあ……)


 こうして蒼海の死霊騎士の名前を考えながら、俺達は海賊を探すのだった。

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