第37話 イモータルに帰還できるかな?
「二十七……それぐらいで済んで良かったと思うべきなのか……」
あの連中の事だ。もっと大勢が飛び込んでいてもおかしくない。そう思い、ポロっと口から出た言葉なのだが、ユーリが神妙な顔つきで頷く。
「本当にねぇ。あれで二十七人しか行方不明にならないなんて良かったわ」
「…………どういう事だ?」
「言葉通りだよ。二人が原因だけど、それはきっかけに過ぎなかったみたいよ。サラから聞いた話はまだ続きがあってねぇ」
俺とフェルが飛び込んだ後に何かあったようだ……。そして、それが二十七人しかと言った理由でもあるらしい。いったい何があったのか……俺は早く教えてくれと視線で訴えた。
ユーリは一つ呆れた様子で溜息を吐いてから語り出す。
「二人が飛び込んで、それに続くように団員達は飛び込んでいってね。百人近くは飛び込んだって言ってたわ。でも、正直それだけなら、これだけの数が行方不明になる事はなかった。だけどね……」
「いったい何があったんだ……」
「喧嘩」
「……は? 今、何て言ったんだ?」
「喧嘩」
正直、最初に聞いた時から「喧嘩」と聞こえていた。だが、理解はする事はできなかった。どうして喧嘩で二十七人もの団員が行方不明になったんだ?
「……言葉は聞き取れたと思う。だけど意味がまるで分からない」
「察してよぉ。これ以上身内の恥を晒すような事はしたくないし」
「いや、俺も身内のその一人なんだから教えてくれよ」
そう俺が言うと渋々ながら詳細にユーリは語り出す。
「……酔っ払って上手く泳げないでしょ」
「ああ」
「そしたら思わず近くに居る人を思わず掴むんだよ。そしたら、まあ……『掴むんじゃねえ! 沈むだろ!』バキッ! 『痛っ! 何すんだよ!』ボコッ! 『てめえ! この野郎!』ボコスカ! …………といった感じで喧嘩が始まって、最初は二、三人でやってた喧嘩が規模も大きくなって、全体的に沈みながらの取っ組み合いにぃ」
「…………」
もう……何と言うか…………うん……「馬鹿じゃねえの!」の一言に尽きる。
「で、決定的なのが」
「まだあるのかよ!?」
醜い溺死覚悟の喧嘩が行方不明者を多数出した最大の原因だと思ったが、まだあるらしくユーリは顔を苦々しい顔をして語る。
「いやぁ、実は沈んでいく皆を海から浮かせようとマヤが魔法を使ったらしいんだけど…………魔法が暴走しちゃったらしくて…………うん、力を入れ過ぎちゃったって彼女は言ってるみたい」
「暴走? 暴走して何が起きたんだよ?」
「海が持ち上がった」
「おぉん?」
海が持ち上がるというスケールのでかさをうかがわれる言葉が出て来て、思わず変な声が出てしまった。海が持ち上がるって……どういう事?
言葉足らずとユーリも思ったのか詳しく説明する。
「えっとね……沈んだ団員と一緒に、目に見える範囲の海が持ち上がったみたい」
「目に見える範囲って……」
話を聞いて俺はふと海の方を見た。
海は広いし、大きいし……目に見える範囲というと、かなり広い範囲……いや広いなんて言葉では足らない。広大? 無限大? もうなんて言い表したらいいのか分からない。改めてマヤの魔法の力は凄まじい事を理解した。そしてサラが暴走を恐れていた事もよく分かった。街が一つ滅ぶと言ったのも決して比喩ではないんだな……。
俺が魔法の暴走の規模に呆れていると、ユーリは話を続ける。
「十メートル以上の高さまで海が持ち上がって……マヤもマズいと思ったのか、慌てて魔法を使うの止めたんだけど、そうなると海は落下した衝撃で搔き乱されて、陸の方に押し寄せて来たり……。今度は海が陸に押し寄せて来ないように、波打ち際に沿って魔法を使ったりして……それは暴走しなかったのは良かったんだけど……。海が搔き乱された結果、沈んでた団員たちは散り散りになったって」
「そんな事があったんだな……」
もしかすると意識を失っていて気付かなかっただけで、俺もそれに巻き込まれたのかもしれない。それであの砂浜だけの島に打ち上げられて……マヤ、恐るべし。ジレドラの一件で彼女の凄さは分かったつもりだったが……。
呆気に取られながらも、何があったのか把握する事ができた。今度はこれからの事をユーリと相談をする。
「とりあえず合流しよっ」
「そうだな……」
二十七人欠けたイモータルと、とりあえず合流しないと何も始まらない。
酔っ払いの飛び込みを始めたきっかけが俺にもあるとはいえ、俺は被害者的な立ち位置だ。フェルのせいだ。俺は何も悪くない…………怒られる事はないよな?
