第38話 楽しいイカダ作り

「イカダかー」

「まあ、一人乗れるくらいの大きさであれば大丈夫。私が押すなり引っ張るなりするし、流木とか適当に束ねればいいだけよ」

「それだけでも大変そうなんだが……」


 確かにあちこちに流木があるが、束ねるにはできるだけ同じ大きさがいいだろうし、あとは束ねるのに必要な丈夫な縄……は見つからないだろうから、蔦を探さないと。


 必要なものを集めるだけでも一苦労だ。


「じゃあ、頑張ってね」

「え、おい、手伝ってくれないのか?」

「これで手伝えと?」


 砂浜に自らの尾びれをアピールするように打ち付ける。

 あ、そうでした。それだと陸じゃ何もできないですよね、ごめんなさい。


 俺が謝ると、特に気にしていない様子で「日が暮れる前には戻るから、それまでイカダ作り頑張ってぇ」と言って海の中へと消えていった。


 ……一人で頑張るしかない。


 ユーリがいなくなって俺は一人でイカダ作りに勤しむ事にした。

 まずはやはり材料集めだ。イカダの大部分、というか99%を占める木、流木を集めよう。波打ち際に多くの流木が打ち上っているのだが、大小様々だ。中にはあまりにも巨大で、この一本だけで作った方が早いのではないかと思うほどだ。


 だが、一本だけで安定したものを作れる自信はない。やはり平坦で、海面と接する面積が広いものを作りたい。その為にはやはり同じくらいの大きさの木を束ねて作るのがいいだろう。


 それから無人島の波打ち際を歩き回った。この無人島は大きくなく、途中岩場で途切れてしまっていて一周回る事はできなかったが、六時間ほどあれば一周できると思われる。そんな事を思いながら波打ち際を歩いてなんとか、イカダが作れるほどの木を何本も集める事ができた。


 大変だった……魔道具もないから身体能力を高める事もできないので、見つけては引き摺って最初の場所まで移動させ集めた。もう休みたいが、今度は束ねる蔦でも探さなければならない。

 波打ち際に縄でも打ち上ってないかと思ったが、そんな期待は儚く散る。打ち上っていても指ほどの長さの千切れた縄くらいしかなかった。


「舗装された道は…………ある訳ないよな……」


 自分の足下を見て溜息を吐く。俺は現在絶賛裸足なのだ。服は流されていないが、靴は漂流している間に脱げてしまっていた。ここまでは砂浜や波打ち際を歩いていたから気にならなかったが、森の中になるとさすがに裸足は心許ない。


 石や枝……あるいは鋭い棘をもった植物なんかも自生しているかもしれない。正直裸足で歩きたくなかったが、森に入らなければ束ねる為に使えそうな蔦は見つかりそうにない。


「……よし、行くか」


 俺は覚悟を決めて森の中へと踏み込んだ。よく考えればそんなに臆する事はない。不死身なんだから多少足が傷付いても治ってしまうのだから。少しくらいの痛みさえ我慢すれば…………と思っていた。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 森に入って三十分後。俺は全力で走っていた。鋭い石や枝が足に刺さり、あるいは槍の穂先を思わせるほどの鋭く大きな植物の棘が足を貫こうと迫って来ているのだ。


 走りながら背後を振り返ると、百はあるであろう木の枝が迫って来ている。どうやら、まだ振り切れないようだ。こうなったのには俺の手に握られている丈夫そうな蔦にある。


 ある大木に絡まっていた蔦なのだが、しっかりと大木に絡んでいてなかなか引き剥がす事はできなかった。そこで大木に片足を押し付けて両手で引っ張る事で引き剥がし、その勢いで少し引き千切る事ができた。今、握っているのがそれだ。


 残りの蔦を回収しようとしたのだが、大木が暴れ出した。

 大木はモンスターだったらしく、蔦を引き剥がした事で起きてしまったらしい。そして俺に向けて枝を伸ばして来た。ご丁寧に枝先を鋭く殺傷能力を持たせて。俺を殺すつもりなのは明確で逃げているという訳だ。


 もう足は血だらけだがどうでもいい。逃げ切れなければ、生きながらにしてこいつの養分になってしまうだろう。




「ううう、おっ!?」


 必死に足を動かしていると周囲に生い茂っていた木々はなくなり、足元も石や枝の落ちた土の地面でなく砂に変わった。元の砂浜に戻って来たのだ。


 背後から迫って来た枝は俺が砂浜に出ると、それ以上は追って来る様子はなく、退いていく。砂浜の方には出られないのか、それともこれ以上伸ばせないのか。詳しくは分からないが、とにかく助かった。


 蔦も手に入ったし……ただ、なあ…………どう考えても足りない。

 今手元にあるのは、木から引き剥がした際に千切れた蔦のみで、俺の片腕ほどの長さしかない。もっと……この十倍以上の長さは必要になるだろう。


 また森の中に戻らないといけないのか?

