第31話 マヤさんの部屋に招かれました

 ジレドラ達が去った後、上空に浮かぶ穴に向かって呼びかける。


「おーい、マヤ!」

「ん? あーケルベロスかー。そっかーあなたは動いてるよねー。今そっち行くねー」


 すると宙にあった穴が消えたと思えば、自分の目の前に現れる。

 

「お待たせー」


 穴から間延びした声と共にマヤが現れる。


「ふふー、いつもみんな無心になって動かないからー、私は空間魔法で引きこもってるのよー。あー、博士もー、たぶん引きこもって魔道具の研究をしてるわよー」


 できるだけ無心でいた方がいい二人が普段通りなのか……。

 いや、おかげで助かったけどな。


「俺とタロスだけかと思った」

「ふふふー、私とー博士はー時間と頭があればいくらでもー過ごせるからねー」

「そうか……ところで、さっきの連中は何だったんだ?」

「ああ、あれ? なんかー永遠の命を持つ者は神様の意志に反する行いだって言ってる宗教団体の人達。いやいや、神様から貰った力だからーって話なんだけどねー」

「よく来るのか?」

「うんー、あのツンツン頭の人は十回以上は来てるねー」


 結構来てるな……。

 あのショックの受けようだから二度と来ないんじゃないかと思ったが……意外とタフなようだ。


 連中の話を聞いていると唐突にマヤが溜息を吐く。


「どうした?」

「んー、あれはねー宗教団体の中でも不死者を排除する為に設けられた執行部らしいんだけど……私達に特化してて、封印魔法しか頭にないみたいー。それが残念だなーって」

「残念?」

「うんー。ジレドラさんはー結構腕の良い魔法の使い手なのよー。封印魔法の魔法陣を一つ置いて維持するだけでも大変なのに、それを何百も。なかなかできる事じゃないよー」


 ジレドラに対して高評価なマヤ。同じ魔法の使い手として、彼の魔法の実力が分かるのだろう。あまり魔法に詳しくない俺でも、それだけの魔法陣を設置した事を聞けばジレドラとやらの実力が凄いというのは分かる。恰好はいただけないが……。


「だけどマヤの圧勝だったな」

「まあねー、だけどそれはー、私が不死身だからっていうのもあるよー。真面目に研鑽を続けていればー、魔法は生きている分だけー力がつくものー。ジレドラさんもー宗教団体なんて抜けちゃってー不死身になればいいのにー。そうすれば好きなだけ魔法に時間を費やせるのにねー」

「オッサンが不死身にしてくれるか分からないけどな」

「んー、確かにー。基本たまたま死にかけててー団長が気に入ったら不死身にするーって感じだからー。あ、でも博士は頼んで不死身になったんだよー」

「博士が?」


 なんとなく博士が不死身になりたいのは分かる。研究の為に違いない。だけど、そんな個人の願望に応えて不死身にしてしまうのか? いちいち不死身にしていたら、このイモータルの団員はもっと増えていると思うが……。


「いったいどうやって不死身にして貰ったんだ?」

「んーとねー、団長の目の前でー『永遠に魔道具の研究をしたい! だから私を不死身にしてくれ! 頼むっ!』て、言ってから自分の腹と首を切ったのー」

「壮絶なパフォーマンスだな!?」

「うん、いきなり自殺されたもんだから団長も呆気に取られたけど、そこまでするなら不死身にするかーって。なんか、あのまま死なせたらー恨まれそうだしー。それに博士がイモータルに入ったおかげでー、良い魔道具が使えるようになったしねー。結果的に良かったよー」


 ハチャメチャなジジイだ。下手をすれば、そのまま死んでしまうかもしれないのに。そんな危険な真似をするとは……。


 博士が無茶苦茶なジジイだという事は知っていたが、まさか不死身になったのにそのような経緯があるとは思っていなかった。不死身だからといって無茶な魔道具を使わせるジジイだと思っていたが、不死身になる前からとは……。


「ねー、ところでー、ケルベロスはー暇だよねー」

「…………」


 嫌な予感がした。

 ふとマヤと初めて会った時の事を思い出す。


 あの時は拷問まがいの方法で記憶を取り戻そうとしていた。マヤもマヤで博士と同じく危険人物なのだ。


「いや、俺は無心の状態を維持する修業があるから」

「折角だからー私の部屋にご招待するよー」

「いや! 忙しいぃっ!?」


 俺の話を聞かずに問答無用で足下に穴が開く。収納魔法やマヤが使っている空間魔法の黒い穴だ。地面の感触がなくなり、その穴に俺は飲み込まれる……これならジレドラに封印されていた方が平和だった! 


