第42話 海底に封印されている人がいるそうです

 意識を取り戻すと、俺は周囲には誰も居ない港で目が覚めた。


「……あー、そうだ。サラにボコボコにされたんだ」


 ガチバトルとの命令だったので、この場所まで来ると俺も拳を握り締めて反撃に出た。結果、惨敗だった。いや、強いというのは分かっていたけど……あの人、一応は交渉担当で戦闘関係の担当じゃないだろ? どうしてあんなに強いの?


 こちらの攻撃を的確に潰しに来たのだ。

 拳に拳をぶつけられ、砕かれた。ちなみにサラの拳は健在だ。両方の拳を砕かれても、心が折れなかった自分を褒めてやりたい。だが、両足を折られた時にはさすがに心が折れて、あとはボコボコだ。


 両手両足が元通りになっているのを確認して立ち上がる。サラはまた食堂に戻ったのだろうか…………戻りたくないな。暫くここでのんびりとしていようか。


「あ、ケルベロス!」


 サボろうとしていると声を掛けられた。周囲には誰も居なかったはず、と不思議に思いながら改めて周囲を見回す。


 すると海に誰かが居た。


「……ユーリか」


 俺を無人島からここまで連れて来てくれた人魚のユーリが海面から顔を出していた。彼女はこちらに近付いて来る。ちょうどいい、彼女には言いたい事があったのだ。


「裏切り者っ!」

「急に!?」

「急も何もあるか! お前のせいで俺はサラに…………何をされたのか覚えてないけど酷い事をされたんだぞ! たぶん!」


 海面を走って来たサラに何をされたのかは覚えていないが、思い出したくないほど酷い事をされたのは分かる。そして、そうなってしまったのは彼女が俺を置いて逃げ出したせいだ。


「だ、だって、仕方ないでしょ! あんなのが迫って来たら……逃げ出すに決まってるじゃん!」

「逃げ出すのはいい! だけど、お前は俺を囮にしただろ!」

「生き延びる為には多少の犠牲は仕方ないでしょ!」

「お前もやっぱりイモータルの団員だな!」

 

 まともな奴だと思ったが、やはりイモータルの団員だ。無茶苦茶な思考をしてやがる。

 そう思ったが、自分は悪くないとばかりに叫んでいたユーリは、海面に視線を落として口を開く。


「……まあ、悪いと思ってるよ、少しはね。何かお詫びにしてあげるよ」

「何かしてあげる……?」

「う、うん……まあ、変なのは無理だけど……大抵の事なら良いよ」


 ……大抵の事なら良いのか。

 さて、俺は何を要求すればいいのだろうか。大抵の事ならして貰えると言われると、内に秘められし性欲が疼き、彼女の豊満な胸へと視線がいってしまうのは不可抗力だろう。


 だが、それでいいのか?

 今の俺にはもっと彼女にして貰うべき事があるのではないか。そうだ……彼女にして貰いたい事、それは。


「酒乱サラ担当を替わってくれ」

「無理」

「大抵の事なら良いっていったじゃないか!」

「それは大抵に含まれないのっ! あんなサラを相手にするなんて無理!」


 くっ……最もして貰いたい事が駄目となると、次点のエロい事でもして貰うか……。


 俺はエロい事を頼もうと口を開きかけるが、ふと疑問に思った事があるので尋ねる。


「ところで、ユーリは今何をしてるんだ?」

「え? ああ……私は行方不明の団員を捜索しているの。少しここから離れた海底を見ていたんだけど…………あ」


 何かを思い出したように声を漏らすユーリ。そして俺に向かって手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「ごめんっ! お詫びで何かすると云っといてあれなんだけど……一つ頼まれてくれない?」

「何だよ? 言ってみろ」

「団長に伝えて欲しいんだけど……」

「何だ、そんな事か。いいぞ」


 急に頼みたいなどと言うから少し身構えてしまったが、伝言くらい大した事ではない。俺は彼女の頼みを快諾した。


「ありがとうっ! えっとね……団員の一人を海底で見つけたんだけど…………なんか封印されちゃってて、私じゃどうしようもできないって伝えてくれる? あ、時間がある時でいいから」

