第36話 無人島生活……もう正確に何日目か分かりません

「ん、んん……んあ?」


 目が覚めた。意識を取り戻すと、割と早く状況を把握する事ができる。死にかけるのにも慣れたものだ。たぶん漂流して二、三日くらい経っただろう。


「酷い目に遭ったなぁ……」


 溜息を吐きながら起き上がる。

 砂浜にうつ伏せになっていた状態から体を起こすと、体に付着していた砂がパラパラと落ちる。砂のジャリジャリとした感触と海水でべったりとしていて不快だった。だが、そんな不快感よりも現状把握だ。


 いったいここは何処なんだと周囲を見渡す。


 幸いな事に、砂浜しかない無人島ではないようだ。見たところ自然豊かな島。人が住んでいるかは分からないが、あの沈んだ砂の島よりは断然マシだ。


「元の陸地……で、あって欲しいけどな……」


 そんな都合良く戻れる訳がない。

 そう思い溜息を吐いた直後だった。バシャン! そう海の方から音が聞こえた気がした。魚が跳ねたような音だ。そういえば最後に食べたのは海藻だった。それも二、三日前。


 脂ののった海の魚が食べたいな……そんな事を思いながら海に目を向けた。


「……ん?」


 沖の方に何かが動くのが見えた。船かと思ったが、船にしては速いし、サイズも小さい。それは真っすぐこちらに近付いて来るのだが、徐々に近付いてくると、それの特徴が見えて来た。


「人?」


 そう、人だ。人にしか見えない。それも髪の長い女性。

 泳ぐのが早い。こちらが地上で走るよりも、速いかもしれないほどだ。ここら辺の漁師さんか? 女性の漁師……「じぇじぇじぇ!」と言いたくなるのは何でだろう? 分からない。


 女性は間違いなく俺が居る島へと向かって来ている。

 いったい彼女は何者なん、飛んだ!?


 女性は海面を足場にするかのように高々と空に向かって跳んだ。

 こちらに向かっての大ジャンプだ。このまま来れば着地点は間違いなく俺の今いる位置だろう。避けようとしたが、海から出た事で露わとなった彼女の体に目を奪われ、動けなかった。


「え、ちょ、にん」

「受け止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「はあ!?」


 驚きを口にしようとしたところ、女性の助けを求める声に掻き消されてしまう。

 

 着地を考えてなかったのかよ! と心の中でツッコミながらも、助けを請われて避けるなんてできない。俺は彼女を受け止める為に身構える。


 そして彼女は正面を向いている俺に対して、向かい合うような形で跳んで来た。俺はそれを受け止めた…………が、空腹で力が出ず、足の踏ん張りが利かなかった。決して彼女の大きな胸が押し付けられて力が抜けてしまったとか……そういう事ではない。断じてない。


 彼女を受け止め、放さないよう腕に力を込める。何度か砂浜を弾んで止まる事ができた。地面が柔らかい砂で良かった。固い岩場だったら、確実に血を見る事になっていただろう。


「うう……痛いなぁ、しっかり受け止めてよぉ」


 そして腕の中に居る俺が受け止めてやった女性は俺に文句を言う。

 そもそも、お前がこっち向かって跳ばなければ、こんな事にはならなかったんだぞ。そう文句を言う権利が俺にはあると思う。だが、俺はそんな文句を言うよりも、彼女に言うべき事があった。


「……人魚?」

「そうだよぉ」


 俺が抱き締める彼女の上半身の腰から下、そこには二本の足はなく、魚を思わせるエメラルドグリーンの美しい鱗で覆われた尾びれだった。


 どうして人魚が? 俺が脂ののった海の魚が食べたいと思ったから? いやいや、こんな半分人間なのは困る! これを食べたら若干カニバリズムだよな? 魚の部分ならセーフとかそういう問題じゃないよ? もっと普通の魚じゃないと食べられない。


「チェンジで」

「? 何を言ってるの?」

「普通の魚が食べたいんだ」

「……人魚と出会った人でその反応は初めてだよぉ」


 はっ! 空腹のせいで変な方向に思考が働いていた。


 冷静になって彼女をひとまず放した。いつまでも、彼女を抱き締めているような状態で転がっていても仕方ない。…………柔らかな大きな胸の感触を、密かに堪能していたのは内緒だ。