そんな不安が脳裏を過ぎるが、サラに怯えてイモータルに帰れないなんて事はな…………んん……ないと思う。いや、だって、怖いもの。二十七人欠けた今、本来の目的である海賊退治はもしかすると受けられない状況なのかもしれない。そうなればイモータルの財布は厳しくなり、サラの胃をキリキリと締め付けているに違いない。
そんな無差別に当たり散らすとは思えないが、少しでも関わっている俺に殺意くらい向けて来るかもしれない。
「あー戻りたくない……」
「どうして?」
「いや、だってサラとか滅茶苦茶怒ってそうだろ」
「サラ? 大丈夫だよ」
「怒ってないのか?」
ユーリの口振りからそんな期待を抱くが、そういう訳ではなかった。
「確かに滅茶苦茶怒って、海から引っ張り上げた団員を殴ってたけど、最終的にフェルの保護者である団長をボコボコに……ああ、一応言っておくけどボコボコは動作じゃないよ、見た目をボコボコにね。それで団長の原型が歪になったところで、とりあえず治まったよ」
滅茶苦茶大炎上はしていたようだ。団長という犠牲によって鎮火したらしいが……まだ火が燻っていない事を願おう。
若干不安は残るが、俺はイモータルに戻る事にする。
だが、一つ問題がある。
「なあ、どうやって戻るんだ?」
「? どうやってって?」
「いや、俺泳げないんだけど」
海に向かって尾びれを引きずって移動していたユーリの動きが止まる。そして俺の方を振り返り、少し考える素振りを見せてから口を開く。
「…………まったく泳げないの?」
「まったく」
「…………魔法で空飛べる?」
「魔力はある。だけど魔法は使えない体質みたいだ。マヤが言ってた」
「……………………ケルベロスには二つの選択肢があるよ」
唐突に指を二本立てて、そんな事を言い出した。
二つの選択肢。はて、この状況でどのような選択肢があるのだろう。戻り方が二通りあるという事だろうか。
「まず一つは……軽く溺死状態で海中を引き摺られて移動する」
「待て」
いきなりハードな戻り方が提案されて、その提案を却下するべく彼女に静止を呼び掛けた。だが、彼女はそんな俺を無視して、もう一つの選択肢を提示する。
「もう一つが……ケルベロスを見つけられなかった事にして、このまま私だけ帰る」
「もっと待て!」
「きゃあっ! 何するの!」
俺は彼女の尾びれに飛び掛かり、海へと行かせないよう抱き締める。尾びれは意外と筋肉が発達しているのか抱き着く俺をものともせず上下に動き、俺を地面に何度も叩きつける。だが、帰られると困るので必死に腕に力を込める。
「放してぇ!」
「放すか! それよりも、その二つの選択肢は何だ!? 意味が分からん!」
「だ、だってぇ……呼吸ができるようにしながら私があなたを運ぶのは手間だし、それなら荷物を運ぶような感じにするか、いっそケルベロスを見つけなかった事にするのが楽だし……」
「楽だし……じゃねえ!」
「だって! 元の陸地からここまで三日の距離だよ? 私に三日間、ケルベロスの呼吸を確保しながら運べって言うの? そんなの大変に決まってるじゃん!」
「うっ……大変なのは分かるけどな…………って、ちょっと待て! 今、三日間って言ったか? ここから元の陸地まで三日間って……お前、俺が泳げていたら三日間も泳がせようとしていたのか! どっちにしろ無理に決まってるだろ!」
そんな遣り取りを一時間に渡って行い、最終的には俺だけが乗れるくらいのイカダを作って、それを引っ張るなり、押して貰う事になったのだった。
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