第33話 小さな酒豪

 フェルが俺の腰に手を回して、腹部に顔を埋めてからどれぐらい経っただろうか。

 座っている状態で腹部に顔を埋めている図というのは、見方によっては……というか、どう見てももっと下に顔を埋めているように見えてしまう。


 料理や酒を運び込む飲食店の人からの犯罪者を見るような目にはすっかり慣れた。

 イモータルの同僚達からの「やっぱりロリコン……」という呟きにも慣れた。

 慣れたくないけど、慣れないとやっていられないのだ。


 そんな冷たい視線を受けながら、宴もだいぶ終わりに近付いていた。


 料理や酒の消費量が落ち着いてきたからだ。三十分ほど前から飲食店の人が追加で料理や酒を持ってこなくなった。おそらくサラが指示したのだろう。残してしまうものに金を払いたくないだろうし……。


「……それにしても凄いな」


 何が凄いって?

 いや、目の前に広がる宴の惨状がだよ。


 ほとんどの団員が横たわっていた。ちなみに息をしていない。大丈夫、息ができていないだけで死なないから。喉に食べ物が引っ掛かって息ができないのだ。どうしてこうなったかというと…………よく噛まずに飲み込むからだ。


 無心状態の間、何も食べてない不死身の奴等は、無心状態を解いた瞬間に空腹に襲われて競うように料理を食べていった。


 その結果、喉に食べ物を詰まらせて、呼吸ができずに死にかけている。

 よく噛んで食べなさにとお母さんに言われなかったのだろうか。


 いや、おそらく学習ができないのだろう。別に喉に詰まっても苦しいだけで死にはしないのだから。こいつらも慣れているらしく、自ら鳩尾に拳を当てて勢いよく圧迫する事で喉に詰まったものを吐き出している。喉が詰まる事態にならないように学習するべきなのだが、不死であるが為に間違った方向に学習している。


「やれやれ、ようやくお開きか。おい、フェル。そろそろ宴も終わりみたいだぞ」

「えー、もっと匂いを嗅いでいたいー」

「いや、動けないから。離れろって」

「うー……」


 渋々だが俺から離れてくれるフェル。いったい俺の匂いの何が良いというんだろうか? 人間の嗅覚では匂いの良さなんて全く分からない。


「さてと……」


 俺は立ち上がると一足先に宿に戻ろうとした。だが、それを阻むようにフェルが俺の右足に抱き着いて来た。


「お、おい」

「まだ、いいじゃん! みんなも、まだこの場に残ってるよ!」


 どうやら、まだ俺の匂いを嗅ぎ足りないらしい。右足に抱き着きながらも、クンカクンカと鼻を鳴らしている。


 まあ、いい。片足に子供が抱き着くくらいどうって事はない。そんなの気にせず歩こう。

 フェルの抵抗を嘲笑うように、俺はゆっくりではあるが歩みを止めずに歩き続ける。


「ケルベロスー! 動かないでよー!」

「もう帰るんだから動く。フェルはまだ居たいなら足から離れたらどうだ?」

「うー……」


 先程離れてくれと頼んだ時と同じように低い唸り声を上げる。耳と尻尾を立ててご立腹である事をアピールしているようだが……正直怖くはない。むしろ可愛い。この可愛さを見る為に、つい意地悪したくなる衝動に駆られるが、それをすると再び何十分……下手をすれば何時間もこの場に留まる事になってしまう。


 ここはフェルの可愛さから目を合わせず帰ろう。そう思ったのだが、フェルが騒ぐものだから気付かれてしまった。


「ケルベロス、お前何処に行こうとしてるんだい?」

「んん? お前まだ宴が終わっていないっていうのに帰ろうとしてるんじゃねえか? ほら、私が酒を注いでやるから、こっちに来い!」


 クレアとユイカに引き留められてしまう。

 仕方ない、もう少し居るか……。強引に帰ろうとしたら追い掛けてきそうだ。特にクレアは建物に向かって全力投球された前科がある。


「じゃあ少しだけ……」

「はっはっは! こっちこっち!」

「良い酒とアタシが作ったツマミがあるよ! ほら食いな、飲みな!」

「…………」


 だいぶ酔っているように見えるんだけど……大丈夫だよな?