 俺は立ち上がるが、彼女の尾びれでは立つ事はできないので、砂浜に座り込む。


 そして笑みを浮かべながら彼女は快活に話し出す。


「私は人魚のユーリ! イモータルで数少ない単独行動をする団員だよぉ! 初めまして新人くん!」

「…………は? イモータルの団員なのか?」

「そうだよ! まあ、普段はぷらぷらしてるけどねぇ」

「それって大丈夫なのか? 死ななくても歳はとるだろ?」

「ああ、私は元々不老なんだよ」


 そういえば人魚って食べると不老不死になるとか伝説があったような……。そもそも人魚自体が伝説の存在だ。こんなふうに普通に話している事が不思議な気分だ。


「私のような人は何人か居るよ。デュラのような団長から離れても大丈夫だけど一緒に行動する人も居るけど」

「そうか、デュラの爺さんも元々不老不死みたいなものだからな」


 元々が不老というのは珍しいと思ったが、意外と身近に居た。

 まあ、よく考えてみると、イモータルの全員が不老不死という時点で珍しいもののパレードだ。その珍しいものの一人は俺でもある訳で…………人魚くらい、そこまで珍しくないのか? 価値観がおかしくなっているような気がするけど、気にしないでおこう。


「それで、どうしてユーリがここに?」

「どうしてって、そりゃケルベロスを探しにきたんだよ。団長に言われて」

「探してくれてるのか!?」

「え、う、うん……どうしてそんな驚いてるの? 探すに決まってるでしょ、団員が居なくなれば……」

「そんな常識があるとは思ってなくて……」

「あるよ! さすがにそれぐらいの常識!」


 ユーリは普段はイモータルとは離れているから知らないのかもしれない。あの死なないんだからオッケーと思っている、常識という枠を木っ端微塵にしてしまった非常識の暴れん坊達を。


「それに、今イモータルはケルベロスを探そうとして大変なんだよ?」

「? 大変?」


 俺をそんなに熱心に探してくれているのか? いや、正直そんなの想像できない。何かトラブルがあったとしか……。


「正確に言うとフェルとケルベロスが原因でと言うべきかなぁ」

「フェル?」


 どうしてフェルが出て来るんだと思ったが、そういえばフェルは俺もろとも海に飛び込んだのだ。もしかしてフェルも俺と同じように漂流を? 確かにかなり酔っ払っていたし、例え泳げていたとしても、あの状態では普段のように泳ぐ事は困難なのかもしれない。



「フェルも行方不明なのか?」

「ん? フェルは行方不明じゃないよ?」


 どうしてそう思ったのとばかりに首を傾げられて、俺もつられて首を傾げてしまう。

 二人して首を傾げて暫くしてユーリは何かに気付いたようで謝って来た。


「あ、ごめん。原因とは言ったけど、フェルの場合はケルベロスのように何処かに流された訳じゃないんだけど、大変な状況にした原因が二人にはあるんだよ」

「? どういう事だ? 俺とフェルが原因って…………海に飛び込んだ事か?」

「それ!」


 あの時の共通点といえばそれぐらいだがビンゴのようだ。だが、どうしてそれがイモータルを大変な状況に陥らせているのか。というか、そもそも大変と言ってはいるが、具体的にどのように大変なんだろうか。


 その俺の疑問はすぐに解消される。正直解消されたくはなった。常識を知らないとは思っていたが、これほど馬鹿だったとは……。


「私も見た訳じゃなきてサラから聞いたんだけどぉ、二人が飛び込んだのを見た他の団員達が『ん? 今誰か飛び込んでったな。よし! 俺達も飛び込もうぜ!』『いいな! 最近暑かったし!』『え、何、海で遊ぶの? 私も行く!』『あっはっは! ふらつくけど問題ないわ! さあレッツゴー!』『今日は酒じゃなくて海で溺れたい気分なのぉ!』と……飛び込んでいったらしいよ。そして飛び込んだ大抵が酔っ払っているせいで上手く泳げずに海を漂って……しかも夜だから回収も難しくてね…………現在二十七名が行方不明」


 イモータルが確か百五十人も居ないから……五分の一くらいが、酔っ払って海に飛び込んで行方不明。そんな傭兵団はきっと前代未聞だろう。


 何してるの……この傭兵団……。


 身内の愚行に頭が痛くなる。おそらくサラはこの何十倍もの頭痛を覚えている事だろう。

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