第44話 これぞデュラハン!

「デュラ爺さん!?」


 デュラ爺さんの首のない体が突然発光する。ただ、慌てふためいているのは俺だけで博士とマヤは「おおっ、久し振りに見れるのかっ!」「あー、凄い久し振りー」と慌てずに懐かしい、と思うくらいに留まる。


 ユーリも同じだ。「海だと不利だからねぇ」と言って苦笑している。


 よく分からないが、とりあえずデュラの胴体に起きているこの状態は以前にもあったという事は分かる。とりあえず心配する必要はなさそうだ。


 そしてデュラの体が一段と強く発光した後に、光は収まった。

 あまりに強烈な光に閉じていた目をそっと開けて、デュラ爺さんを確認する。そして恐る恐る開けていた目を限界まで見開いて、目の前の光景に俺は釘付けになった。


「三十年振りだな」

「そうねー」

「私はもっと前に見たきりねぇ」


 博士とマヤ、そしていつの間にか船上に打ち上っているユーリが懐古的な空気に包まれているようだが、俺はとてもそんな空気に馴染めなかった。


 突如として現れた目の前の光景に色々思う事はあるが、驚きが大きく俺はなんとも反応できないでした。だが、そういった様々な思いがひしめき合う事で、絞り出たように、ポツリと一言だけ口から漏れる。


「な、なんか強そうになってる!?」


 …………滅茶苦茶馬鹿っぽい一言だと自分でも思う。だけど実際そうなのだから仕方ない。


 デュラの今の姿、それはまさしくデュラハンそのものだった。全身を覆う漆黒の甲冑、そして背丈と同じぐらい大剣を背負っている。甲冑も剣も黒だが、非常に繊細な美しい彫刻が施されていて、光の当たる角度によって彫られたものが露わになるのだ。決して素朴という訳でなく、確かな美が備わっている甲冑と大剣だ。


 そして最も違うのがデュラ爺さんの纏う雰囲気だ。

 今ここにあるのは胴体だけだが、首があった時と同様の温厚そうな柔らかい雰囲気を纏っていた。だが、今はどうだろうか。心臓が止まりそうになるほどの寒気……実際に気温が下がったとかいう訳ではない。甲冑で体を覆ったデュラ爺さんの放つ気配がそうさせるのだ。自分の陥っている状態がなんなのか、本能的に理解する。


 この寒気は恐怖によるものだ。そして恐怖を抱いた理由、それはデュラ爺さんの放つ死の気配だ。デュラハンのは本来、首と胴体が切り離された不死身……というより死を具現化している、死を司るモンスターだ。今のデュラ爺さんはおそらく本来の姿なのだろう。


 デュラ爺さんの胴体は背負っていた大剣の柄を握ると、船を蹴って高々と跳び上がった。大きく揺れる船にふらつきながらも、デュラ爺さんを目で追う。すると、宙で停止し、大剣を両手で握りしめて構えている姿が見えた。

 ただ剣を構えているだけでないという事は魔力の流れを意識していれば分かる。人の魔力の流れは簡単には分からないものだが、デュラ爺さんはあくまでモンスターだ。隠し立てるのなら分からないかもしれないが、本人は特に隠す気はないようでよく分かる。


 デュラ爺さんの魔力の動きは異常だった。全身の魔力が激しく活性していて、今にも体内から溢れ出すのではないかと思えるほどだ。そして、その活性している魔力は大剣に集中していた。魔力が一か所に集中した事で黒い光が大剣から迸っている。


「……マヤくん」

「はいー、分かってますよー」

「船に乗って正解だったかも」

「え?」


 デュラ爺さんを見る事に意識を向けていると、博士とマヤが何か準備を始めていた。収納魔法で博士は魔道具らしいものを出し、マヤは呪文を唱え始めている。


「ケルベロス、何処かに掴ってた方がいいよぉ」


 そしてユーリも俺に警告を告げて来たので、これから何が起こるのかと不安になる。


「な、何が起きるんだよ」

「デュラ爺さんがちょっとばかし本気を出すみたい」


 そしてデュラ爺さんが大剣を振り下ろすと、眼下の海へと向かって黒い光が放たれる。博士とマヤは互いに声を掛けながら、それに対応するべく動く。


「マヤくんっ!」

「防御は任せるよー」


 博士は収納魔法で取り出し装着した、指先から肘の辺りまで覆う白銀の籠手に包まれた右手を空へと掲げて起動させる。


「デウスブラッソ、起動!」


 なんかいつもより格好いい名前の魔道具!? 普段なら○○くん、といった名前なのだが…………外見もまともだ。どういった心境の変化なのだろうと思いながら、デウスブラッゾの力を目の当たりにする。


