第25話 オッサン参上!
首が刎ねられた後、それをキャッチするなどと普通では考えもしない事を実行しようと身構え、自分の首を斬られるのを待った。
だが、その時が訪れることはなかった。
まだ使っていない黒いドッキリボールが光り出したのだ。俺の魔力を勝手に吸っているようで、魔力が流出する感覚がある。
「この期に及んで悪足掻きか!」
剣を振り下ろしながら男は叫んだ。
いや、俺は何もしていない。それにこの黒いドッキリボールはどのような効果があるのか、俺が途中で説明を聞くのを打ち切ってしまって知らない。
黒いドッキリボールの光が一層強くなった時、俺を守るように魔法陣が現れる。
「っ!」
魔法陣が盾となり俺に斬ろうとしていた男の体が吹っ飛ばされた。
このドッキリボールは盾になるのか、と思ったがそうではなかった。あくまでこれは副次的な効果でしかない。魔法陣から一人の男が飛び出して来た。
「よくやったなケルベロス。俺の想像以上だぜ」
「オッサン!?」
魔法陣から現れたのはゼンだった。
「こんなものを用意していたなら一応教えといてくれよ博士……。いきなり転移の魔法陣が現れてビビったぜ」
黒のドッキリボールは、おそらくだが持っている者の緊急時に特定の人物の目の前に救助に来て貰う為の転移の魔法陣を出現させる事ができるらしい。こんな保険があったのならちゃんと教えていて欲しかった。いや、俺が打ち切っちゃったんだけど……。
「イモータルの団長、ゼンだな……」
「ん? そういうあんたは敵の司令官さんか?」
「……そうだ」
毅然としているが、オッサンが現れた事で明らかに動揺していた。構えていた剣も今は下ろしている。いくら警戒したところで無駄だとばかりに。
「意外と戦えるんだなー、って思ってたけど、まさか敵の司令官まで辿り着けていたなんてな……。うん、実戦投入してみて良かった良かった」
「…………」
自分のやった事は正しかった、と満足そうに笑うゼンを殴りたくなったが今は我慢だ。
既に毒煙は消え、周囲を取り囲む敵兵が一人増えている事に僅かながら驚いていた。だが、動揺とまではいかず、軽く首を傾げたり、訝しむような目を向けて来る程度だ。
ゼンは囲まれている事を気にする様子はなく、敵の司令官にまるで世間話をするかのような軽い口調で話し掛ける。
「なあ、司令官さんよ……今回はこれでお開きにするつもりはないか?」
「お開き? 兵を退けと?」
「そうそう。どうせいつものちょっかいだろ? そろそろ退くべきだと思うね、俺は」
「…………いや、まだだ。お前達の強さは知っているが、数は少ない。数で押せばまだまだ戦える」
どうやら微塵も逃げるつもりはないらしい。下ろしていた剣を再び構え、今にも斬りかかって来そうだ。
そんな司令官の反応にオッサンは溜息を吐く。
「そういうところだよなー、そっちの国は。前にも引き際じゃないかって言ったら、まだ戦えるって言うんだ。無駄に死ぬだけなのに、限りある命なんだからもうちょっと真剣に考えようや」
「我らの命は国のもの。ならば国の為に死ぬのは当然の事」
「…………はあ」
駄目だこりゃと肩を竦めるオッサンは収納魔法で剣を取り出す。それは何の変哲もない、魔道具でもないただの剣。
「それじゃあ、やるか」
「っ! はあああああっ!」
オッサンはその場から動かず、雄叫びを上げながら迫る司令官をジッと待った。そして頭に向けて振り下ろされる剣に対して全く反応しない。
「あ、ケルベロス。あとは俺がやるから」
「前を見ろ!」
馬鹿か! 言われなくてもオッサンに任せるつもりだったから、ちゃんと前を見ろ!
