第29話 退屈な道中
俺の戦場デビューから数日が経過した。
今、俺達イモータルは次の仕事が待っている街へと向かっている。
移動中は特にやる事がないので幌馬車の中でぼおっとしている事が多い。
先の街で何か暇潰しになるようなものを買っておけばよかったと移動初日で後悔し、それからずっと暇で死にそうだ。いや、不死身だから死なないが。
いつも騒がしい団員達はこれに耐えられるのか。何か良い暇潰しの手段があるのだろうか。そう疑問に思いながら、同じ幌馬車に乗っている団員達を見てみるが意外な光景があった。
「「「「「……………………」」」」」
誰一人身動せず、一言も喋らない。
不死身の力を失って死んでいるのではないかと思うほどだ。
目を閉じているので寝ているようにも見えるが一応起きている。
俺の横にはユーマが居るのだが、こいつもジッと大人しい。普段チャラチャラしているくせに、まるで瞑想中の修行僧を連想させる。
初日にユーマを揺さぶってどういう事なのか聞いてみると、長い時を生きていくうえで何もしない、できない時間を過ごす為の方法らしい。無心となる事で時間の流れを感じられないようにするんだとか。だから時間を早く感じ、「もうこんな時間!?」「いつの間に!?」という状態を作り出すのだという。
それを聞いて俺も挑戦してみた…………十分経ったら飽きた。
急には無理だ。とてもじゃないが今の俺には無心の状態を長時間維持するなんて事はできない。だから幌馬車の中で俺は寝て過ごすか、ぼおっとしているしかなかった。
御者をしている団員に話し相手にでもなって貰おうかと思ったが、なんと御者も無心となって目を瞑っていた。この幌馬車は無事に目的地に辿り着くのかと不安になって揺さぶろうと思ったが、きっと大丈夫なのだろうと団員のこれまでの経験を信じて引っ込んだ。
……常識で考えてはならない。
イモータルという傭兵団は常識とはかけ離れた世界の生物の集団だ。俺はそう思うようにしている。
そして今日も今日とてぼおっとしている。
馬を休ませる為に日に三、四回は休憩時間があるのだが、降りるのは御者や俺ぐらいのものだ。ほとんどが無心の状態を続けており、ユーマから聞いた話だと到着するまでこのままらしい。空腹なども無心でいると紛れるらしいが、飲まず食わずで何日も過ごしていれば絶対何人か餓死状態だと思う。
次の街に辿り着くまで、あと数日。
死にはしないがちゃんと動けるのだろうか……。
そんな事を思いながら休憩時間になったので、幌馬車から降りて固まった筋肉を動かして体をほぐした。
「さてと……ん?」
急に影が覆いかぶさった。太陽が雲に覆われたのかと思うが、そうではない。
俺は影の主を見上げる。
「ようタロス。疲れてないか?」
「!」
大丈夫! と親指を立てて答えるタロス。
イモータルのほとんどの団員が微動だにしないなか。タロスだけは通常運転だ。彼は幌馬車に乗らないので、一人だけ徒歩である。大変だと思うが、この巨体なので一歩が大きいし、それほど苦ではないらしい。
この移動中、タロスとはだいぶ仲良くなったと思う。
御者をしている団員は馬の世話で忙しく、他に無心状態でいないのは俺だけ。そうなると必然的に休憩時間には二人で居るようになる。俺が一方的に話すのだが、タロスは頷いたりリアクションをしっかり返してくれるし、それに幌馬車で一言も喋らないので話し疲れる事はない。
それにタロスには魔力樹の実を貰った恩がある。あれを食べて魔力の保有量が増えていなければ戦場で、あれほど魔道具を使えなかっただろう。俺を投げた詫びという事で貰ったが、何かお礼がしたかった。
「…………!」
「あ、タロスもそう思うか?」
「! !!」
「そうか、そうかー。なるほどなー」
こうして休憩の度にタロスと会話をしていると、言葉を発さないが、なんとなく彼の言いたい事が分るようになった気がする。
そんな感じでタロスと親交を深めつつ、移動を始めて十日が経とうとしていた。未だに街には辿り着く気配はない。