 博士がデウスブラッソを装備した腕を掲げながら叫ぶと、デウスブラッソが黄金色に輝き出す。そして博士の足下から徐々に黄金色の光が広がっていき、やがて船全体が黄金色の光を纏う。乗船している俺を含めて博士、マヤ、ユーリも、全身に黄金色の光を纏っている。


 温かで気持ちが安らぐ光。だが、デウスブラッソの力はそれだけではない。デュラが放った光の一部が逸れ、船に向かって来たのだが、纏っていた黄金色の光がそれを受け止めてくれたのだ。


 続いて魔術で船を海から浮かした。突然浮かび上がったので、全身が浮いて船から足が一時的に離れた。ユーリの忠告通りしっかり船に掴っておいて良かった。船はデュラの胴体と同じくらいの高さまで浮き停止する。海面から二十メートルくらいの高さだろうか。


 こうして博士とマヤが一通りの作業を終えると、次の瞬間足下から爆音が轟き、衝撃が襲って来て船を大きく揺らす。船や俺達を包んでいるデウスブラッソの光が少し散ったようにも見える。


「な、何が……」


 音と衝撃の発生源と思われる船の真下、海を確認しようと恐るおそる船のへりから顔を出して見ようとしたが…………海はなかった。


「何だ、これ……」


 真下に広がっているはずの青い海は消失していた。まるで、そこだけをくり抜いたかのように海は消え、海底が丸見えとなっている。どうやらデュラ爺さんの胴体が放った黒い光は、一部の海を焼失させるほどの威力だったようだ。これほどの威力のものが海面に接触する際に、船が宙ではなく、海に浮いたままだったらどうなっていただろうか。博士とマヤは危険を察知して動いたのだろう。


「間に合ってよかったなっ!」

「そうねー。借り物の船なんだからー、サラが正気に戻った時にー怒られちゃうものー」

「ああっ! まあ普段使わない傑作の内の一つを使ったのだから、船に傷がつくなどありえんがねっ!」

「借り物だから大事にしないとねー」


 ……もし借りた船でなかったら違ったのだろうか。借り物であろうがなかろうが、ちゃんと対応してくれよ。頼むから。


 いや、そんな二人の会話よりも気にすべき事がある。

 

 徐々に周囲の海水が失った部分を補填しようと押し寄せていくが、また元の海面に戻るまでに僅かだが時間が掛かる。その僅かな時間で、海底に居るものの姿を視認できた。長い年月、海底に沈んでいた事を伺わせられる海藻や貝などが付着した青い全身甲冑。いや、中身もある。青い甲冑からデュラ爺さんに似た死の気配を感じた。


 海が再び青い甲冑の姿を飲み込もうとした時、デュラ爺さんの胴体は俺が瞬きをした隙に間合いを詰めて斬り掛かった。それに青い甲冑は反応して、腰の剣を抜こうとする。そこまで見えていたのだが、海は二人の姿を飲み込んでしまった。


 だが、元の海面を取り戻したものの、時折何十メートルにも及ぶ水飛沫が上がる。

 海中でデュラ爺さんが青い甲冑と戦っているようだ。


「な、なあ、あの青いのって何なんだよ?」

「私は知らないわー。博士は知ってますー?」

「知らんなっ! 魔道具であれば古今東西あらゆる魔道具を知っていると胸を張って言えるが、あれは魔道具ではないっ! あれはモンスターの類だっ!」

「あ、そういえば……」


 ユーリが思い出したように手を打ち鳴らした。

 俺、マヤ、博士の三人の視線を集めたところでユーリは話し出す。


「実は五百年くらい前かな……私が生まれる少し前くらい。その時にね、丸一年海が荒れた時があったらしいの。原因は分からないんだけどね……嵐でもないのに海が突然荒れて、多くの船が沈んだ。人間の歴史が始まってから、これまで海で亡くなった人の半分以上はその年に亡くなった数って話よ。そして短期間で、海で亡くなった人が膨大な数に膨れ上がった結果、海に残留する僅かな人の魂が集まって一体のモンスターを生んだの。その名前は蒼海の死霊騎士。海を操り、海で亡くなった人々の負の念を糧として、破壊の限りを尽くすモンスター……さっきの大きくて硬かったのって封印だったんだ……」


 ユーリの話を聞いた限りだと滅茶苦茶強そうなモンスターだ。そんなモンスターを相手にデュラ爺さん一人で大丈夫なのっ!? …………お、おおうっ!?


 デュラ爺さんの事が心配になっていると、船の高度よりも高く飛沫が上がった。その飛沫の中に小脇に首を抱えてアッパーをかますデュラ爺さん。そしてアッパーをくらってヘルメットを大きくへこませた蒼海の死霊騎士が居た。


 あの最年長者に心配は不要だった。

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