第21話 いざ、初の戦場へ
オッサンに今度戦場に行く時は、俺も連れて行くと言われてから二日後――。
「嫌だっ! お家に帰る!」
「はっはっは、このイモータルこそが、今のお前にとっての家じゃないか」
「何度も死の淵に追いやられる殺伐としたお家なんてごめんだ!」
現在、俺はイモータルの団員と共に戦場へと向かっていて、最後の悪足掻きをしている。
戦場に連れて行かれる事を知り、何度か逃走を図った。だが、ダンを始めとする団員達によって連れ戻されて、二日間みっちり訓練という名の拷問を受けたのだ。
……いやいや。早いって、突然過ぎるって。俺、死ぬ事に慣れる以外の訓練受けてないよ。戦い方なんて全く分からない。こんな状態で戦争に参加しろというのか。確実に味方にとっては邪魔だし、敵にとっては良い的だ。
「ケルベロス、まだ覚悟ができてないのか?」
「いい加減覚悟を決めちまえよ。男だろ?」
「そうですよっ! ケルベロスくんっ! どうせ戦場で戦う時はいつか来るのです! それが早まっただけの事!」
同じ幌馬車に乗るオッサン、ユイカ、博士。この馬車は担当者専用なのだが、俺は初陣という事で同乗している。ダンを含めたこの四人から逃げる事は難しい。覚悟を決めてやるしかないのか……。
「だけど入って分かるけど、あまりにも戦場に行く団員が少なくないか? 半分以上宿屋に残ってるよな?」
担当者はこの場に居る四人以外は宿で待機。それ以外の団員も半分以上が宿で待機している。
正直俺も待機する一人でありたかった。ユーマは待機だ。代わってくれと出発直前まで頼んだが、とうとう最後まで頷いてはくれなかった。あいつに何かあっても絶対に助けてやるもんか。むしろ追い討ちを掛けてトドメを刺してやる。
話が逸れたが、とにかくあまりにも戦場に行く人数が少ない気がした。以前、今回は小競り合いレベルだと聞いていたが問題ないのだろうか。そんな疑問を抱いていると、ダンが答える。
「俺達が全員で仕事をするのは稀なんだ。自慢じゃないが、俺達は一人居るだけでも戦況が引っくり返る戦力になるからな。だから普通の傭兵を雇うより高額にしてるらしい。だから全員ともなると、かなりの額になるんだ」
「だから全員は雇えないから雇う人数を減らしてるのか。でも、そんなに高いんじゃイモータルを雇う奴はあまり居ないんじゃないか?」
「そんな事はない。このイモータルを雇えば少なくても負けはない。言っただろ? 一人居るだけで戦況が引っくり返るって」
自信に満ちた笑みを浮かべるダン。この場に居る全員が同意するように頷いていた。もしかすると、この場のメンツだけでも充分じゃないんだろうか。
だが、何も問題がないという訳ではないらしく、ユイカは溜息を吐く。
「戦うだけならいいんだけどね。いざ私達を雇っても、報酬の支払いを渋る奴が居るんだよ。ぼったくりだってね。まあ、そういった対応は全部サラの役目だけどね。私達は報酬の取り立ての最終手段をこなすだけだ」
「? 最終手段?」
「敵側に寝返る」
「うわあ……」
今まで心強かった味方が、上が金を出し渋ったせいで一斉に敵となってしまう。
「敵に寝返るって……敵も警戒して受け入れないだろ」
「いいや。私達への報酬を出し渋った時の常套手段だし、むしろ歓迎してくれるよ。これで大負けはないってね。報酬を払えば戦争からイモータルは手を引く、報酬を払わないなら敵のままって感じだから、敵としては有難いんだよ」
敵に回したら恐ろしいが、味方となるならこれほど心強いものはないだろう。
そんな話をしている内にイモータルは戦場へと辿り着いたのだった。
それから戦線を維持している常駐の兵と合流し、ユイカが今後の事について相談を始める。
