第39話 無人島脱出!?

「さあ、出発するよぉ!」

「ああ、頼む」


 ユーリが採って来てくれた海産物を堪能した後すぐに出発となった。日が傾き始め、やや薄暗くなってきたのだが、彼女は問題ないとの事で出航する事に。


 イカダをある程度深いところまで運んでから乗ってみる。乗った瞬間にユーリが縛ってくれた海藻が解けてしまうのではないかと心配だったが、それは取り越し苦労だった。確かに海藻は乾燥した硬い状態を保っていて、しっかり木と木を繋ぎとめてくれる。


 沈む事もなく安定しており、ユーリが走るくらいの速さで船を押す。波のせいで多少は上下するが、気になるのはそれぐらいだ。


「船酔いするようなら横になった方が良いよぉ。そうすれば少しは楽になるからぁ」

「おう、気持ち悪くなったらそうさせて貰うわ」


 気遣ってくれるユーリに感謝しながら俺は進行方向に目を向ける。

 小さな島は結構あるのだが、元の陸と思われるものはまだ見えなかった。確かユーリの話では泳いで三日との話だったが、やはりそれぐらい掛かるのだろうか。まあ、俺としては何もしないで移動できるんだから楽なもんだ。


「ユーリ、疲れたら適当に休んでくれよ。そんなに急いでる訳じゃないんだからな」

「うん、そうさせて貰うよっ」


 屈託のない笑顔を向けるユーリを見て、ふと俺は違和感を覚えた。何かがおかしいと。彼女を見ていると、なぜか「ん?」と首を傾げたくなるのだ。何か引っかかる……。


 何だ? 何が、そんなに引っ掛かっているんだ? 


 この疑問を解決すべく俺はこれまでのユーリの行動を振り返った。

 俺と出会い、俺と出会わなかった事にされそうになったものの最終的にはイカダを作る手伝いをしてくれ、そのうえ魚や貝を採って来てくれた。そして今は、こうして押してイモータルのもとへと俺を運んでくれている…………ん? イモータル…………あ、分かった。


 イモータルの団員なのに、まともな事に違和感を覚えたんだ。


 もし、イモータルの団員だったら、出会わなかった事に“されそう”では済まない。本当に助けるのを面倒臭がって出会わなかった事にされてしまう恐れがある。「生きていれば大丈夫だよ」とか言って無人島に放置されてしまうだろう。


 イモータルに入れば常識というものは通じない。不死身という病に肉体どころか、頭の中まで侵されてしまうのだ。サラは一見まともだが、一般人なら死んでるかもしれない勢いでオッサンをボコボコにしているそうだし、まともとは言い難い。彼女の場合は不死身のせいと言うよりも、ストレスのせいかもしれないが。


 彼女が人魚だからか? 人魚は元々不老とか言ってたし、耐性が…………いや、違う。もっと単純な事だ。ユーリは団員でありながら、イモータルとは離れて生きている。それこそが彼女がまともな理由に違いない。


 俺は一つ溜息を吐き、空を見上げる。

 

 青い……雲一つない空だ。青々としていて綺麗だが…………何もなく、少し寂しい気もした。果てが見えないほどの大きさでありながら、何もない虚ろな空。そんな空を見ていると、自分の頭の中までからっぽになりそうだ。


 気付けば、俺は思っていた事を自然と口にしていた。


「……なあ、ユーリ」

「ん? どうしたのぉ?」

「このまま……イモータルとは、縁もゆかりもないところに行かないか?」

「どうしたの!? 海に出て五分も経ってないけど、何があったの!?」

「いや、さ……イモータルに、このまま居続けていいものかと。俺の人生、それでいいのかなって…………」

「この短時間で本当に何が!? 私は不老だからいいけど、イモータルから……団長から離れたら普通に歳を取っちゃうよ!」

「常識人で居続けられるならっ! 俺はっ!」

「どんな思考回路してたら、急にそんな覚悟を決められるの!?」


 そんな会話が暫く続いた。

 

 だが、とうとうユーリが「いい加減にしろ!」とブチ切れ、イカダを引っ繰り返されて溺れかけたところで俺は冷静になる。


 ……よく考えたら老化が進んで、肉体が朽ちても死ねないのは辛すぎですね、はい。


 ――それから三日が経った。

 今は太陽が真上にあるお昼時。宴をしていた時は暗くて雰囲気は違うが、確かに海に飛び込んだ日の港だった。


 だが、すぐには上陸せず少し離れたところで俺とユーリは停止していた。


 距離がまだ多少あるが人の動きはよく見える。イモータルの団員と思われる人達が居るのは分かる。動き回っている…………うん、動き回っている。忙しそう……という訳ではない。肉眼で見た限りで団員達の様子を具体的に説明すると、港で高々と打ち上ったり、海に投げ飛ばされたり、停泊している船にぶち当たって、船もろとも沈んだり……………何子の状況?


