第26話 初仕事は終わったようです

 光の触手に体を貫かれた。滅茶苦茶痛かったが、これで今日の仕事は終わりのはずだ。触手は生き残っている逃げる敵兵を一掃してくれる……そう思った。


「あー、敵さん馬で逃げてるなー。だいぶ離れちまった。これじゃあ触手は届かねえな。よし、追撃させっか」


 オッサンの溜息混じりに何か呟くと空に向かって魔法を放った。

 未だに腹部に穴が開いているので体は動かすのが辛い。なんとか顔を上げて団長が空に放ったものを見てみると、それは球状の赤い光だった。


 攻撃の類のものではない。何かの合図のような……。


「お、オッサン……いったい、何をしようって言うんだ?」

「ん? おお、意識を失ってなかったのか。死にかけるのに慣れて来たな」

「そんな事に慣れたくなかった」

「はははっ、でも今は気を失っていた方が良かったかもなー」


 どういう事だ? と思った直後、空から何かが飛んで来て団長の足下に落ちたかと思えば、眩い光を放って爆発した。


「うおっ!?」


 オッサンが爆発した!?


 いったい何が!? と驚く暇なく目の前で起きた爆発によって、凄まじい熱風が襲い倒れていた俺は吹き飛ばされた。

 

 まだ腹の穴が塞がっていないというのに……と思いながら何度も地面を弾む。痛い、それに熱い。酷い火傷を負っているに違いない。治るだろうけど、自分の肉が焼ける臭いというのは不快だ。鼻をつまみたくなるが、腕が動かない。


 いや、鼻をつまむよりもこの場から逃げないといけなかった。


 ようやく止まって仰向けの状態で見た空は、雲が空を覆い隠すように数百、数千とも思われる数の魔法で埋め尽くされていた。先程団長の足下で爆発したのも、この内の一つだろう。


 これほどの数の魔法を戦場に居るイモータルの団員では放つ事はできない。おそらく博士の魔道具が絡んでいる。


「追撃ってこれかよ!」


 なんとか体を動かして逃げようかとしたが駄目だ。穴はだいぶ塞がってきたが、立て続けに熱風で体を焼かれたり、地面に強かに体を打ち付けて、ダメージが蓄積されているのか上手く体に力が入らない。

 

 それでもなんとか腕を動かして魔法から逃げようとする。


「くっそ! こうなりゃ」


 ドッキリボールはもうない。ガンは触手に貫かれた時に手放してしまった。鉈の形をした魔道具のスラッシュくんはこの状況では使い道がない。


 だけど俺にはパペットくんがまだある!


 パペットくんで腕の力を強化して、全力で魔法から逃れようと動かした。


「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 腕の力だけで地面に着弾する魔法を避けていく。時に叩きつけるように腕を地面に打ち付けて跳躍をしてアクロバットに魔法を避ける。


 あっはっはっは! 駄目もとだったけど意外と避けられるものだ!

 このまま魔法が止まるまで逃げ切ってやる!


 数分も逃げていると次第に体の自由が利くようになる。


 これで足を使えば余裕で逃げられると安堵したのだが、そう甘くはなかった。飛んで来る魔法に混じって銀色の球体が見えたのだ。


「……マジ?」


 俺も先程投げた銀色のドッキリボール。

 発光する大きな球体が現れ、そこに魔法が撃ち込まれていく。どうやら地面に落ちようとしていた魔法も吸収しているようだ。


 ……どんどん吸収していくなー。ぼちぼち来るかなーあ、来た。


 無数の光の触手が勢いよく飛び出す。そして地上に向けて降り注ぎ、次々と逃げ惑う敵兵を貫いていく。当然、敵味方関係ないので俺の方にも。


 ああ、これは……駄目だな、うん。もう逃げ切れる気がしない。


 また穴が開くのか……はあ……。


 こうして本日二度目、腹部に穴がぽっかり開いた。


 そして駄目押しとばかりに、新たに放たれた魔法が降り注いでいく。痛いやら、熱いやら、苦しいやら、痺れるやら、一周回って気持ち良くなったり……と思ったのは気のせいで普通に痛い。


