第35話 無人島生活1日目!

「さて、どうするか……」


 この砂浜しかない島から脱出して、視界にある別の島、様々な植物が自生している島へと移動しようと思うのだが…………さて、どうやって移動しようか。


 まあ、普通に考えれば泳いで移動だな。あまり遠くないし、泳いで移動することは充分可能だろう。


「……よし」


 考えても他に移動手段があるとは思えない。俺はすぐに下着一枚となって、着ていたものを纏めて頭の上に載せる。落とさないように上着で服を押さえつけ、袖を顎の下に回して結ぶ。これで簡単には落ちないだろう。


 準備はできた……あとは泳ぐだけだ。


 海へと入り、しだいに深くなる。十歩ほど歩けば水面が肩の高さに来る深さになっていた。


 そろそろ泳ぐ頃合いだ。よし! 行くぞ!


「……………………ん?」


 泳ぐ、そう思ったのだが体が動かない。まるで泳ぐという行為は知っていても、実際どのようにすればいいのか分からないような…………え、もしかして俺、泳ぎ方を知らないの?


 いざ泳ごうとして分かった衝撃の事実。

 俺は砂浜に引き返して崩れ落ちた。そして己の不甲斐なさに、地面を拳で叩きつける。


「どうして……どうして泳ぎ方を知らないんだ! 記憶を失う前の俺はどうして泳ぎ方を覚えなかった! 無人島に流れ着く事を想定していなかったんだ!」


 いや、分かっている。人は無人島に流れ着く事を想定し、別の島へと移動する為に泳ぎ方を覚えたりしない事は。だけど、この状況で泳げないのは厳しい状況だ。


「くそっ! 今から泳ぎ方の練習をするか? それで泳げるようになるか? どうしたらいい?」


 今から泳ぐ練習をしようにも実際どのように泳ぐのか分からない訳だし、時間は掛かる……というか泳ぎを覚えられる確証はない。時間が掛かる事は必然だろう。とりあえず、この砂浜の島で生活をするしかないのか……。


 俺はひとまず移動を諦めた。砂浜で生きていく為に、ここに流れ着いた漂着物で使えそうなものを島の中央へと集めた。


「空き瓶が三本、木材がちらほら、海藻…………使えねえ!」


 集めてみたはいいが、あまり使えそうではなかった。

 いや、でも前向きに考えれば全く使えないという訳ではない。空き瓶は雨が降った時にでも水を溜めておくのに使えそうだ。木材は……大きければ浮きにして移動手段として仕えたかもしれないが、小さすぎる。だが、乾かして火を熾すのに使えそうだ。そして海藻は食料だ!


「絶望的だ!」


 漂着した海藻を食べながら俺は思わずそう口にする。

 どれだけ前向きに考えたところで、得られた漂着物からは希望が湧かない。むしろ、あまりものが漂着しない事実に気付いてしまい、これからのここでの生活に不安が強くなる一方だ。


 ちなみに海藻は食べられない事もない。

 少々生臭さはあり、口の中で噛めば噛むほど粘りけが出てきて飲み込むのに少し苦労はするが、食べられる。海に潜れば海藻は手に入るだろうし、食に関しては大丈夫そうだ。たぶん。


「当面の問題は水か……」


 最低限生きていくのに必要なのは水。


 だが、この通り砂浜だけの島では水は期待できない。雨でも降らない限り、どうしようもないだろう。もし体の水分が足りなくなって死にかけたらどうなるのだろう? カラッカラッの状態から再び潤った状態に戻る事ができるのだろうか。


 死ぬほどの苦しみに耐えられれば、この人間が生きていくには酷な環境でも不死身なら生きていける。だが、やはり人並みの生活がしたいのだ。水はどうにかして確保したい………………マヤから雨を降らせる魔法でも教えて貰えば良かったなぁ。あ、駄目だ。俺。魔力はあっても魔法が使えないんだった。


