第43話 デュラ爺さんの様子が……

 小さな漁船を借り、ユーリに引っ張って貰って団員が封印されてしまっている場所に向かう。船に乗っているのは俺ことケルベロス、そしてマヤ、博士……そして農家のおじさん……違う、デュラハンのデュラ爺さんだ。


 デュラ爺さんは相変わらず見た目が農家のおじさんだ。ガタイはいいので漁師らしいかもしれないが、麦わら帽子を被っているとどうしても農家感が半端ない。


 漁船に乗ると物凄い場違いな感じがする。


 そもそもだ。どうしてデュラが同行しているのか。マヤと博士、そして俺が当初行くはずだった。だが、ちょうど海賊を何組か殲滅して帰って来たところ、ばったり出会ったのだ。それで話を聞いて興味があると言ってついてきた。


 一応デュラの爺さんも作戦担当だったような気がるのだが……。海賊を相手にするなら、ここにいては駄目なんじゃ…………え? 海賊相手なら正面からぶつかるなり、船底に穴を開ければいい? あ、そうですか。


 そんな訳で俺を含め五人で現場に向かっている。ユーリ(人魚)、マヤ(魔法馬鹿)、博士(魔道具馬鹿)、デュラ(農家のおじさん)とよく分からないメンバーだが、まあ何かあってもとりあえず大丈夫そう…………メンバーの方がむしろ危険かもしれない。


 特にマヤメンバーと博士メンバーが。

 

 果たして無事に戻って来れるのかと不安に思いながら、ユーリに引っ張って貰って二十分ほどが経過した頃。目的の現場に辿り着いた。


「ここの真下だよ、団員が封印されてるの」

「よしっ、それじゃあケルベロスくん、行ってきなさいっ!」

「ケルベロス頑張ってねー」

「…………ユーリ深さは?」

「300メートルくらい」

「行けるか!」


 博士とマヤは俺を何だと思ってるんだ…………って、なんか博士が用意してる!?


「おいジジイ! なんだそれ!?」

「ん? これは適応くんだっ! どんな環境でも問題なく活動できる魔道具だっ! さあ、これを身に付ければ問題なく海底に行けるぞっ!」


 適応くんか……いや、うん凄いな。どんな環境でも問題なく活動できるのか……活動……活動ね……。


「博士、俺には檻に見えるんだが?」

「ああ、檻をベースに作ったからなっ!」

「どうやって活動しろって言うんだジジイッ!」


 適応くんは人が一人くらいしか入れない細長い檻だった。こんなのでどうやって活動しろというのか? それに博士が作った魔道具だ……また隠されている機能が備わっているかもしれない。俺はパペットくんで敵陣に一人突っ込まされたのは一生忘れないぞ。


 きっとこの適応くんにもモンスターを呼び寄せるとか……そういう機能が備わっているに違いない。


 適応くんを使え使わないで博士と押し問答をしていると、黙っていたデュラ爺さんが沈黙を破る。


「ふむ……では儂が行くとするかの」

「え!」


 デュラ爺さんはデュラハンであり、ゼンよりも遥かに年上のはずだ。実力も相当なものだと思うが…………農家の格好だとあまりに頼りない。


「デュラ爺さん……こんな魔道具あてにならないって……」

「大丈夫じゃよ。もし、この魔道具が爆発しようと問題ない。伊達に千年以上生きてないわ……まあ保険はかけておこうかの」

「うーん……ケルベロスくんに使って貰いたかったんだが、まあ仕方ない! それじゃあデュラさん、こちらへ」


 博士に誘導され、適応くんの扉を開けて準備を始める。まあ、準備といっても中に入るだけだと思うが…………と思っていたら、やはりすぐ終わったらしくデュラの爺さんは戻って来る……胴体だけが。


「それじゃあ行って来るぞ」


 デュラの首はそう言うと、適応くんは浮かび上がり海面に触れるかどうかの位置に移動する。そしてゆっくりと沈んでいった。


 こうしてデュラの首だけが入った状態で、適応くんは沈んでいった。

 ちょっ、お爺ちゃん! 胴体! 胴体忘れてってるよ! いいの!?


