第23話 走れ!ケルベロス!
「よし! 敵が動いた事だし、ぼちぼち行くぞ!」
「「「おうっ!」」」
オッサンの号令で、団員達は獰猛な笑みを浮かべて敵の居る方向を見る。誰もが戦いたくてうずうずしているようだ。もし、戦争と関係のない一般人であれば団員達にも恐怖心を抱いていたかもしれないが、初陣の俺にとっては心強かった。
こいつらが居れば余程の事がなければ窮地に陥る事はないだろう。そうなると最も危険なのが博士の魔道具か…………無事終わるよう祈ろう。
オッサンはしだいに近付いて来る敵を見ながら、団員に指示を出す。
「じゃあケルベロス、行ってこい!」
「おおっ! ……ん? 俺だけ?」
思わず走り出しそうになったが、すぐにおかしいと思い走り出さずにオッサンを見る。
俺の聞き間違いかと思ったが、オッサンは改めて言った。
「ケルベロス、行ってこい」
「…………一人?」
「ああ……そんな捨てられた犬のような切なそうな目をするな。別に見捨てる訳じゃない」
いや、何千という敵兵に向かって一人で立ち向かうなんて捨て駒でしょ? 新人だから使えないからって捨て駒にするんでしょ?
悲観的な方向に思考が進むとオッサンは俺の両肩に手を置いて、俺の目をしっかり見る。
「これは、お前の為だ」
「俺の、為?」
「そうだ。お前を戦いに慣れさせる為のな。あれほどの殺意の数に対して人は、それも争いに慣れていない人間ならビビッて動けない。だけどな、俺達不死身には必ず敵は一斉に襲い掛かって来る。いちいちビビッて動けなくなってしまえば、封印魔法が使えなくても行動不能にさせられちまう」
確かに。死なない事は確かに大きな力だ。だが、戦いで勝てるかどうかは別の話だろう。
一人居れば戦況が引っ繰り返る存在とダンは言っていたが、それは俺以外の経験豊富な不死身の場合だ。不老不死である事から莫大な時間を掛けて強くなれる。おそらくオッサンを始めとするイモータルの団員はそうやって強くなったのだと思う。
同じように強くなるには、強くなるまで封印魔法等で拘束されずに過ごさないとならない。その為には、まず殺意に呑まれない事が必要になるというのか、なるほど……。
「だからって一人で突っ込むのはないだろ!」
慣れるどころじゃない! 確実にやられる! 囲まれてリンチされて、ひたすら死にかけるのが目に見えている。
「おいおい、ビビるなって」
「ビビるわ! 絶対に一人で敵に向かって行かないからな! 自分で足をぶった切ってでもっ、ん?」
あれ? どうしてだろう? なぜか勝手に足が動いて敵の方へと歩いて、いや走り出した。え? 何これ? 何これぇ!?
なんとか首だけ振り返ると、オッサンとジジイが俺に向かって手を振っていた。
「これは、できれば使いたくなかったんだけどな」
「それがパペットくんの真の力っ! 装着した者の魔力を吸収して身体能力を高めるだけでなく、装着させた者が意のままに操る事ができる! 戦意があれば使わないつもりだったんだが仕方あるまいっ!」
「ジジイィィィィィィィィィ!!」
パペットくんという名前の時点から怪しんでおくべきだった。畜生、足をぶった切って無理矢理止まろうとしても、手の自由も利かない。腕の振りが良いせいか走るのが速いぞ、この野郎ッ!
