第40話 酒乱のサラ担当

 俺が意識を取り戻したのは港にあるとある宿の一室だった。


 サラが海を走って「おかえり」と出迎えてくれたのは覚えているが、どうして意識を失ったのかは覚えてない。はて? いったい何が…………いや、何故か分からないが、思い出さない方が良い気がする。


 俺は思い出すのをやめてベッドから起き上がり、部屋を出た。


「お、目が覚めたのか? 久し振りだな」

「ん。ああ。久し振り…………どうしたその恰好は?」


 部屋を出ると、何度か会話をしている団員の男と通路で遭遇した。

 なぜか男はボロボロだった。大きく破れていたり、傷は塞がり掛けているが腕などに裂傷が見られた。


「実はお前と同様に二日くらい前まで海を漂っていてな……」

「ああ……酔った勢いで飛び込んだ、ば……一人か」

「今、馬鹿って言おうとしたよな? お前だって飛び込んだ馬鹿の一人だろうが」

「違う! 一緒にするな! 俺は飛び込まされたんだ!」


 一緒にされたくない。俺は被害者で自ら飛び込んだ馬鹿とは違う。


「だけど、二日前に戻って来たんだろ? どうしてそんなにボロボロのままなんだ。着替えたらいいだろ」

「ん? 違う違う。これは漂流でボロボロになった訳じゃない。さっきまでずっと行方不明の奴等を捜索してたんだ」

「それでボロボロに?」


 捜索中に海賊とでも遭遇して戦ったのだろうか。

 海に飛び込んだりするだけなら、ここまでボロボロにはならないだろう。だが、男は首をゆっくり横に振って否定した。


 それならどうしてここまでボロボロになるのだろうか。

 俺は首を傾げていると男はどうして分からないんだとばかりに、眉を顰めた。


「お前もサラの洗礼を受けたら分かるだろ?」

「洗礼?」


 男の言っている事がよく分からなかった。全く記憶に、うっ……何か思い出しそうな気がする……だけど思い出したくない……そんな気がする。


「どうした?」

「い、いや……大丈夫だ。それより洗礼って、何だ?」

「ん? 洗礼を受けていないのか? 洗礼を受けて意識を失った状態で運ばれたって聞いたが……」

「いや、覚えてなくて」

「お前、ここに来た時も記憶喪失じゃなかったか? お前の頭、大丈夫か? まあ、いいや。ここ最近捜索の方にも団員を回しているおかげで、依頼を満足に受けられないんだ。そのせいでサラはストレスが溜まりに溜まって……」

「溜まって?」

「酒に逃げた」

「かなり切羽詰まってるな!?」


 サラは確かに酒を飲むが、酒が好きという訳ではなかったと思う。そんな彼女が酒に逃げるなんてよほどストレスが溜まっていたのか……。


「まあ、サラが酒に逃げるのは年に二回くらいはある事で珍しくないんだが」

「恒例になっちゃってるなら彼女に頼りきりの状況をどうにかしろよ!?」


 男の言い方からして、酒に逃げるようになったのはここ一、二年の話ではなさそうだ。何十年、下手すると何百年と、酒に逃げたくなるほどストレスを抱えているのかもしれない。


 オッサンどうにかしてやれよ……。

 サラが可哀想だ、と思っていると男は急に神妙な顔つきになって口を開く。


「サラが酒に逃げた時は団員全員が彼女を全力で押さえにかかる。あいつは酒を飲み過ぎると暴走するんだ。ところ構わず暴れる……自ら好き勝手に歩き回っては暴れるんだ。まるで嵐のようにな。お前見なかったか? 団員を船に叩きつけたり、殴ったりするのを」

