第34話 無人島生活に突入!?
「んぐんぐ……ぷはっ! あー美味しーお代わり!」
「…………」
木桶に注がれた酒を飲み干したフェルは、あれから更に木桶で飲み続けていた。どれぐらい飲んでいるかというと、彼女の小柄の体とは不釣り合いなほどに膨らんだ腹を見れば分かるだろう。
まるで今のフェルの腹は出産を控えた妊婦のようだ。
そんな彼女が胡坐をかいている俺の足の上で、ずっと酒を飲んでいるものだから、空いた食器を片付けに来た飲食店の従業員に「こ、こいつ、こんな小さな子を孕ませたのか!? 鬼畜野郎!」と念がしっかりこもった視線を向けられた。
いや、何も俺はしてないからなと引き留めて説明したかったが、動こうとするとフェルが小柄の体からは想像もできない力で押さえこまれてしまうので諦めた。
「んー! このお酒も美味しー!」
「フェルは相変わらず酒強いな! ほら飲め!」
「料理も摘まみな。海もあるし、魚や貝を使った料理なら幾らでもアタシが作ってやるよ!」
「ありがとーほらぁ、ケルベロシュも食べなよぉ」
皿に盛られた魚をブツ切りにして揚げたものを一つフォークで刺すと、それを俺の口元へとフェルは運んだ。先程からこのように食べさせられるのだが、酒を勧められるより遥かにましだ。
抵抗する事なく口を開けて料理を待ち構える。
「あーん…………どうぅ? 美味ひいっ?」
「ああ、美味いな」
「だよねぇ、ケリュベロシュも分かってるねぇー」
さすがにフェルも酔ってきたようだ。口調が怪しい。当たり前だ、常人であればとっくに致死量だ。数人は殺せる量だろう。
彼女の体はいったいどうなっているのか。不死身だからなのか、それとも彼女が特殊なのか。どちらにせよ、そろそろ酒を飲むのを止めないと駄目だ。泥酔して暴れられでもしたら面倒だからな。
「フェル、そろそろ飲むのを」
「あ! カーシャら! おーひ、こっちらよー!」
飲むのを止めた方がいいんじゃないか? 俺はそう言おうとしたのだが、フェルに遮られてしまう。彼女が見ている方向を見ると、カーシャがこちらに向かって来ていた。
先程までカーシャはタロスと一緒に居たはずだが、タロスの姿が何処にもない。先に寝床に戻ってしまったようで、一人になってしまったようだ。
「おう、カーシャ!」
「カーシャ、飲み食いしてるかい?」
「ユイカ、クレア、こんばんは」
二人に静かに応えながらフェルの様子を見て問い掛ける。
「……フェル、だいぶ飲んだ?」
「ふえっ? あたひ、そんらに飲んでなひよ?」
「……口調、怪しい」
「えー、そお?」
首をこてんと傾けるフェル。どうやら酔っぱらっている事を自覚していないようだ。
フェルとカーシャ、二人がこうして話しているのを見るのは初めてだ。
見た目は同年代のようだから何か波長が合うのだろうか。相変わらず淡々とした口調で話をするカーシャだったが、フェルとの会話は止まりそうにない。
するとフェルが座っている俺の足の上で左の方に寄る。そして少し空いた右側のスペース……右足の膝のあたりを叩きながら、カーシャを招く。
「カーシャ! こっち座りなよ!」
「……いいの?」
「いいの! 大丈夫! タロスよりは狭いけど、座り心地良いし、匂いも良いよ!」
俺の許可は取らなくていいのか? と突っ込みたかったが、酔っ払いに何を言っても無駄だと思い溜息を吐く。それと匂いに関してはフェルだけだからな。一般人から良い匂いだなんてい言われた事がない。
「……じゃあ座る」
フェルに促されてカーシャは俺の胡坐をかく足の上に座った。
二人とも軽いから苦ではない。苦ではないのだが……。
「じゃあさぁ、乾杯しよぉー」
「……うん」
「乾杯っ!」
「……乾杯」
俺の足の上で飲み始めないで欲しい。
何だこれは、この状況は。小さい女の子が二人仲良く足の上でジュースを飲んだり、お菓子を食べている…………そんな微笑ましい光景であれば絵になるが現実は違う。
彼女達が飲んでいるのは酒。それも木桶になみなみと入れられた酒だ。普通の少女が飲む代物じゃない。だが、容器を両手で持って縁に口をつけると、一気に木桶を傾けて躊躇う事なく飲んでいった。
どうやらカーシャも酒は強いらしい。木桶に入っていた酒を飲み干すと、すぐにユイカとクレアに頼んで別の酒を持って来て貰っていた。フェルも既にかなり飲んでいるというのに、まだお替りを要求する。
こうして小さな酒豪二人が、俺の足の上で小さな飲み会を開催するのだった。
――それから、どれだけの時間が経ったのだろうか……。
「んっ……んん……」
どうやらいつの間にか寝てしまったらしい。
フェルとカーシャに付き合ってお酒を飲んでいたから酔い潰れてしまったのか……。
ゆっくりと目を開けると同時に意識を覚醒させていく。酒によって鈍っている五感も冴えて来る。聞こえて来る波の音、照り付ける太陽、全身で感じる細かい砂の感触…………あれ? 昨日の宴の会場は砂浜ではなかったはずだ。どういう事だ?