途中、村に立ち寄ってある程度の食料を補給したが、そのほとんどは俺とタロスの分だ。たまに動いて食べたりするが、五日に一食も取らない今のイモータルの一同には食料は不必要だった。
俺も無心の状態になろうと思って何度も挑戦しているのだが、数分で飽きてしまうか、寝てしまう。ユーマでさえできているのだから俺でもできると思うのだが、一向にできない。
はあ……今日も一日、幌馬車に揺られながら暇と戦うのか……。
特に昨日からは暇との戦いは苛烈を極めた。これまで外の景色を観て多少は気を紛らわせる事ができていたのだが、昨日からは変わり映えのしない渓谷が続いている。左右にそびえる岩肌を眺めても何も面白味はない。
「はあ……寝て過ごすか」
寝るのにも限界があるのだが、時間を潰せる唯一の手段だ。
一応最初は無心の状態を維持する事を心掛けるが、目を瞑っていたら眠ってしまうだろう。
俺は目を瞑って無心になろうとした。だが、それを阻むように幌馬車が急停止して、その反動で床に倒れてしまう。
「な、何だ!?」
咄嗟に幌馬車から降りて確認する。
まるで壁を連想させる大きな岩が道を塞いでした。左右にほとんど隙間はなく左右の岩肌にぴったりとはまっているようだ。
これのせいで停めたのか……というか、御者やってる奴等無心状態でもちゃんと停まれるんだな。安心した。大岩をどうにかしようと行動はしないみたいだけど……。
まあ、戦場で使ったような魔道具があれば砕けそうだ。迂回する必要はない。
「……でも、おかしいな?」
御者を揺さぶって無心状態を解こうとしたが、目の前に立ち塞がる大岩を見て思わず首を捻った。
この大岩は一つの塊のようだ。左右の岩肌が崩れてしまった訳ではないようだ。実際、岩肌にはこれほど大きな塊が崩れ落ちたような形跡はない。
ぴったりと道を塞ぐサイズからしても、まるでその為に置かれたような……っ!
思考が一度止める。考え込んでいたところ不意に右腕に痛みを覚えたのだ。
急停止して床に倒れた時に変に捻ってしまったのだろうかと思いながら痛みを感じた部分に視線を向けてみる。
「…………は?」
自分の右腕を見てみると、そこには一本の矢が刺さっていた。
そして矢の数が更にもう一本増えたところで状況を理解する。
「うおおおっ!?」
慌てて幌馬車の下に潜り込んだ。
すると自分が居た地面に次々と矢が刺さっていった。
「な、何だ!?」
一瞬しか見えなかったが、俺達が来た方向に何十人もの人が居た。その内の弓を構えた奴が俺の腕に矢を命中させたようだ。
「イモータル! お前らの年貢の納め時だ! 今日こそはお前らを封印してやる!」
背後から現れた集団の中で纏め役と思われる男が声高々と宣言する。
いや、お前ら何なんだ? と疑問しか湧かず、咄嗟に俺は封印すると言われても危機感を全く覚えなかった。
そして他の団員も反応をしない。未だに無心状態を解いていないらしい。
タロスが攻撃に出るかと思ったが、幌馬車の下に潜り込んだ為に彼の姿は見えないがどうやら何もしていないようだ。
「おい、団長さんよ! 出て来いよ! それとも何もせず封印されるつもりか?」
相手はオッサンに向けてそのように言うものの、何も返事がない。
……うん、たぶんオッサンは気付いていない。
団員達が無心状態になっていくのを見て、あのいい加減なオッサンも無心でいるのかと興味本位で、オッサンの幌馬車を覗いたところ棺桶に入ろうとしていた。
いや、正確には棺桶のような人が一人横になれるくらいの、蓋がついた縦長の箱……うん見た目は完全に棺桶なんだけど。オッサンは周囲の僅かな音でも反応してしまって無心状態が解けてしまうらしく、防音仕様の箱の中で無心状態になるらしい。
だから、たぶん男の声は聞こえていない。
それにしても俺達を封印にするという自信は何だろうか。
そもそも実際に封印というのはどのようにするのか俺は知らなかった。
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