さすが元傭兵団の団長という事もあって戦争慣れしているのか、イモータルだけでなく戦場全体の事について話している。この戦場を預かる身分の高そうな兵士は、不老不死であり経験豊富である事を知っているのだろう。熱心に話を聞いて、指示に従っていた。
「いやー、ここの兵士は頭が柔らかくて助かるよ。こっちの意見をメッチャ聞いてくれるから、やりやすいわー」
嬉々とした表情で戻って来たユイカはオッサンに何かを話す。おそらく話していた内容を伝えているのだろう。オッサンは頷きながら聞いていて、彼女の話を全て聞き終わるとイモータルの団員を集めた。
「敵の数はそんなに多くない。まあ、敵も本気で攻め込んでいる訳でもないしな。国境の防衛力の確認をしているだけで、度々攻めて来てるしな。相手にするのは何度目だろうな…………ま、いいや。それよりも今回だが、俺達は敵中央に攻め込む。他の兵達は後方支援してくれる。以上だ」
「……へ?」
「ん? どうした、ケルベロス? 拍子抜けしたような顔をして」
「いや、まさに拍子抜けしてたんだが……もうちょっと戦術的なものとか話したりしないのか?」
俺がそう尋ねると、オッサンは暫し黙ってから再び口を開く。
「とにかく突き進んで敵を可能な限りぶっ殺す」
「それは戦術とは言わない!」
これで大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫なのだろう。イモータルはこれが平常運転なのが周囲の様子から理解できる。誰もオッサンの言ったお粗末な戦術に対して「今日は一分で百人斬り目指すぞ!」「俺は新調したハンマーでいくか」「あ、武器忘れた。ま、素手でいいか。途中で奪えばいいし」などと会話を繰り広げている。というか最期の。武器を忘れたって何しにここまで来た!?
「なあ、大丈夫なのか? それに他の兵は後方支援て……実質俺達だけで戦うって事だよな?」
「まあまあ、数日前に俺達が出張ってある程度敵の数は減らしたしな。充分俺達だけで対処できる。ただケルベロスは初陣だからな。お前の不安は分かる。その不安を払拭する為に博士をここに連れて来たんだ」
「そうですっ! 私にお任せをっ!」
「? どういう事?」
そういえば博士はどう見ても戦いに向いているようには見えない。戦場においても白衣のままで、とても傭兵として戦う男とは思えないだろう。まあ、不死身だし、開発した魔道具を使えば戦えるのだろうけど。
「普段なら博士は戦場について来る事はないんだけどな。今回はケルベロスをサポートして貰う為に来て貰った」
「その通りっ! 私が開発した様々な魔道具でケルベロスくんをサポートしますよっ!」
博士は収納魔法を使ったようで、何もないところから人が何人も入りそうな大きな箱を出して地面に置いた。その箱にはケルベロス用と側面に書かれている。
それだけならいいのだが…………ケルベロスの字の下に『要実験』と書かれているのに気付いた。これは既に実験をしたのだろうか。それとも俺で実験をするのか。詳しく聞きたかったが、俺の意志など関係なく、博士は箱をよじ登って半ば体を突っ込んで中を漁り出す。
見ていて滑稽だが、あの中にハンドくんのような魔道具があると思うと恐ろしい。
「ふっふっふっ、これとこれ……よし、この際だ。こっちのテストもしよう」
「おいジジイ! 今テストって言ったよな!? 実戦で何をさせる気だ!」
博士が用意した魔道具を使う事は不安だが、火葬くんのように使える魔道具があるはずだ。それに自分は戦う術はない。不安だが、博士が用意してくれた魔道具を使うしかない。
味方の魔道具で戦闘不能なんていう事態だけは避けたいものだ。
オッサンは「大丈夫、大丈夫」などと楽観している。他の団員は気にしてすらいない。博士が少しでもまともな魔道具を用意してくれるよう祈るばかりだ。
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