「あー……」


 確かに見た。なるほど、あれは酒に酔っての行動だったのか。

 年に二回くらいとの事なので、普段イモータルとは離れているユーリは知らなかったのだろう。


「あの暴走は、一週間は続くからな……。俺も戻ってきて早々に『飛び込みやがって! 馬鹿が!』とボコボコにされた」

「大変だったな……」

「いや、俺は別に。大変なのはケルベロスの方だぞ」

「へ?」

「だって、団長が言ってたぞ。ケルベロスにはサラを押さえる担当に回って貰うって」

「………………は?」


 男と別れて、俺はすぐにオッサンを探した。そして宿の一室で、オッサンを発見する。

 親しげな笑みを浮かべながら、俺の両肩に手を置いて何でもない世間話をするかのように話し掛けて来た。


「お前には暫くサラの担当をして貰うから。臨時だが担当者だ。良かったな、頑張れよ」

「おい待てやコラ」


 両肩に乗せられている手を払いのけながら待ったを掛ける。

 そう簡単に引き受けてたまるか。俺がサラを押さえる担当と聞いて、断固抗議すべくオッサンのところにわざわざ来たのだ。


 俺が拒絶するとオッサンは溜息を吐き、「仕方ないだろ」と頭を掻く。


「今、サラが酒に逃げているせいで、てんやわんやしてんだよ。海賊退治と行方不明の団員の捜索、そしてサラが酔って暴れるのを力づくで押さえる。どの役割も人手不足で大変なんだよ、特にサラ。あいつは酒を飲んでいる方が滅茶苦茶強いし、面倒なんだよ」

「そうは言うけどな……海賊退治とか団員を探す方に回してくれないか?」

「いや、正直そっちに人が一人増えても大して効率は変わらん。サラの方には一人でも多い方が良い。周りに被害が出ないように体を張って肉か…………肉壁になって欲しい」

「言い直そうとしたんだから言い直せよ!」

「これ以上的確な言葉を思いつかなかったんだよ! まあ、そんな訳でとにかくお前は酒乱サラ担当になって貰う。たぶんサラと他の担当者は食堂にいるから行ってこい」


 こうして俺は臨時であるが酒乱サラ担当と、担当者になってしまった。

 

 治療担当とか、新人教育担当とか色々担当があるが、酒乱サラ担当というのはピンポイント過ぎるだろう……などと思いながら、俺は仕方なく食堂へと向かう。


 食堂に着くと、そこには異様な光景があった。

 上機嫌に酒を飲むサラ。こちらは別にいいのだが、彼女を囲むように席に着いている団員達が恐ろしく静かだ。サラが上機嫌な一方で、周りの空気は緊張した空気で満たされていた。


 この前に初陣を飾った戦場の、敵が纏っていた殺伐とした空気の方が心地良くすら思えてしまうほど空気が張り詰めている。


 とりあえず、サラの周囲で待機している団員が同じ担当者に違いない。話し掛けるか。


「な」

「「「「「!?」」」」」


 声を出そうとした瞬間一斉に殺意が俺に向かって飛んで来た。


 そして殺意の籠った目で俺に教えてくれる。「喋るな!」「音を立てるんじゃねえ殺すぞ!」「何がきっかけでサラが暴れるか分からないの!」「道端の石になれ!」「刺激するな!」「とっとと座れや! 海に沈めんぞわれ!」などと優しいアドバイスが聞こえて来る。


 このままではサラが暴れる前に死なないものの殺されかねないので、空いてる席に座って大人しくしよう。


 俺が座るとようやく殺意を向けられなくなった。

 何をすればいいのか、いまいち分からないが周りの動きに合わせればいいか。何をすればいいのか聞けない状況ではそうするしかない。


 それからサラの一人飲み会を見守るというシュールな仕事を続ける。

 次から次へと酒を飲んでいくサラ。彼女のテーブルには酒とつまみが一人分には思えないほどの量が置かれていて、それが彼女によって全て消費されるとは思えなかった。おそらく万が一なくなって機嫌を損なわれない為の対策だろう。


 こうして落ち着いて見てみると、海を走って来た時には分からなかったが確かに相当酔っている。普段は真面目を絵に描いたような奴だが、顔は真っ赤だし、眼鏡はずれているし、「ふひっ」なんて気味の悪い笑みを時折溢しているし…………何だこの別人は、と思うほどだ。


 こんなになるくらいストレスを溜めているんだな……。

 そう考えると団員達が振り回されるのも自業自得なところもある。たまには彼女の苦労を知るべきなのだ。まあ、知ったところでイモータルの団員が、サラの迷惑に掛けないよう心掛けようなどと意識改善できるとは正直思えないが……。


 普段との彼女との差を感じながら、サラの一人飲み会を見守り続ける。

 そして担当に就いて一時間が経過した頃、俺は初めてこの担当の過酷さを実感するのだった。

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