第30話 ジレドラの登場と退場
「さすがにマズイよな……」
幌馬車の中で無心になっている団員、そして御者をしている団員すら何も反応をしない。
封印するとか言ってるし、このまま隠れているのはイモータルが、そして俺の身も危ない。でも、タロスも何をしているんだ? もしかして既にやられたのか?
相手から見られないよう、幌馬車の下から這い出た。そしてタロスを見つけた。どうやら無事のようなのだが…………どうして手を振ってるの?
まるで友人のように親しげに手を振っている。
あれ? もしかして思ったよりもピンチじゃない?
「何なんだ、あいつら?」
腕に刺さっていた矢を抜きながら幌馬車の陰から奴等を観察する。
……見たところ盗賊ではないようだ。盗賊にしては武装が揃えられている。何処かの国の軍隊なのだろうか? それと先程から話している男は……派手だ。とにかく派手だった。
他は黒の甲冑で身を包んでいるが、銀色の糸で幾つもの魔法陣を刺繍されている金色のローブを身に着けている。先程から光が反射して眩しいのだが、それでも目を向けてしまうのがインパクト抜群の奴の髪型だ。空へ向かってピンと伸びていて、まるで頭に剣が生えているかのようである。あの頭で体当たりをくらったら痛そうだ。
「あんな変な奴に封印なんてされたら恥ずかしいな……」
本当に封印できるほどの力がアレにあるのかは怪しいが警戒して損はない。
適当な人を無心状態から正常に戻って貰うか、身の安全の為にタロスの方へ向かおうか。そんな事を考えていると空から女性の声が降って来た。
「あらー、騒がしいと思ったらー。お久し振りですねージレドラさん」
間延びした特徴的な声、これはマヤの声だ。
見上げると本人はそこには居ないが、収納魔法を使う際に出現する黒い穴が出現していてそこから声が聞こえる。
それにしても久し振りという事は知り合いなのだろうか?
「その声はマヤか!」
「ええー、マヤですよー。それで今日は何の用ですかー?」
「決まっているだろう! お前達を封印しに来た!」
「またですかー。いい加減やめましょうよー。そう言って挑んで来たのは何回目ですかー? あなたの根性は認めますがー、正直無駄な努力ですよー」
マヤは穏やかな口調だが言っている事は辛辣だ。
ジレドラとやらはマヤの言葉に怒り心頭な様子で声を荒上げる。
「無駄な努力だと! お前ら不死身という人間の理から外れた者を罰する為に費やしてきた時間、労力を無駄だと言うか!」
「無駄ですよー。無駄、無駄ぁー。もっと別の研究をした方がいいですよー。いやーこれまで無駄な事に時間を割いていた事には同情してあげますよー」
「貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」
ジレドラは怒りのあまり顔が真っ赤になっていた。
あれだけ自分のしている事を否定されてしまったら怒るだろう。だが、俺は同情しない。なぜならジレドラの吐いた言葉から察するに、完全に俺達、イモータルの敵だからだ。何かの宗教団体か何かは分からないが、完全に不死身の存在を排除せよといった思考の持ち主のようだ。
だとしたら敵だ。同情する必要は一切ない。
「そうやって侮っているのも今の内だぞ! 今日こそは、お前ら全員を確実に封印する手立てを用意した!」
「手立てねー。それって私達の周囲に仕込まれた魔法陣の事?」
「っ!?」
え、魔法陣があるの? こんなところに?
足下を見てみたが、まるで分からない。だが、ジレドラの顔を見れば図星である事が分かるる。どうやら本当に魔法陣があるらしい。埋めてあるのだろうか?
「魔法陣を起動して爆発を起こして私達を生き埋めにー。その後、私達が埋まった上からー封印魔法を施すつもりでしょーう?」
「…………」
無言を貫くジレドラ
どうやら彼の言っていた手立てとやらは完全にマヤにはばれているようだ。
あっさりと自分の策を見破られてしまい動揺するジレドラだが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。
「はっはっは! よく分かったな! だが、分かったところで何だ? 何百とある魔法陣だ。これを全て解除できるか? お前ならある程度の量を一度に解除できるかもしれないが、どれも封印魔法の類の魔法陣だ。少しでも遅れれば封印魔法の餌食だ」
数百? それも全部が封印魔法?
