過去編・ゼン

「痛っ! たくっ……今回はまいったぜ」


 ところどころ破け、自身の血で汚した服を着た男が森の中を歩きながら愚痴を呟く。その姿から重傷を負っているものと思われるが、男は何処も怪我をしていなかった。いや、怪我をしていたが治ってしまったのだ。


 この男、トレジャーハンターのゼンはある遺跡に先程まで潜っていたのだが、多くの罠を前に最深部まで到達しながら死ぬ寸前だった。だが、そんな彼の前に神が現れ、彼に不死の力と不老の力を授けたのだ。


「あいつ……マジで次会ったらぶっ飛ばす」


 力を授かったものの、そこまでの対応が最悪だった。次、力を授けた神が目の前に現れたらゼンは殴ろうと心に決めていた。


「わんっ!」

「フェルも酷いと思ってくれるのか? そうかそうかー」


 良い子だと相棒である犬のフェルの頭を撫でてやった。彼が撫でる事で嬉しそうに尻尾を振る姿がとても愛らしい。


 フェルはゼンにとって大事な家族ともいえる掛け替えのない存在。その為、彼は一つ後悔している事があった。


「なんの考えもなしに力を使っちまったけど……大丈夫だよな……」


 自身を不老不死にした後、フェルにも何の考えもなしに不老不死にしてしまったのだ。

 神から他の人にも不老不死の力を与えられると聞いて、フェルも不老不死にできるのかと思ってしまったのが間違いだった。少しでも対象を不老不死にすると意識をすれば、この力は発動してしまうのだ。


 見た目には何も変化はないが、ゼンには不老不死の力がフェルに宿った事が分かった。


「なあ、フェル。お前を勝手に不老不死にしちまって怒ってないか?」

「わん?」

「……まあ、分からないよな」


 ある程度ゼンが言おうとしている事は分かる程度に賢いようだが、不老不死になったという自覚はないようで、フェルは首を傾げた。


 正直ゼン自身も怪我が治ったりしない限りは不老不死になった自覚はなかった。また、不老は不死よりも分からない。何年と時間が経たないと分からないのだろうと思い、ゼンはフェルと共に拠点にしている街へと戻るのだった。


 ゼンはそれからこれまで通り、遺跡などに潜って宝を見つけたりとトレジャーハンターとしての生活を続けた。そんな生活を十年くらい続けると、肉体的には衰えていないものの、目標としていた遺跡の探索も終えてしまったので自分の生まれた村へと戻り、畑を耕すなど落ち着いた生活を送る事に。


 村の幼馴染の女性と結婚し、子供にも恵まれた。


 優しい妻、妻似の子供とともに普通の幸せな人生を送っていた。だが、子供達は成長し、妻は老いていく。いや、家族だけではない。村で自分だけ取り残されていくように周りの時間だけが進んでいくのだ。


 村に戻って来た時に自身の力を明かし、皆は気味悪がる事などはせず、受け入れてくれた。だが、時間の経過によって自分は周囲とは違う事を嫌でもゼンは感じてしまう。


 また、結婚した時に不老不死になるかと提案していたのだが、妻はそれを拒否していた。限りある命を精いっぱい生きていきたい、そう望んだからだ。ゼンとしてはいつまでも一緒に生きて欲しかったが、彼女の申し訳なさそうな表情を見て、それ以来その話はしなかった。


 次々と大切な人が死んでいき、そして最愛の妻さへも自分を残して死んでしまう。

 そして子供が、時間が止まった自分と同じぐらいの年齢になった時、ゼンは村を出た。これ以上、周囲に取り残されるのが辛かったのだ。


 トレジャーハンター時代に手に入れた宝のほとんどを子供へ譲り、自分はほんの一部の宝を持って、フェルとともに旅に出た。


 その旅には特に目的はなかった。ただ、誰かと居ると嫌でも違いを感じさせられるので、同じ不老不死であるフェルとしか居たくなかった。他の者とできる限り関わらない生活をしたかったのだ。


 自身の力を使って同じ不老不死を増やすという事も考えた。だが、妻の限りある命を精いっぱい生きたいという言葉が脳裏を過ぎり、自分勝手に力を振るうのは誤りだとすぐにそんな考えは打ち消した。


「フェル……不老不死になった事を恨んでないか?」

「わわんっ!」


 元気よく鳴いて応えると、ゼンの頬をペロペロと舐める。まるで元気を出してとゼンを励ましているかのように。


「……ありがとうな、フェル。少し元気が出たよ」


 こうしてフェルの優しさに支えられつつ、ゼンは旅をする。


 それからゼンはこの旅で、不老不死の力を使い、仲間を増やし、やがて傭兵団イモータルを築く事になるのだが、それはまだ百年以上先の話。暫くはフェルとの一人と一匹の旅を続けるのだった。

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