第41話 荒ぶる王様ゲーム

 それは突然だった。

 何の脈絡もなしに酒を飲んでいたサラが、ボソリと独り言のように呟く。


「王様ゲームすんぞぉ」

「「「「「!?」」」」」


 食堂に緊張が走るのが分った。誰かの「またか……」という呟きを聞くに、おそらく同じ事が前にもあったのだろう。独り言のように見えて、俺達に暗に王様ゲームをやるぞと言っているようだ。


 仕方ない……まあ、暴れられるよりはマシだろう。そう思えば王様ゲームをやるなんて大した事ない。


「あんた! 一発芸しな!」


 ん? 王様ゲームをするのかと思いきや、サラは一人の男を指さしてそのような命令をする。王様ゲームをやるんじゃないのか?


 続けてサラは別の男を指さす。


「お前はモノマネだ! モノマネをしろぉ! そうらなぁ……マリア! マリアのモノマネらぁ!」


 命令を受けた二人は周囲から、哀れみの視線を向けられながら実行していく。


 ちなみに一発芸は手品だった。両手を打ち鳴らした直後に、手のひらから鳩を出して見せるというガチの手品。お金が取れるレベルだ。


 そしてマリアのモノマネだが…………こちらもハイクオリティだった。声が完全にマリアだ。しかも吐血まで再現してる……どうやってんだ、あれ?


「アハハ! アハハハハハハ! アヒャハハハハハハハハッ!! 面白いっ! よし次は、お前と……」


 サラはどうやらお気に召したらしく、狂ったように大爆笑。続いて別の人を指さしながら命令をする。


 そして俺はようやく気付いた。一方的にサラが誰かを指名して命令をする、この行為が王様ゲームであるという事に。俺の知ってる王様ゲームとは全然違う。ただ命令してるだけだ。


 数字と王様と書かれたくじを引いてやるやつじゃなかったか、王様ゲームって……絶対君主制ゲームに改名しようぜ。


 粛々と行われていく王様ゲームというサラからの命令。


 命令はどれもハードなものばかりで「三秒で大瓶の酒を飲み干せ」「芸術作品を作れ」「分身しろ」「奥義を見せろ」など……。ハードというか、意味不明だ。そしてもっと意味不明なのがそれをこなす団員達だ。


 ――三秒で大瓶の酒を飲み干せ。

 この指示にある大瓶は……どこの馬鹿がこの酒を造ったんだと文句を言いたくなる大きさの瓶だ。大の大人が膝を抱えるなどすればギリギリ入ると言えば、その馬鹿げた大きさが理解できるだろう。


 この量を三秒で飲むというのは不可能だし、そもそもこれほどの量の酒が人間の腹に収まるとは思えない。


 だが、常識外に生きる不死身には関係なかった。

 サラから指名を受けた女性の団員。呼吸を整え、意を決して瓶の大きな口の端に両手を添えたと思いきや、腕に力を込めて逆立ちをする。そして次の行動が咄嗟に理解できなかった。なんと手を離して、頭から酒の中にダイブしたのだ。直立の状態で酒に沈む……と思いきや、そうはならなかった。


 酒が消えていた。

 何処に消えたかって? 女性の団員の腹を見れば分かる。女性の腹はパンパンに膨れ上がっていた。瓶の口から体が抜けないほどに……。


 落下と共に彼女は酒に口が触れた一瞬で飲み干したのだ。

 そして、どんな体の構造をしているのか分からないが、酒はしっかりと彼女の胃袋に収まっている。普通はち切れてると思う。実際身に着けていた上半身の服がはち切れ、上半身の大部分が露出していた。


 元は美人だったが今は見た目が大きな球体になっていて色気がなく、これっぽちもいやらしい気持ちは湧き上がらない。それに、やりきったとばかりに清々しい表情を浮かべて意識を失っている彼女に対して、とてもじゃないが、そんな気持ちになれなかった。


 さすがにあの量のイッキは堪えたようだ。一般人ならはち切れて死ぬか、急性アルコール中毒で死ぬかの生存ルートのない、絶対死亡確定コースだ。


 自らの腹で瓶詰状態になった彼女は一部の団員が、サラが他の団員に命令している間に瓶ごと食堂から撤去されていった。


 このように、他の団員達も無茶な命令を次々と遂行していくのである。

 酒を一気飲みした後、「芸術作品を作れ」「分身しろ」「奥義を見せろ」といった命令を次々とクリアしたのだ。この傭兵団はいったいどうなっているのだろうか? 応用力高過ぎだろ!