「うおおおおおおおおお…………お?」


 足下に現れた穴によって落下していた俺だが、急に落下速度が和らいで、ゆっくりと足から着地する。マヤも少し遅れて俺の隣に降り立つ。どうやら魔法で着地をサポートしてくれたらしい。


「はーい、ようこそー」

「こ、ここが、マヤの部屋?」

「そうだよー。空間魔法で作った部屋だよー」


 俺に与えられた知識にある空間魔法は、文字通り空間を作る魔法。使い手の技量や魔力にもよるが、基本自由に空間を作る事ができる。マヤのような魔法使いなら、複雑な装飾を施した巨大神殿さえも作れるかもしれない。


 だが、マヤが作った空間はそのようなものではなかった。


 そこは広大な空間だった。上には青空が広がり、果てが見えない大地が広がる。ただ、その大地を様々な動物のぬいぐるみが覆い隠しており、ぬいぐるみの大地がそこにはあった。


「な、なんか凄いけど……予想の斜め上の凄さだ……」

「ふふー、可愛いでしょー?」

「一つ一つはな。ここまで多いと……怖い」

「酷いー。そんなケルベロスにはこれをどうぞー」


 そう言って俺に足下から一つのぬいぐるみを選んで渡して来たので、思わず受け取る。渡されたぬいぐるみは愛嬌のある黒い犬のぬいぐるみだ。手乗りサイズでとても可愛らしい。


「あー、折角だからー、ケルベロスにしよっかー」

「え?」


 渡されたぬいぐるみが白い光を纏いだした。そして光が収まった直後、持っていたぬいぐるみに変化が現れる。


 突然、犬の頭部がグニャグニャと歪みだした。


「うわあああああああああああああ!?」


 気持ち悪い! 先程まで可愛らしかった犬の姿は何処へやら。今は黒い四肢を持った頭部がすっかり崩れ、変形し続ける、奇怪な生物となっている。実際こんな生物と出会ったら確実に討伐対象だろう。


 放り投げなかった自分を褒めてあげたい。マヤが一応渡してくれたぬいぐるみだ、そんな思いが思い留まらせた。だが、とても直視できず目を背け、できるだけ腕を伸ばして自分から遠ざける。


「はい、できたー」


 そのように告げられ、恐るおそるぬいぐるみを見てみる。すると変化が収まり、首が三つとなった黒い犬がいた。


「ケルベロスのできあがりー」

「……マヤには俺がこんなふうに見えるのか?」

「いやいやー、違うよー。モンスターの方のケルベロスだよー」


 ああ、そうか。衝撃的な光景を目にして思考がやや麻痺して咄嗟に理解できなかった。名前の由来であるモンスターのケルベロスにマヤは形を変えてくれたという事か。


「こんなふうに自由に形を変えられるのは空間魔法だからか?」

「んー……一応今使ったのは空間魔法だけどー、これぐらいなら現実世界でもできるよー」

「そうか……形を変える過程も可愛くして欲しいな……」

「過程を可愛くー? 例えばー?」


 俺が何気なく呟いた言葉に興味を示した。ただ、具体的な案がある訳ではないのだが……まあ言い出したからには意見を言おう。


「そうだな……さっきみたいに急にグニャグニャと変形しだして顔の原型がなくなるのは怖いから…………それが見えないようにして……何か可愛らしい演出を付け加える。最後にポーズなんてつけたらいいかもな」

「なるほどー。じゃあ試しに私でやってみるよー」

「ん? やってみるって……」

「へんしーん!」


 次の瞬間、マヤの体がピンク色の光が包み込む。眩いピンクの光は彼女の体の輪郭に沿って包み込む。着ていたはずのローブは消えてしまったのか、彼女の光に包まれながらも胸やお尻の形が確認できる。


 そして黄色いリボンが手足の先の方から纏わりつき、全身に絡みついていく。そして、リボンが離れ、再び肌が晒された部分から光が失われる。完全にリボンが離れていくと、装いの変わったマヤの姿が現れ、そして……。


「マヤちゃんさんじょー」

「…………」


 白とピンクで構成されたミニスカートのドレスと言い表せばいいのか。元々着ていた紺色のローブとは百八十度異なる服装に言葉を失う。


 何だろう……この光景を俺は見た事がある気がする。休みの日の朝とかに……。


 ただ、彼女の見た目は二十半ば。俺の少し年上くらいに見えるのだが……なんというか……その……ギリギリアウトな気がした……。

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