第32話 無心……そして宴へ

 突然、服がミニスカドレスに変化したマヤ。嬉しそうに先程の変身を振り返る。


「うんーケルベロスの言っていたようにー、こうした方が可愛いねー」

「あ、はい、気に入ってくれたようで…………ところで、その恰好は?」

「これー? これはねー私のー勝負服みたいなものー。もう随分着てないねー。本気で戦う事なんてないしー。可愛いでしょー?」

「可愛いな…………ギリギリだけど」

「ギリギリ?」


 いかん、年齢からしてその恰好がギリギリだという心の声が少しだけ漏れてしまった。いや、正直ギリギリというのもだいぶ配慮している。正直なところアウトだ。それもスリーアウトだ。攻守交替。


 そんな本音がばれてしまうとマヤが怒りかねないので、慌てて誤魔化そうと知恵を働かせる。


「い、いや、その、……サイズがギリギリだなと。そんなにスカートが短いんじゃ」

「んー? スカート? 短い方が可愛いでしょー」

「ちょ!?」


 唐突にマヤはスカートの裾を持ち上げたのだ。もろに下着が見えているのだが、気にする様子もなく「んー、短すぎって訳じゃないよねー」とスカートの長さを気にしている。いや、もうスカートの意味がない。


「ちょ、ちょっとマヤ! 見えてるから!」

「見えてるー? 何がー?」

「下着だ! 下着!」

「下着……あーそうそう、パンツも変えたのー。可愛いでしょー」

「知るか!」


 パンツまであの一瞬で変えるなんて芸が細かいなぁ、なんて感想を言えばいいのか!?

 ちなみに今の彼女が履いているのは水色と白の縞々だ。縞パンだ。可愛い……のか? 分からないが、あまり見るのも悪いので顔は逸らす。目は……ごめん。男なんだ。チラチラと向けてしまうくらいは許してくれ。


 本人は気にしていないから許してくれるだろうが、なんというか罪悪感がある。


 それにしても、ここまで羞恥心がないとは。のんびりとした性格だとが思っていたけど、異性の目に対しても緩慢とは思いもしなかった…………。


 と思っていたのだが、これは彼女個人だけに言える事ではないと気付く。よく思い出すとマリアと風呂でばったり出会った時も、このように羞恥心がまるでなかった。そう、このように異性に対しての警戒心がなかったり、羞恥心を覚えなかったりするのは長生きしすぎの不老不死の特性なのだ。


 ……それなら堂々と見ても別にいいのか? むしろ目を逸らしたりする方が、性の対象として意識してると思われるかもしれない。


 だから俺は逸らしていた顔を彼女に向けた。……でも、あまり直視するのには抵抗があるので彼女の顔を見るようにする。いや、これまで培ってきた常識をそう簡単には捨てられない。


「知るかってー、そんなキツイ言い方しなくてもー」


 口を尖らせて抗議するマヤ。そんなに癇癪を起すような人でないとは思うが、一応機嫌を損ねないようにしておこう。


「いや、だって元々履いていたのなんて知らないし」

「あーそっかー、そうだよねー」


 なるほど、と頷く。

 うん、納得してくれたようで何よりだ。でも、そろそろスカートの裾から手を放さない? いつまで丸出しにしてるの? 目の毒……いや眼福だけども、理性が揺らぐというか、自制心のタガが外れそうというか……うん、ちょっと暴走しそうです。


 俺が暴走する前に、お腹を冷やすとでも言ってスカートから手を放して貰うか?


「えっとねー、元々履いてたのはーこっちー」

「…………」


 いつまでもスカートを下ろさない彼女に理性が煮え滾りそうになっていると、理性が一瞬で蒸発してしまい、煮え滾る理性がなくなり、無心となった。


 今の俺は無心の状態に至っていた。


 彼女は縞パンになる前のものに戻したのだ。縞パンの代わりにそこにあるパンツは紐だった。辛うじて隠すべきところは隠しているが、それ以外は紐。それも黒で華美な刺繍が施されていて、とてもアダルティ。先程の縞パンよりも目を引き付けられるものだが、無心となった原因はそれじゃない。