 芸術作品を作れ、という課題は魔法で人とほどの大きさがある氷の柱を出現させた。そして素手で砕き、削り、摘まんで微調整をしてサラそっくりの等身大の氷像を作り上げた。


 分身しろ、という課題は……率直に言えば分身した。本当に。超高速で動いて二人居るように見えるという事の方が、まだ信じられる。だが、二人に見えるという訳ではなく、本当に二人になったのだった。

 サラが「もっといっぱい」などとリクエストすると、それに応えて十人ほどにまで増えた。そして十人それぞれが、独立した個体である事を証明するかのように輪唱を始めた。歌も滅茶苦茶上手い……何なのこいつ……凄いを通り越して…………気持ち悪い。


 そして問題は、奥義を見せろ。この命令にどう応えるのか興味を持っていた俺は、食い入るように指名された男を見た。そして彼は腕を横に大きく広げて叫ぶのだ。


「自爆っ!」


 おい待てや、その奥義っ!


 そう口にして止めようとするが、俺が何をしようがもう間に合わない。魔力が彼の体の一点に収束し、限界まで収束されると一気に解き放とうとしたのが、その収束していた魔力が霧散する。


 見てみると、男の背中からサラの血に染まった手が飛び出していた。彼女の腕は男の体を貫通していた。

 自爆をされる前に一般人なら絶命する一撃を放ち、意識を刈り取ったようだ。


「つまらんっ!」


 そして、バッサリ切り捨てた。

 ……いや、まあ男には悪いが、自爆されては困るからな。こっちまで巻き込まれてしまう。今回ばかりはサラの行動を支持する。


「しゃーないなぁ、まあ次いこう……じゃあっ次はぁ……ケルベロシュッ!」

「…………」


 ……お、おい、どうして俺をサラの前に押し出すんだ。

 サラが指名したのはケルベロシュって奴だろ? 俺ケルベロス。別人、他人、人違い。え? 覚悟を決めろって? ………………はあっ。


 とうとう、ご指名を受けてしまい俺は絶望に打ちひしがれる。

 だって……ここまでの命令、ほとんど俺できねえよ。もし、気に入らなかったら俺の背中にも彼女の手が生えるかもしれない。最悪それでも構わない。だが、周囲の団員から言葉にはしないが、視線で訴えて来るのだ。


『二度の失敗は許されない』


 どうやら王様ゲームはもう失敗を許されないらしい。

 これ以上失敗すれば、この酒乱の王は大暴走する。だから決して失敗するな。命令を完遂しろ。そんな団員達の思いが痛いほど伝わって来る。


 ……こうなったら何が来てもとにかく頑張るしかない。

 いや、頑張ってどうにでもなるのならいいけどな。分身は確実に無理だぞ、もしその命令が来たら上半身と下半身をぶった切って分身と言い張るしかない。


「さぁて……じゃあ、お前にぃは……」


 いったい何が来る……。

 緊張で握られた拳に無用な力が籠り、喉が渇きを覚えて水を欲している。また、自分の心臓の鼓動が早まり、全身の血の流れの音がよく聞こえた。


 そして、彼女は告げた。


「私ぃと……ガチバトル!」


 …………次の瞬間、サラが消えた。と思いきや、俺の目の前に現れて拳を顔面に叩きつけられる。


「ぶべぇっ!?」


 鼻が潰れ、体が吹き飛ばされる。食堂の窓を突き破って外に飛び出し、地面を何度か弾んでようやく止まる。


「ふっふぅ、まぁだ終わらないぞぉ」

「ひいっ!」


 ゆっくりと壊れた窓から出て来た。

 ヤバい、強いし怖いし……バトルにならない。ガチバトルじゃない、ガチリンチだ。


「ケルベロス!」


 その時、同じく酒乱サラ担当の一人が、窓から身を乗り出して俺の名前を呼ぶ。

 助太刀でもしてくれるのか!?


「お前一人の犠牲で留めたいから、人が居なくて建物がないところに行け!」

「クソがっ!」


 俺はある意味的確なアドバイスを受けて走り出した。


「待てぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 こうして俺は酒乱の王と追いかけっこが始まった。

 ……数分後、俺はボコボコにされて意識を失うのは言うまでもない。

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