 今度こそ、俺の初陣は終わった。


 ――意識を失って、どれだけ時間が経過しただろうか。


「よお」

「…………」


 意識を取り戻すと視界いっぱいにオッサンの顔があった。最悪の目覚めだ。


「おいおい寝るなよ。もう終わったんだから帰ろうや」


 不快な目覚めをなかった事にしようと再び目を閉じようとしたのだが、体を揺すられて起こされる。仕方ない起きるか……。


 上半身を起こすと、目の前にオッサンの股間があった。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「おいおい、どうした? まるで変質者を見つけた生娘みたいな声を上げちまって」


 悲鳴を上げながら全力でオッサンから離れた。

 オッサンは衣服を何も身に着けていない状態で、酷く見苦しい姿をしていた。


 誰得のサービスシーンだ、おい。



「怖い夢でも見たのか?」

「近付くな! プラプラ揺らすな! 隠せ!」


 股間のものを揺らしながら、近付いて来るオッサンは呆れた様子で肩を竦める。


「隠せって……同性なんだから恥ずかしがる事はないだろ」

「恥ずかしい訳じゃない! 見ていて不快だから隠せって言ってんだ!」

「不快って……お前も全裸のくせに何を言ってんだよ」

「全裸って……あ、本当だ!?」


 俺もオッサンと同じように全裸だった。博士に渡された魔道具もなくなっている。


 少し肌寒いなと思ったけど……どうして裸なんだ?

 この疑問に対して俺は答えへと導く為に思考を巡らせるが、ある一つの答えが出て凍り付いてしまう。


「ん? どうしたケルベロス? 急に顔色が悪くなったようだが?」

「…………オッサン、まさか」

「おい、変な想像はやめろ。自分の体を抱き締めるな、気持ち悪い」


 俺が意識を失っている間にオッサンが何かをした訳ではないのか。

 良かった、最悪の状況ではないようだ。


 じゃあ、どうして俺とオッサンは裸なんだ?


 俺の疑問にオッサンは口を開く。


「色んな魔法を浴びたからな。いや、体が例え無事でも服は消し炭だろ」


 ああ、そうか。

 確かにあれだけの魔法を受ければ服は耐えられないか。体がいくら再生しても、服までは再生できないだろうし…………って、そうだ!


「おい! あれは無茶苦茶だろ! 触手の時点でおかしいと思ったけど、最後のは酷過ぎる!」

「最後のって魔法か? はっはっは魔法の嵐だ。凄かったろ?」

「凄かったよ! おかげで巻き込まれちまった!」


 光の触手がなくても、きっと俺はあの魔法の嵐でやられていたに違いない。この見渡す限り荒廃した大地を見れば分かる。魔法によって焼かれ、抉れ、毒されてしまった大地で、こうして生きているのは不死身だからだ。


 よく見ると、ところどころに敵兵の姿はあるが欠損のない死体は少ない。

 普通の人間がこの場に居たら確実に死んでいる。


「いい加減慣れろよ。死ぬ事はないんだから多少の無茶苦茶はやるさ。おかげで敵兵は全滅。暫くは敵さんが攻めて来る事はないだろうよ……それにしてもケルベロス」

「何だよ?」


 まだ魔法に巻き込まれた事は納得していないが、オッサンに何かを語ろうとしていたので一度その事は置いておく。


 オッサンは珍しく真剣な表情で口を開く。


「……お前は、これからも傭兵としてやっていけるか?」

「ん? どういう事だ? やっていくも何も不死身になったんだから、イモータルからは離れられないだろ」

「それはそうなんだが……あー、そのな、お前に人を殺せるかって思ってな。さっきはバンバン殺せていたようだが…………なんだか異常な精神状態のように見えたぞ。お前、快楽殺人鬼とかじゃないよな?」

「いやいやいや、いくら記憶を失っていたとしても、そんなサイコパスじゃないって事は断言できるぞ」


 確かに戦場で俺は何十人もの人を殺したが、その行為が楽しいという事はなかった。リア充を殺してスッキリはしたけど。


 それに自分を殺そうとする奴だ。無抵抗な相手ならまだ分かるが、自分の事を殺そうと向かって来る相手を殺す事に躊躇いを覚えていたら自分の身が危ない。


「……記憶を失っていたのが良かったのかもな」


 その時、オッサンはなぜか安堵したように顔を綻ばせた。

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