 いや、魔道具があるなら戦えるかもしれないけど、普通の武器すら持っていない俺じゃ死なないだけの非力の人間だ。今度襲われたら確実にやられる。殺したと思って、その場に放置してくれるのならいいが、養分として根本に埋められでもしたら、どうしようもない。


 森には踏み込まずに探すしかないな。とりあえず一度流木を放置した場所に戻ろう。走り過ぎて疲れたし、まだ傷は完全に塞がってないからヒリヒリして痛い。それに木を束ねるのに改めてどれだけの長さが必要なのか確認したいのだ。まだ日が暮れるまで時間も…………ん?


 流木を集めておいた場所に戻って来たのだが、先程まであったものがなくて、なかったものがある。具体的に言うと、船の材料の流木がなくなって、イカダがあった。


「…………あれぇ!?」


 どうしてイカダがあるの? いや、分かる。使われているのは俺が集めてきた流木だ。置いておいた流木を使って、誰かがイカダを作ったのだ。


 作ったのは……まあ、彼女だよな。


「あ、戻って来たぁ」


 海から顔を出すユーリは俺を見て、こちらに向かって泳いで来る。波打ち際まで尾びれを引き摺ってやって来たユーリに俺は尋ねた。


「このイカダってユーリが作ってくれたのか?」

「そうよ。材料はほとんど集まってたみたいだし、少しでも手間を省いてあげようと思ってねぇ」

「そ、そうなのか……ところで、この木を束ねているのは何だ? 蔦とかではないようだが……」

「ああ、これ? これは海底に生えてる海藻で、弾力が物凄くあって食べられないんだけど、一度乾燥させると、いくら水をかけようと乾燥して固まったままっていう特徴があってね。いっぱい生えているものだし、使えるかなーと思って持って来たのぉ」


 つまり今はしっかり木と木をその海藻で縛って、乾燥させているという事か。

 うん、正直助かったよユーリ。だけど……そういうものがあるなら、もっと早く教えて! 足を血塗れにして逃げる必要なかったじゃん! モンスターに襲われる事なかったよな!?


 手に握られている蔦はもはや使い道がない。用済みだ。お払い箱だ。見ているだけで自分が無駄な事をしていたのだとムシャクシャする。こんなものはポイッだ!

 森へ向かって思いっ切り投げ込んでやった。…………ふうっ、少しはスッキリした。


「ケルベロス急にどうしたの? 何か森に向かって投げたようだけど……」

「ん? ああ、気にするな。それよりもイカダありがとうな。これで無人島生活から脱出ができる」

「うん、できるよ。だけど、その前に良かったら食事にしない?」


 その提案を耳にした瞬間、空腹である事を主張するかのように腹が鳴る。はい、食事にしたいです。漂流する前に海藻を食べたくらいだ。ちゃんとしたものを食べたのはどれくらい前だろうか。漂流した日数が詳しく分からないが、一日や二日ではないかもしれない。


 とにかく暫くまともに食事をしていない俺は彼女の提案に乗る事にした。


「ああ。とりあえず何か食おう」

「じゃあ少し待っててぇ」


 そう言って再び海に潜ると、一分もしない内に浮上して、海面から片腕を高々と腕を上げる。その手には魚や貝など魚介が詰まった網を持っていた。まだ調理されていない状態なのだが、暫く食事をしていない俺にとっては、どれもご馳走に見た。あっという間に口内が唾液で満たされてしまうので飲み込む。


「海鮮料理を振る舞ってあげる。まあ簡単なのだけどねぇ」


 それから、ユーリの魔法で火を熾して貰うなどして俺は海産物を堪能した。全て焼くくらいしかできなかったが、どれも素材そのものが持つ味が濃厚で、焼くだけで充分美味だった。


 腹が満たされたら……いよいよイカダでイモータルのもとへと戻る。

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