 俺はフェルを右足に携えながら、重い足取りで二人の方へと歩を進めた。


 フェルが俺の腰に手を回して、腹部に顔を埋めてからどれぐらい経っただろうか。

 座っている状態で腹部に顔を埋めている図というのは、見方によっては……というか、どう見てももっと下に顔を埋めているように見えてしまう。


 料理や酒を運び込む飲食店の人からの犯罪者を見るような目にはすっかり慣れた。

 イモータルの同僚達からの「やっぱりロリコン……」という呟きにも慣れた。

 慣れたくないけど、慣れないとやっていられないのだ。


 そんな冷たい視線を受けながら、宴もだいぶ終わりに近付いていた。


 料理や酒の消費量が落ち着いてきたからだ。三十分ほど前から飲食店の人が追加で料理や酒を持ってこなくなった。おそらくサラが指示したのだろう。残してしまうものに金を払いたくないだろうし……。


「……それにしても凄いな」


 何が凄いって?

 いや、目の前に広がる宴の惨状がだよ。


 ほとんどの団員が横たわっていた。ちなみに息をしていない。大丈夫、息ができていないだけで死なないから。喉に食べ物が引っ掛かって息ができないのだ。どうしてこうなったかというと…………よく噛まずに飲み込むからだ。


 無心状態の間、何も食べてない不死身の奴等は、無心状態を解いた瞬間に空腹に襲われて競うように料理を食べていった。


 その結果、喉に食べ物を詰まらせて、呼吸ができずに死にかけている。

 よく噛んで食べなさにとお母さんに言われなかったのだろうか。


 いや、おそらく学習ができないのだろう。別に喉に詰まっても苦しいだけで死にはしないのだから。こいつらも慣れているらしく、自ら鳩尾に拳を当てて勢いよく圧迫する事で喉に詰まったものを吐き出している。喉が詰まる事態にならないように学習するべきなのだが、不死であるが為に間違った方向に学習している。


「やれやれ、ようやくお開きか。おい、フェル。そろそろ宴も終わりみたいだぞ」

「えー、もっと匂いを嗅いでいたいー」

「いや、動けないから。離れろって」

「うー……」


 渋々だが俺から離れてくれるフェル。いったい俺の匂いの何が良いというんだろうか? 人間の嗅覚では匂いの良さなんて全く分からない。


「さてと……」


 俺は立ち上がると一足先に宿に戻ろうとした。だが、それを阻むようにフェルが俺の右足に抱き着いて来た。


「お、おい」

「まだ、いいじゃん! みんなも、まだこの場に残ってるよ!」


 どうやら、まだ俺の匂いを嗅ぎ足りないらしい。右足に抱き着きながらも、クンカクンカと鼻を鳴らしている。


 まあ、いい。片足に子供が抱き着くくらいどうって事はない。そんなの気にせず歩こう。

 フェルの抵抗を嘲笑うように、俺はゆっくりではあるが歩みを止めずに歩き続ける。


「ケルベロスー! 動かないでよー!」

「もう帰るんだから動く。フェルはまだ居たいなら足から離れたらどうだ?」

「うー……」


 先程離れてくれと頼んだ時と同じように低い唸り声を上げる。耳と尻尾を立ててご立腹である事をアピールしているようだが……正直怖くはない。むしろ可愛い。この可愛さを見る為に、つい意地悪したくなる衝動に駆られるが、それをすると再び何十分……下手をすれば何時間もこの場に留まる事になってしまう。


 ここはフェルの可愛さから目を合わせず帰ろう。そう思ったのだが、フェルが騒ぐものだから気付かれてしまった。


「ケルベロス、お前何処に行こうとしてるんだい?」

「んん? お前まだ宴が終わっていないっていうのに帰ろうとしてるんじゃねえか? ほら、私が酒を注いでやるから、こっちに来い!」


 クレアとユイカに引き留められてしまう。

 仕方ない、もう少し居るか……。強引に帰ろうとしたら追い掛けてきそうだ。特にクレアは建物に向かって全力投球された前科がある。


「じゃあ少しだけ……」

「はっはっは! こっちこっち!」

「良い酒とアタシが作ったツマミがあるよ! ほら食いな、飲みな!」

「…………」


 だいぶ酔っているように見えるんだけど……大丈夫だよな?