「今すぐ伝えに行くわ!」


 伝言の中身が大した事あったので、俺はオッサンに伝えるべく走り出した。


 オッサンは幸い部屋に居たので、そこでユーリに言われた事を伝えると詳しく話を聞きたいとの事で、彼女のもとまで案内をする。


「……封印されてるって本当なのか?」

「うん……見た感じね。私は魔法とかの知識はそこまでないから詳しくは分からないけど」


 オッサンはユーリの話を思案顔で聞いている。

 なんだか団長っぽいと思いながら、二人の話に俺は黙って聞いていた。


「封印自体は珍しくない…………まあ長い時間生きて来たからな。俺も何度も受けた事がある」

「いや、でも海底に封印されるなんて聞いた事がないよ」

「誰かが封印して、海底に沈めたとか……」

「ううん。あの感じだと海底に縫い付けられているかのように封印がされてた。あの場所で、封印をされたようにしか見えなかったけど……」


 ああでもない、こうでもないと団長とユーリが話し合う。

 だが、いまいち海底で封印をされた事に、オッサンは疑問を感じていて首を捻っていた。封印されて念入りに海に沈められたり、地面に埋められたりした経験はあるらしい。だが、わざわざ海に潜って封印をするというのは、経験した事もなければ、誰かがそのような事をされたというのも聞いた事がないようだ。


「相当用心深い奴がやったのか……それとも何らかの魔道具が誤って発動してしまったとか? もしくは…………とにかく一度見てみないと分からねえな。マヤと博士にでも行って貰うか……」

「それが良いだろうね。じゃあ、準備ができたら教えてよ。案内するから」

「ああ………………うーん……」

「団長?」


 ユーリにそう言われて早速準備をしようとオッサンは歩き出そうとした。だが、すぐに足を止めると。無精髭が生えた顎を撫でながら、思案する表情を見せる。


「サラが元に戻るなり、行方不明の団員がもう少し見つかって余裕がある時にでも行けばいいかもな。とりあえず海底に封印されている奴は放置して……」

「いや、すぐにでもどうにかしてやれよ」


 海底で封印されているというのは大変な事だと思うのだが、そこまで事態は急を要していないのだろうか。



「だってよ、マヤと博士はどっちも今は海賊の方に行ってんだ。海賊の数は多くてな、あまり戦力を削りたくない。それに、もしかすると自力でどうにかなるかもしれんだろ。俺だって自力で封印を解いた事くらいあるぞ」


 なるほど。自力で封印を解いた経験があるのか……だが、詳細を聞かないと納得してはいけない。そう、これまで俺の中で蓄積された経験が囁く。


「……ちなみに封印を自力で解くまで、どれくらい掛かった?」

「えっと……一ヵ月くらいか」

「一ヵ月も海底に沈んでろって言うのか!?」


 封印をされている状態で一ヵ月も放置されるなんて、どんな気分なのだろう。あまり考えたくもない。ここは一刻も早く助けてあげるべきだ、そう思っているとユーリが賛同してくれる。


「ケルベロスの言う通り、今すぐどうにかしてあげるべきよっ! だって、放置なんてしてたら…………封印されている事を絶対忘れちゃうものっ!」


 賛同してくれてはいるが、彼女も彼女で酷い。普通忘れるか、仲間が封印されている事? おい、団長。「確かに……」とか言うな、同意するな。


 結局忘れてしまう事を懸念して、すぐに救出に向かう事になった。

 

「じゃあマヤと博士に来て貰うか……。そうだケルベロス。お前も救出に行ってこい」

「? どうしてだ?」

「実際、封印なんてされているところ見た事ないだろ? 折角だから見て来いよ」

「…………ああ」


 窮地に陥っている仲間を教材のように扱うオッサンの精神構造どうなっているんだと思った。だが、確かに封印という言葉は幾度も耳にしていたものの、実際には見た事がなかったので素直に同行する事にする。


 それと酒乱サラ担当としての役割を、堂々とサボれるので渡りに船とも思った。


 それからマヤと博士を団長が呼び出す。海底で封印されている事を聞くと二人は興味津々と目を輝かせる。どのような魔法が、あるいは魔道具が使われているのか気になるようだ。


 二人の知的好奇心が刺激され、おかしな暴走をしないようにと俺は心の中で祈るのだった。

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