体を起こして周囲を見てみる。
すると俺は何処か分からぬ砂浜、もっと言うと波打ち際で、押し寄せて来る波に全身を濡らした状態で寝ていたようだ。
「……は?」
砂浜というだけなら酔っ払って、こんなところまで来てしまったんだろうと溜息一つくらいで済ませられる。だが、とても溜息一つでは済ませられない。右を見ても砂浜、左を見ても砂浜、四方八方砂浜、砂浜から先は海のみ。
俺は砂浜だけの島に居た。
「……どうなってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
自分の置かれている状況を理解して絶叫するが、答えてくれる人は誰も居ない。
お、落ち着け。どうしてこんなところに居るのか、冷静に思い出せ……。
意識を失う前、フェルとカーシャが酒をどんどん飲むものだから、お前も飲めとユイカとクレアに勧められ仕方なく飲んでいた。だが、ユイカとクレアのペースに強制的に付き合う事になって、あっという間にダウン。
それから…………ああ、そうだ。俺が横になりたくて、足に乗っているフェルとカーシャにどいて欲しいと頼んだんだ。するとフェルが「眠いのぉー? じゃあさ、体を、動きゃせばひいんらよ!」と言い出し、首根っこ掴まれて引きずられた。いったい何処へ行くのやらと、酔いがすっかり頭と体を侵していて抵抗できずに、なすがまま。
そして辿り着いたのは様々な船が停まっている桟橋。フェルは桟橋の上を駆け、やがてその先端まで辿り着くと「ダーイブッ!」とご機嫌な様子で俺もろとも海へ飛び込んだ。
…………それからの記憶はない。
おそらくだが、酒のせいでまともに体が動かせずに意識を失った俺は、不死身だから溺死は免れたものの流されて、この島に辿り着いたのだろう。
冷静に自分の置かれている状況を理解しても、解決には至れなさそうだ。それどころか状況が最悪な事を認識してしまって絶望しかない。これからどうするよ……。
立ち上がり、改めて周囲を見渡す。
うん、見事に砂しかない。海を挟んで同じような砂のみで構成された島だったり、木々が生い茂る島もあるが、人が住んでいるか怪しい、無人島の雰囲気を纏っている。俺が元々居た陸地は周囲にはないと断言できる。
これは……どうしようもないな。
詰んだと諦めて、再び横になって地面に四肢を投げ出す。
いやいや前向きに、ポジティブに考えるんだ。オッサンの傍に居なくても不死の力は健在だ。不老の力は働くなるが問題ない。とりあえず死ななければいいのだから。それに俺が居なくなった事が分れば、捜索してくれるはず…………捜索してくれるよな?
死なないんだからオールオッケーな一般常識を持ち合わせていなさそうなイモータルの団員達でも、さすがに団員一人が居なくなれば探してくれる! うん、きっと探す! 凄い探す! 草の根とか、海藻の根を必死に掻き分けて探してください、お願いします!
人が一人居なくなった事に対して、事態を重く受け止めてくれる事を切に願う。
イモータルが探してくれる事を祈りながら、俺は今後どうするか考える。このような砂浜しかないところに居ては降り注ぐ日の光から逃れる事はできない。今は特に暑い時期だ。日に晒されているだけで体力が奪われていく。
ここに居ては死なないが辛い。そう思って木々が生い茂る他の島へと目を向ける。
あそこなら雨風も防げる場所や食料になりそうな木の実がありそうだ。
こうして俺は別の島への移動を決意した。
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