 それは一瞬だった。


 彼女は下着が変わる一瞬、下着がない状態が生じたのだ。

 そして、その状態を俺は見た。見てしまった………………こうして俺は暫く無心状態を維持する事ができたのだった。


 何を見たのかは詳細には語らないでおく。


 ――それから数日が経った。

 俺はマヤのおかげで無心状態になるきっかけを得る事ができたのだが、さすがに数日維持する事はできない。できて丸一日程度で、一日無心になったら一日体を動かして筋肉をほぐすといった事を繰り返している。


 そんな事を繰り返してようやく次の街に辿り着いた。


 辿り着いた街は海に面した街アウール。ここでの仕事は戦争ではなく、海賊退治。この辺りには小さな無人島が複数あって、そこを根城にしているらしい。漁に出る船や商船を狙うらしく、沖に出た船の二割ほどが海賊の餌食になっているとの事。


 仕事の期間は予定では一ヵ月。無人島を一つ一つ見て回りながら海賊を退治する。

 街に着くとそのようなサラから説明があったのだが…………到着したその日は仕事どころではなかった。


「乾杯っ!!」

「「「「「イエェェェェェェェェェェェェェェイ!!」」」」」


 オッサンの号令で始まる宴。

 夜。街の港の一角を貸し切って、数々の料理と酒を並べてのどんちゃん騒ぎだ。


 無心状態でろくに食事をしていなかった為に酷い飢餓状態の団員が多くいた。宴が始まると同時に次々と料理と酒がなくなっていく。現地の店の人が料理と酒を運んでくれるおかげでなくなる事はない。


 もし尽きる事があれば、たちまち宴は乱闘パーティーに移行するだろう。それほどまでに飢えていた。


 ある程度移動中に食事をしていた俺はそこまで飢えてはいないので、端の方で食事をしながら酒を飲んでいた。飢えた獣の中にいると俺まで食べられてしまいそうだ。ちなみにタロスは俺の隣で座っている。彼も食事はしていたので飢えてはいない。


「~♪」


 タロスは食事をする団員達を見て嬉しそうだ。


「……タロス」


 そして騒がしい団員達の中から一人小柄な少女がこちらにやって来た。カーシャだ。彼女は料理を持った皿を抱えてタロスに駆け寄ると、膝の上に乗って食事を始める。前の街でもこのような光景を目にしていた。どうやら彼女はタロスの膝がお気に入りらしい。


 皿に盛られた料理をよく見てみると、モモンモンの肉もあった。あれって結局どんな生物の肉なんだろうか……。モモンモン……謎だ。


「ケルベロスー!」

「!?」


 再び騒がしい団員達の中から小柄な少女がこちらに向って来る。

 フェルだ。俺の匂いが好きらしいのだが…………ちょっと怖い。


 彼女は俺に向かって走って来て目の前で両足を突っ張って急停止する。


「ケルベロス! 久し振りだね!」

「あ、ああ……久し振りだな」


 止まってくれて良かった。以前は勢いそのままに突っ込んで来て窓をぶち破って落ちたからな……。


 などとイモータルに入団したばかりの事をしみじみと思い出していると、俺の胸の中にフェルは自身の顔を押し付けるように飛び込んで来た。


「うへへへ……やっぱり良い匂いだねー」

「そんなに良い匂いなのか?」

「…………」

「フェル?」


 返事がないフェル。久し振りに動いて、疲れて寝てしまったのかと思ったがそうではない。耳を澄ますと聞こえて来る。


「クンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクン」


 一心不乱に俺の匂いを嗅いでいた。

 ひとしきり嗅ぐと顔を上げるのだが、恍惚の表情を浮かべ、だらしなく口を半開きにしている。口の端からは涎を垂らしているが、それを拭う事なく放心状態だ。


「ふはぁ……やっぱりケルベロスの匂いたまんないなぁ……」

「…………」


 少女がしてはいけない顔をしている。幼い顔立ちだが、俺の匂いで顔は上気し、目が潤んでいる。匂いを嗅がれただけなのに……なんだかしてはいけない事をしているような気がして…………あ、違います。俺が何かした訳じゃないんですよ。


 料理を運んでいる飲食店の人が俺を犯罪者を見るような目で見ていたのが辛かった。

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