 俺はフェルを右足に携えながら、重い足取りで二人の方へ向かい、腰を下ろす。


「ほら、ケルベロス! 私が酒を注いでやるから飲め!」

「アタイお手製のツマミも食べな!」

「あ、ああ……」


 イモータルで最も豪快な女性二人に挟まれてしまう。

 いや、別に豪快といっても二人は美人さんだ。男としてはこの状況は嬉しい。嬉しいんだけど…………うん、待ってもらえるかな。木桶にどうして酒を注ぐの? ん? 瓶一本じゃ満たされないからって、別の酒を注ぐの? それでも足りない? もう一本? …………うわぁ。


「さあ飲みな!」


 ユイカに木桶になみなみと入ったブレンドされた酒を渡される。

 これ……飲むの? 一口? 全部? …………死ぬよ。いや、死なないのは分かってるけどさ。でも、こんなの飲むならいっその事そのまま死んでしまった方がマシな気がする。


「おい、ケルベロス。早く飲めよ」

「い、いや、この量は……」

「ツマミも用意したからな! 今回は移動が長くて無心になって料理しなかったからな。簡単なものだけどアタイの料理食べてみな。酒と合うものを作っといたよ」


 クレアが差し出してきた更には魚の切り身と茸、野菜を一緒に炒めたらしい料理が盛られている。いつの間に作ったのか、湯気が出ている。茸と野菜の野趣溢れる匂いと魚の油の匂いが混ざり合い、芳醇な香りを放っていた。


 美味しそうだ…………だけど、木桶から漂う濃いアルコール臭で気持ち悪い。


「料理はいいけど、酒の量がおかしいって」

「? おかしいって何が? 普通に一人分の量だろ?」

「……何日分?」

「ん? 一時間……いや三十分くらいか?」

「一日ですらないのかよ!」


 不死身の酒を飲む量はもはや一般人にとって致死量だ。

 こんなに飲める訳が……サラの目が怖い。前にもあったなー。前は酒が注がれたグラスを周りに並べられたんだっけ? 


 残した時には、お金を無駄にするなと怒り出すかもしれない。時間を掛けて飲むしかないか……。


「ケルベロス飲まないの? じゃあアタシが飲む!」

「いけません!」


 背後に回って俺の首に腕を回して抱き着いているフェルが、飲もうとするので、思わず叱責する。

 いや、俺よりも遥かに年上なのは分かるけど、十歳前後の少女だ。飲酒しては駄目だろ……。


 そう俺は思っていたのだが、ユイカとクレアは首を捻っていた。


「別にいいじゃねえか。酒はまだまだあるんだ」

「そうだよ、ケルベロス。独り占めはよくないよ」


 なんか俺が器量の小さい男みたいな目で見られてる……。


「いや、俺は自分の酒が取られたくないから言ってる訳じゃないからな! こんな子供のような見た目で飲ませていいのかと思って……」

「別にいいだろ。中身は私達の中でも年長者だ」

「そうだよ、それに、これぐらいの歳の時には酒は普通に飲んでたしね」


 このような少女の時に酒を既に口にしていた? 未成年…………いや、元の世界の常識に俺は囚われているのかもしれない。よく覚えていないが、俺ぐらいの歳になって飲酒は許されるような気がする。


 だけど、ここではそのようなルールはない……のか? それなら別にいいか、うん。抵抗はあるが。


「……じゃあ、ちょっとだけだぞ」

「うん!」


 俺が飲酒を許可すると、俺の首に回していた手を解いて目の前に移動する。そして膝立ちになると木桶を両手で抱えるように添えてから、フェルは顔を突っ込んだ。


「ほあっ!?」


 フェルの行為に思わず変な声が出てしまった。


 少女が木桶に顔を突っ込む姿は、水に顔をつける練習のように見えるが違う。木桶の中身は複数ブレンドされた酒だ。そこに、まるで犬のように顔を突っ込んで飲酒している。


 まったく顔を上げそうにないフェル。そんなに飲んで大丈夫なのだろうか? やはり力づくでも止めた方がいいのだろうか……。一向に顔を上げないが、尻尾を激しく振っているフェルを見て困惑する。尻尾を振っているのは喜んでいるようにも見えるが……うーん……。


 どうするのが正しいのか、悩んでいると、不意にフェルは顔を上げた。


 そして顔をほのかに赤くして笑顔で「ごちそうさま!」と言う彼女に、もしやと半信半疑で木桶を覗くとそこには酒が一滴も残っていなかった。


「クレア、その料理ちょうだい!」

「はいよ、取り分けてあげるからね」

「うん!」


 これだけ飲んだというのにフェルは大して変化なく受け答えをしている。


 ……フェルさん、半端ない。


 フェルが見た目通りの少女ではない存在なのだと改めて理解した。

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