しだいに近付く敵兵。向かって来る俺に殺意を向けて来る。これほどの殺意を向けられた記憶はなく、まるで肌を針で刺されているようだ。
「チクショォォォォォォォォォ! やってやらぁぁぁぁぁぁぁ!」
騙されて自分だけが敵へと走り出したこの状況。今、背を向けて戻ろうとするなら、それこそ敵の攻撃を受けて戦闘不能となってしまう。もう、俺はこのまま突っ込んで死ぬ気で抵抗するしかなかった。
「後で覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉ!」
オッサンや博士に復讐を誓いながら俺の意思に反して敵へと向かって走る。
――ケルベロスが走って行った後。
「よし、それじゃあ俺達は後方から支援するぞー」
ケルベロスが特攻さながら敵に向かって走って行くのを確認して、ゼンは団員に指示を出す。各自が魔法や魔道具による遠距離攻撃の準備を始める。
「なあ、団長。本当に良かったのか?」
「ん? 何がだよ……まあ分かるけどな」
珍しくユイカが不安そうに敵へと走って行くケルベロスを見ていた。言葉にはしないが、ダンも同じ気持ちらしく小さくなっていくケルベロス背中を見ている。
「心配するなよ。先日戦った時に敵には封印魔法を使う奴は居なかったし、いざとなればこの距離でも助けられる。新人が可愛いからって甘やかすなよ、ユイカ、ダン」
「だ、誰が甘やかしているって!?」
「そ、そうだ。別に俺は甘やかしてなんか」
「あーはいはい、そうですねー」
明らかに二人は動揺していたが、それ以上ゼンは突っ込まなかった。そして彼は真面目な表情になって言葉を続ける。
「でも実際、最近は戦争の仕事が多いからな。できるだけ早く慣れさせたいんだよ」
「……その慣れるっていうのは、死にかける事か? それとも殺意を持った相手か? 私は違うように思えるよ」
「奇遇だな。俺も違う事に慣れさせようとしているように思った」
「お前ら勘が良いなー」
ユイカとダンの発言に思わず肩を竦めるゼン。そして二人に改めて自分の目的を告げる。
「ケルベロスには人を殺す事に慣れて貰う」
ゼンの言葉に二人は「やっぱり」とばかりに溜息を吐いた。
二人も既にケルベロスが異世界から来た可能性がある事を知っている。記憶喪失でも、この世界で生きていたのなら、生きる為に人を殺し、力のないものは容易に死んでしまう、そんな世の常は理解できるだろう。
戦争だけでなく、盗賊に襲われて死ぬなんて事も当たり前だが、異世界から来た者にとってはどうだろうか。異世界という自分達の住む世界と異なる世界には様々な逸話がある。ある世界では人間以外は大きな虫が生息しており、日夜虫を駆除して人間の生活圏を広げようとしている。また、ある世界では魔法とは異なる力、科学というものに秀でていて産む以外に生物を作り出す事のできる世界。他には争いがなく誰も死なないなんていう世界もある。他にも昔から伝わっている異世界の話はあるが、ケルベロスの体格や性格を考えると、争いとは縁遠い世界で生きていたのが分かる。
「ゼンがやろうとしている事は分かる。だけど私は……副団長としては、早過ぎると思う」
「俺も新人教育担当として進言するが、早過ぎる。せめて死に慣れてからだ。自分の死、他人の死に、な。あいつは根性はあるから、できれば大切に育てたい」
「……そうか」
普段イモータルの新団員はとにかく不死身である事に慣らさせて、あとは適当だ。人を殺す事には慣れているというか、誰かを殺さないと自分が死ぬような状況に遭って、ゼンに不老不死にされた者が多い。だから人を殺す覚悟なんていうのはとうにできているのだ。
ゼンは頭を自分の頭を掻きながら考える。
自分が性急過ぎるのか、ユイカとダンが過保護なのか。いくら何百年生きているといってもケルベロスのような存在は初めてなのだ。長年の経験で解決できる事は多い。だが、時には長年の経験が役に立たない事がある。そういう時、正しい判断を下す事は困難だ。
長年生きている為の弊害だろう。経験で生きている分、初めての事には弱いのだ。
結局ゼンは二人の意見に素直に従う事にする。ユイカは傭兵団の元団長、ダンは今もそうだが昔から人の面倒見が良かった。そんな二人なら、ろくに団長らしい事をしない俺よりも正しい判断ができるだろうと思ったのだ。
「分かったよ。ケルベロスを退かせよう。博士、操るのはやめてくれ」
「ん? 既にワタシは彼を操っていないぞ。既に自分の意思で戦い出したからな」
「え?」
ゼンは博士の言っている事が理解できなかった。戦う事を拒否しそうだから、操ってしまおうと思ったのだ。実際、敵へと向かって行く事を散々拒否していた。それが、どういう風の吹き回しで自分の意思で戦っているのだろうか。
すると、博士は空中に飛ばしている、観察くん飛行タイプからのケルベロスの映像を空中に映し出して見せた。
『リア充死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
映像の中で、そんな叫び声と共にケルベロスはガンで躊躇いなく敵を殺していた。
「「「…………」」」
その映像に、さすがのゼン、ユイカ、ダンは呆然とするのだった。
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