 そんな何気なく思った事を皮切りに、イモータルの団員達の顔が思い浮かぶ。


 ……騒がしく、危険な奴等の集まりだが、あの傭兵団の生活にすっかり俺は馴染んでしまったようだ。

 ホームシックに似たような感覚が、自分の中にある事を気付かされたのだった。


 なんとか海藻で腹を満たし、喉の渇きを意識しないようにして夜を迎えた。

 辺りが暗くなってしまえば灯りはないので何もできない。無駄に体力を消費するのも勿体ないので、すぐに寝た。


 だが、まだ日も昇らない暗闇の中で俺は目を覚ました。


 こんなところで横になっていたので眠りが浅かったおかげだろう。すぐに違和感に気付く事ができたのだ。


「何だ……?」


 体が冷たい……というか濡れていた。

 上半身を起き上がらせようと、手を砂浜の地べたにつこうとするとザラザラとした砂の感触ではなく、バシャッという水の感触だった。


「まさか!?」


 跳ね起きて周りを確認してみる……ああ! 暗くて分からない!

 だけど足下が水、海水で浸っているのは分かる。


「まさか……この島、沈むのか?」


 口にした最悪の事態。もしかすると昼間は潮が引いて陸地ができるけど、夜になると潮が満ちて陸地がなくなってしまうとか……。


 そうなれば泳ぎを知らない俺は確実に溺死。いや、しなないが溺死間際の状態で海を漂う事になる。


「おいおいおい! どうすればいいんだよ!?」


 俺はそのように叫ぶが、誰も答えてくれる人は居ない。

 こんな事なら明るい内に独学でも泳ぎ方を学ぶべきだった! せめて浮き方を!


 だが、後悔しても遅い。分からないが、こうしている間にも徐々に海面は上がっているのだろう。こうなったらイチかバチか泳いで移動を……。


 そう思い、昼間から海であった深い場所に足を向けようとしたところ、僅かに残っていた理性が俺を冷静にさせる。


「……陸地が沈んだとしても、俺の頭まで海面が上がるとは限らないのか」


 そうだ。例え、潮が満ちて海面が上がっても、俺の全身が沈むほど海面が上がるなんて事はないだろう。立ってさえいれば、再び潮が引くまで耐えられるかもしれない。わざわざ泳げないのに、イチかバチか泳いで移動なんて博打に体を張らなくていいのだ。


 良し、そうと分かれば…………いや特に何もやる事はないか。

 やる事といっても、寝ないようにするくらいだ。


 こうして俺は潮が満ちていくのをジッとその場で見守った。


 …………。


 ……………………。


 …………………………………………。


 ……あれから何時間経っただろうか。


 結論から言おう。

 大ピンチだ。


 現在、海面は俺の顎に触れていた。しかも、まだまだ海面が上昇しているようだ。


 最初は座っていて余裕だった。肩まで上がって来て、「そろそろ立つかー」と思って立ち上がる。そして、暫くすると立った状態で胸まで上がって来て「うんうん、まだ大丈夫」と思った。そして顎に触れるほどになると「あ、ヤバい!」とようやく危機感を覚えた。


 潮の満ち引きでこんなに水位って変わるもんなの!?

 マジでヤバいぞ!?


 だが、水に浸かっていて水に慣れたおかげか、どうにか浮かぶくらいはできる。だが、とても泳いで移動は不可能だ。それに暗くてどっちに昼間に見た陸地があるのか分からない。


 さて、俺の理性も打つ手なしとお手上げ状態なのか、この状況をどうにかする手段が全く思いつかない。人間、本当にお手上げだと分かると、どうしてだろう? かえって冷静になれてしまう…………あ、そうか。諦めたのか。


 どうやら俺の理性は俺に諦めろと告げているらしい。


 ……理性諦めるなよ! なんかあるだろ? ほら、捻り出せよ!


 …………あ、駄目だ、状況を打破する手段が全く浮かばない。うん、理性駄目だ。


 使えない理性め……こんな状況に結局なるんだったら最初から引っ込んでろ! 「ここでジッとしていれば助かるんだ!」って希望を抱かせて、そこから突き落とされた俺の気分は最悪だ、畜生!


 理性に対して、怒りをぶつける間にも海面は上昇していた……。


 それを止める術を持ち合わせていない俺は、やがて鼻まで海面が上昇すると、暫く浮かんで耐えていたが力尽きて沈んだ。


 溺死なりかけ状態で長い時間を海で漂っていると、体に貝とか海藻が住み着きそうで嫌だなぁ……なんて事を考えながら俺は意識を失ったのだった。

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