余所見をしていい状況ではない。
もはや剣を避けられる状態ではない。剣が頭を割るまであと僅か。もしかすると驚異的な回復力を利用して、あえて剣を受けるつもりなのだろうか。
オッサンの戦略をそのように想像していたが、それは違った。
「遅い」
「っ!」
俺は自分の目を疑った。身動き一つせず、敵の剣を受け入れたようにも見えたのだが、オッサンはいつの間にか司令官の背後に立っていたのだ。
「がはっ……」
敵司令官は血を吐きながら崩れ落ちた。見れば脇腹から大量の血が流れ出ている。背後に回ったのも、斬ったのもまるで見えなかった。魔法を使ったのか……いや、そのようには見えなかった。
これが何百年という時間を生きた不死身の強さなのだろうか。
そしてオッサンはそれだけで終わらず、周囲の敵を次々と斬り捨てていった。
そんな一人で大人数を相手にするオッサンの姿を見て、俺は違和感を覚えた。
「よっ! ほっ! あらよっ!」
軽い調子で斬っていく姿からは、まるで殺意というものを感じない。人を殺しているのにも関わらず、まるで殺意を感じない事に違和感を覚えたのだ。やはり生物を殺すとなると、少なからず殺意を抱くはずだ。
だが、オッサンからは全く感じない。見ていると、まるで軽い運動をしているようだった。
これも不死身だからこそなのかもしれない。自分の命だけでなく、他人の命に関しても希薄になってしまう。ただそれは悪い事ではないと思う。永遠に生きていくのに、いちいち命を奪ってしまった事に自責の念を抱いていたら心が潰れてしまうに違いない。これは不死身の処世術なのだろう。
「おーいケルベロス! お前、銀のドッキリボール持ってたよな?」
「え……あ、ああ!」
「それじゃあ頭上に思いっきり投げろ! できるだけ高くなー!」
敵を斬りながら大声で指示を出すオッサンに従い、俺はこれまた説明を受けていない銀のドッキリボールを手に取ると、魔力を指から離れるギリギリで込めて真上に投げた。
身体能力を高めた状態で投げたドッキリボールは、頭上五十メートルほどのところで効果を発揮する。効果は正直見ただけではよく分からない。大きな発光する球体が現れて、空中で停滞しているのだ。
だが、球体以外のところで変化があった。
それはイモータルの団員達が居るはずの方向から、様々な魔法や魔道具による攻撃が放たれたのだ。様々な色を、形状をした攻撃は球体へと向かっていき、光を掻き分けて中へ入り込む。
数多くの攻撃を受けているが球体はビクともせず、中に入っていくだけで何も起きない。
……いや、何も起きない訳がない。何かが起こる予感がした。それも嫌な予感だ。
球体から離れるように僅かに後退りをした時だった。目を覆いたくなるほどの一際強い光を放ち、その光がまるで触手のように伸びて来たのだ。
「うおっ!?」
慌てて自分の居たところから飛び退くと、伸びた光が地面に突き刺さった。外れた事を察したのか、光の触手はゆっくりと地面から引き抜かれ…………再びこちらに向かって来た。
「うおおおおおおおっ!?」
何これ!? 何これ!? 何これ!?
銀のドッキリボールがどういったものなのか理解できないが、この光の触手は確実に体を貫くほどの威力があるのは分かる。だから必死に逃げた。
「こ、このっ!」
走りながらガンで触手に向かって攻撃するが、それでも触手が動きを止まる様子はない。
「ならっ!」
腰に付けていた鉈で正面から斬りかかった。だが、効果はまるでない。弾く事はできたが、すぐにこちらに迫って来る。ビリビリくんも使ってみたが効果はない。もう逃げるしか選択肢がなかった。
逃げながら周りを見ていると誰もが同じような状況で光の触手に追われ、あるいは光の触手の餌食となって胴体に大きな穴が開いていた。
「オッサン! これは何だ! って、おおおお!?」
オッサンも光の触手に胴体を貫かれていた。
触手は貫いたら役目を終えたとばかりに消え、それと同時に胴体に開いた穴が塞がったようでお腹をさする。
「これは攻撃を蓄えて、それを糧に自動追跡の触手を生み出す魔道具だ。敵が多く、逃げ始めている時に使うもので、ぼちぼち敵が逃げ始めていたからなー。あ、ちなみに敵味方関係なく触手は襲ってくるぞ。だから逃げずに一度貫かれろ。そしたら追われなくなるから」
「そ、そんな!?」
だが、実際一度貫かれたオッサンに再び触手が迫る事はない。
俺は暫く逃げ回っていたが、数分で逃げられない事を悟り、覚悟を決めて触手に身を委ねた。
触手に貫かれた俺は、また一歩不死身としての生を歩んだ気がした。
ただ、こんな事が初陣の最後と思うと涙が零れそうになる。
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