俺の中に常識の範囲内で封印魔法の知識があるが、それなりに扱いが難しい魔法のはずだ。ふざけた見た目だが、ジレドラとやらの実力は確かなようだ。
喋っている内に調子を取り戻したらしく、ジレドラはマヤを挑発し始める。
「これだけの魔法陣に対応する自信がないから、お前は出て来ないのだろう? 空間魔法で一人だけ身を隠すとは恥ずかしくないのか? 魔法の使い手として生きる伝説とまで呼ばれているマヤ様が……はっはっはっ!」
「…………ねー勘違いしないで欲しいんだけどー」
「ん? 何だ?」
「もう魔法陣なんてとっくに解除してるよー?」
「…………は?」
マヤの発言に腑抜けた声を漏らすジレドラ。そして彼女の言葉に「馬鹿な……」と鼻で笑いながらも、何かを確かめるように一枚のスクロールを取り出して広げた。
そしてスクロールを広げた瞬間に目を見開き、慌てて指で何かを確認するように表面をなぞり始める。何かを探しているようだが、指の動きは滑らかで目的のものが見つからず止まる事はない。
「…………ない、魔法陣の反応がない……どどどどうしてだ!? いつの間に!? 解呪した気配なんて全く感じなかったぞ!」
顔を上げるとマヤが潜んでいる宙の黒い穴に向かって吠えた。
どうやら、あのスクロールで魔法陣の存在が分かるようになっていたようだ。奴の様子を見ると、魔法陣は一つも反応が見られなかったようだが。
本当にマヤが既に魔法陣を全て解除してしまったようだ。
「魔法陣を使えなくするのは簡単だよー。完全に解除する手もあるけど、少し傷を付ければ本来の効力を失うんだからさー。……まあ、変に傷つけちゃうとー暴発して余計に危ない事があるけどねー」
「そんなのは知っている! だが、いつ魔法陣に気が付いた!? いつ魔法陣を破壊した?」
「いつだと思うー?」
「言え!」
怒りのあまり声を震わせるジレドラ。
剣のようなツンツンした髪の毛が怒りのあまり勢い余って発射しそうだ……いや、冗談とかではなく。自信満々らしい策が破られて、相当屈辱なのだろう。声どころか全身が怒りに震え、頭部の髪が発射されないよう耐えるように震えているのだ。矢を向けられるよりも怖いかもしれない。
彼の全身から漂う怒気に周囲の部下らしい連中は戸惑いを隠せないようだ。
彼に落ち着くよう肩に手を置こうとした奴が突き飛ばされていた。人に当たっちゃ駄目だ、ジレドラよ。
そんな彼に残酷な事実をマヤは告げる。
「二日前」
「は?」
「だからー二日前にはー使えないようにしてたのー」
「ば、馬鹿を言うな! 二日前に魔法陣を用意したんだぞ! その日破壊したって言うのか? お前達はまだここから距離のある場所にいたはずだ! それに今日まで定期的に魔法陣が無事な事も、これで確認していた!」
魔法陣の反応を示さない事を告げるスクロールを握りしめながら訴えるジレドラに、相変わらず間延びした口調でマヤは説明する。
「私はねー、使う道の安全確認をしてるのー。遠視魔法でねー。二日前に居た場所から、ここぐらいなら余裕で見えるのー」
「ま、魔法陣を設置している事が分ってもだ! どうやって破壊した!? いや、今この時まで破壊されていなかったはずだ!」
「それはー削った部分を私のー魔力で補っていたからー。ばれて、また魔法陣を設置されたら面倒だしねー。肉眼でしっかり確認していればー気付いたかもしれないけどー、隠す為に土で埋めちゃったからねー。次からは気を付けてー」
「そ、そんな……」
ジレドラはマヤの解説を聞くと、自分の策が用意した時には見破られ、使えなくされてしまっていた事がショックなのか、その場で膝から崩れ落ちてしまった。
慌てて周りに居る連中が彼を支えて撤退を始める。
「……何かに一生懸命なのは良い事だけどー、折角ならーもっと別な事に目を向ければいいのにー」
撤退していく連中に魔法を放つ事はなく、マヤはポツリと呟いた。
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