 物忘れが多いお年寄りでも、自分の体を置いていくような人はいないと思う。千年も生きるとボケもハードだ。


「大丈夫なのか!? 首だけ行ったぞ!?」


 慌てふためく俺を見て博士はいたって冷静だった。


「落ち着けケルベロスくん。デュラさんは自ら望んで首だけ行ったんだ」

「望んでって……いや、何かあった時どうするんだよ! 何もできないだろ?」

「そこは問題ないっ! 適応くんから出なければ、外から何をされようとビクともしないからなっ! それに胴体をここに残して置けば状況を分かったうえで行動ができるし、首が万が一破損したら、こっちの胴体の上に再生するんだっ!」


 そうなのか……だったら安心、なのか? いや、そもそもデュラ爺さんは誰よりも長く生きているんだ。経験豊富な人が安易に危険な事をするはずがない。博士の言う通り、しっかり考えて行動しているに違いない。


「それに万が一の時には海のエキスパートのユーリくんも居るのだ! 心配なんて無用だっ!」


 確かに人魚のユーリが居れば海中で何かあっても助けに行けるだろう。彼女は念の為、封印に巻き込まれないように、適応くんと海底には向かわず海面から顔を出して待機している。だが、いざとなればすぐに海底まで行き助けに行く事ができると博士は熱弁する。


 博士の言葉を肯定するようにユーリはこちらに親指を立てて見せてから、指を三本立てた。三秒で海底まで行けるという事だろうか?


 まあ、とにかく何も問題ないという事が分かった。どうやら俺は心配性のようだな。そうだよな……常識はなくても、これまで長い時間を生きて来たのだから、これまで積み上げて来た莫大な経験があるのだ。


 それじゃあ戻って来るまで船の上で待機するか……などと安堵した時、不意に「あ」とマヤから声が漏れる。嫌な予感がした。


「……どうしたんだ?」

「んー? あー、いやー……一応ねー、適応くんをねー、私がこうしてー魔力の糸で繋げてー引っ張ったりできるんだけどー」


 マヤが掲げて見せた右手には確かに魔力の糸が巻き付けられていた。


「お、おい、まさか切れたのか?」

「違うよー。別の問題が発生しちゃってねー」

「別の問題?」

「うんー。えっとねー、魔力の糸を通じて適応くんの状態を確認してるのー。一応、何かあった時の為にねー」

「そうなのかマヤくん? それじゃあ適応くんに問題がっ?」


 博士がそう尋ねるが、どうやら違うらしくマヤは首を横に振る。

 適応くんに何も問題ないなら中に居るデュラ爺さんも大丈夫……どうした胴体!?


 デュラ爺さんが船上に置いていった胴体が、両腕を必死に動かしながら、狭い戦場を走り回る。首の方に何か問題が発生したのだろうか……だが、適応くんは無事のはず。


 デュラの様子に困惑していると、マヤが海中で何が起きているのか説明を始める。


「あのねー、適応くんって格子状の檻でしょー?」


 海に沈む前に適応くんを思い出す。確かに見た目は格子状の檻だった。外からも、中からも人は扉を使わなければ出入りはできない作りだ。


「人は通れないけど、首は通れちゃってー……外に出ちゃったみたいー」

「ユーリィ!」

「分かってるっ!」

「ふむ……まあ、首だけが中に入る想定では作っていなかったからなぁ……」

「そりゃそうだ!」


 博士の呟きに、さすがに責められなかった。

 誰が首だけの使用を想定して作るだろうか。もし、そこまで考えて作る奴が居たら、発想が猟奇的だ。お近づきにはなりたくない。


「無理!」

「早っ!?」


 十秒も経たずにユーリが戻って来てしまった。いったい何があったのか説明を求める前に、彼女は焦った様子で話し出す。


「いやいやっ! あれ何? ヤバいでしょ!? 大きくて、硬くて……触ってみると熱くいし、ビクビク脈打ってるの……それに早いんだけど、いつまでも元気で」

「何!? 何がいるの!? この下に!?」

「そりゃ、ケルベロスくん。彼女の言い方から察するにナニがいるのだろう」

「うるせえ!」


 確かにユーリの言い方から察するにナニを想像してしまうが、そんなものが海の中に居る訳が……というか居て欲しくない! 


 もし、本当にナニがこの下に居るというのなら、デュラ爺さんには悪いが急いでここから逃げ出したい。大丈夫……首だけだから孕まされる事はあるまい…………胴体の慌てっぷりが凄いが……。


 とにかくユーリから詳しく海中で何が起きているのか訊こうとするのだが……。


「ん? 爺さん?」


 尋ねようとした時、デュラ爺さんの胴体が急に光り始めたのだった。

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