「なあ、ユーリ……どういう状況だと思う?」

「わ、私も分かんない……」


 彼女にもどうしてあんな事になっているのか分からないようだ。いったい何が起こっているのだろう……。


 俺は状況を少しでも把握する為にユーリと認識を共有しようと思う。もしかすると見ている光景は同じでも、焦点をあてているところが違う可能性がある。そうなると、あの状況に関して知り得た情報などにやや違いがあるかもしれない。


 また、同じものを見ていても違う事もある。例えば遠くにいる動物を見て「あれは犬だ」と言う人が居れば、「いや猫だ」と言う人が居るように。どちらかが正しくて、どちらかが誤り。もしくはその両方もあり得る訳だが…………互いに認識を擦り合わせた方が良いのは間違いない。


 俺は自分で見たものを確認するように、ユーリに語り掛ける。


「……あの、海に逃げるように飛び込んだのはイモータルの団員だよな?」

「そう……だね。見た事あるよぉ」

「じゃあ、あの空に打ち上っているのも?」

「あの女の人も見た事あるねぇ」

「船にぶち当たって船ごと沈んでるのも?」

「そこそこ団長との付き合い長い人だねぇ」


 よし、ここまではお互いの認識は同じだ。


 だが、問題はここからだ。

 俺は自分の認識が誤っていると思う事をユーリに尋ねた。


「じゃあ、海に飛び込んでまで逃げたくなるほど恐ろしくて、近付いた人を容赦なくアッパーを放ったり、馬鹿力で船に叩きつけているのって…………サラじゃないよな?」

「………………サラだね」

「……マジ?」

「マジ」

「……………………面舵いっぱぁぁぁぁぁぁぁぁい! 百八十度旋回! 本船は当海域より離脱する!」

「判断が迅速だねぇ!?」


 いや、だって、あんな状況で戻ったらどうなるよ?

 どうしてあんなに荒れているのか分からないが、今戻ったら確実に巻き込まれる。そんな気がする。


「ユーリ! お前だってあんなところに今行けば、ただじゃ済まないかもしれないぞ?」

「うっ……まあ、確かに……。あそこまでバーサーカーなサラ初めて見たかもしれない…………うん、ちょっと今行くのはやめよっか。じゃあ、少しのんびりしよっかなぁ……」


 さすがのユーリもあんなものを目にすれば無理にでも行こうとはしなかった。

 ユーリはイカダから手を放して仰向けになって浮いた。途中休みもあったが、ずっと押して来てくれたのだから疲れているだろう…………うん、海面から盛り上がる胸は見事なものだ。クレアよりは小さいかもしれないが、かなりの大きさだ。俺も少し横になって目の保養……少し休む事にしよう。


 とりあえず港の状況が落ち着くまで、これ以上は近付かないでおこう。むしろ少し離れた方がいいかもしれないが……まあ大丈夫だろう。さて横になって…………ん?


「……なあ、ユーリ」

「ん? どーしたのぉ?」

「俺の目の錯覚なのかもしれないんだが……」

「うん」

「サラがこっちに走って来てる」

「…………はあ!?」


 仰向けに浮いていたユーリは俺の言葉を受けて、飛沫を上げながら慌てて港の方向を見た。そして彼女もそれを確認する。


「う、海の上を走ってる…………ま、まあ、魔法を使えば不可能じゃないけどぉ……」


 どうやら俺の目は正しいようだ。確かにサラが海の上を走ってこっちに向かって来ているらしい。このままでは間もなくこのイカダまで辿り着くだろう。俺はユーリに向かって叫んだ。


「ユーリ! 逃げるぞ!」

「…………」

「ユーリ?」

「……ここで、ケルベロスを置いていけば少しは時間が稼げるよねぇ」

「!? ゆ、ユーリ……冗談だよな?」

「……………………ごめん!」

「ユーリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」


 彼女の名前を叫ぶが、もはやユーリの姿かたちは何処にもなく、海の底へと逃避した名残の水泡がぷくぷくと海面に上がるくらいだ。


 俺は絶望に打ちひしがれながらも、迫り来るサラの方を見た。

 彼女の目は、眼鏡が海面に反射する太陽の光を受けて見えない。だが、その代わり口の動きははっきりと見えた。彼女の口の動きはゆっくりと、そして大きく動いて、俺に伝える。


「お・か・え・り」


 …………ただいま。


 それから、俺は意識を失った。

 どうして意識を失ったのかは覚えていない。きっと覚えていない方が幸せなのだ。そうに違いない。俺は意識を取り戻した後、決して思い出そうとはしなかった。

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