第20話 カーシャの力と過去
「……私に任せて」
カーシャはそう言って俺に襲い掛かろうとしていたブラッドウルフに、持っていた死骸を投げつけた。
ブラッドウルフは百キロはあるであろう巨体なのだが、軽々と投げる。
そして俺の目が確かなら、カーシャの腕は投げた時に何倍にも膨らみ、獣毛で覆われたものに変化した。
死骸の投擲は避けられたが、そこにカーシャが急降下し、狙いを定めていたブラッドウルフに火葬くんを突き立てた。急降下の勢いを利用し突き刺したので、貫通する。どうやら魔物の心臓部である魔石を破壊したらしく、動かなくなった。
「……一匹」
背中から生えていた黒い羽根を消して静かに呟いた。
「「「「ガウッ!」」」」
仲間がやられた事で、怒りに満ちた形相で地に降り立ったカーシャを睨む。
そして二匹が挟み込むような形でカーシャに迫る。大口を開けて迫り来るブラッドウルフに対し、カーシャはまるで恐れる様子もなく両腕を広げた。その腕は獣毛に包まれた腕ではなかったが、次の瞬間今度は五本指が生えた手が形を崩したと思えば、それぞれ一メートルはある鎌へと変化する。
その鎌となった手で迫って来たブラッドウルフの首を容易に撥ねた。
「……二匹、三匹」
二匹の首を失った胴体は肉塊となり、彼女の足下で動きを止めて倒れる。首の切断面からおびただしい量の血が流れ出て、赤く鉄臭い水溜まりを作っていく。
「「ギャウッ!」」
二匹が容易くやられた事で、恐れをなしたのか残った二匹はカーシャに背を向けて逃げ出した。だが、彼女は逃がすつもりは毛頭なかった。
カーシャは遠ざかっていくブラッドウルフを見ていたが、その場を動こうとしない。すると再び彼女に変化が見られた。今度は腕ではなく、腹部だった。彼女の腹部が盛り上がっていき、服を押し上げた。やがて服が耐え切れずに破けると、露わになったのが青い鱗で覆われたドラゴンの頭だ。そのドラゴンは逃げるブラッドウルフに向けて口を開けた。
「……アイスブレス」
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
カーシャが呟いた瞬間、ドラゴンの咆哮と共に氷の息が吐き出された。それはブラッドウルフに向かって行き、二匹を襲う。そしてドラゴンが口を閉ざし、氷の息吹が止んだ時、二匹のブラッドウルフは氷の彫像と化していた。
「……四匹、五匹。これで終わり」
「…………」
最初に投げたブラッドウルフを合わせれば六匹を倒したカーシャ。おそらく最初に投げたのは俺が最初に気付いたものだろう。彼女は一人でブラッドウルフの群れを壊滅させたのだった。
それから数時間後――。
「オッサン、カーシャって何なんだ!?」
「何だよ、急に……」
ブラッドウルフを倒した後、俺とカーシャは火葬くんで俺の肉片を燃やす作業を再開した。終わったのは日が変わる頃で、二人で宿に戻って来た。結局昨日から何も食べていない俺は、何か食べられないかと思い食堂に来てみると団長ことオッサンが一人で酒を飲んでいた。
料理する人は誰も居ない為、食事にはありつけないと落胆したものの、折角オッサンが居るので俺はカーシャの事を尋ねてみた。
彼女の強さは凄まじかったが、ブラッドウルフが倒されていく事よりも、彼女の体が変化した光景が強烈で頭から離れない。ドラゴンの頭は消えていて、服が破けたところには、子供らしいやや膨らんだ腹の褐色の肌が見えていた。まるで先程のドラゴンの頭が嘘のようだ。手や背中も何もない普通の人間のもので、背中の部分は腹部と同様に服が破れて羽根が生えていた名残はあったが。
辛うじて大事なところは隠せていたが、まるで乱暴されかのような有様で街に入る時にじっくりと沢山の衛兵さんとお話しする事になりそうだった。イモータルの団員だと説明すると、なんとか疑いを晴らす事ができて宿に戻る事ができたのだ。
彼女があのボロい服を着ていたのは、必然的に破れてしまうからなのかもしれない。
俺がカーシャの事を尋ねると、迷惑そうにオッサンは顔を顰めた。
「サラから二人で後始末に言ったのは聞いたが、んな事は本人に訊けよ」
「訊いたよ。だけど体が変化したのは何と訊けば『私の体質』とだけしか言わないし」
「あー、まあ体質だな。別に嘘は言ってねえよ。まあ見ての通り、口下手であまり話さないからな。……別に言ってもいいか。というか知ってないと戸惑うのが当たり前か……仕方ないな」
オッサンはグラスに残っていた酒を飲み干してから話してくれた。
「彼女はとある実験の被験体だったんだ。なんか長ったらしい名前の組織の非合法な実験でな、俺達はその組織を壊滅させて欲しいと依頼を受けたんだ。そこではモンスターに魔法や薬物を用いた実験をしていたんだが、その中で唯一人間の被験体だったのがカーシャだ。他のモンスターと同様に狭い檻の中に入れられていてな。それで保護して調べてみると、彼女は体をモンスターの体に変化させる事ができるという事が分かった。実験のせいか、元々そういう体質だったのかは分からない。派手に組織の拠点を破壊しちまって、資料も組織の人間もこの世からほとんど消滅しちまったんだ。いやー、あの時ほど加減という言葉を痛感した事はないな、うん。まあ実験のせいかどうかはどうでもいいんだ。問題なのは博士やマヤの調べで、その体質が原因で長くは生きられないって事だ。そこで俺が彼女を不老不死にしたんだ。色々なモンスターに体を変化させる事で、臨機応変に活動できるから遊撃担当にしたんだ……って、どうした? 顔色が悪いぞ?」
「いや、そんなに重い話とは知らなかったから軽々しく訊くべきじゃなかったな、と」
まさか、そんな重い話だとは思ってもいなかった。この話は、確かに本人に聞くべきだったかもしれない。
俺は非難するようにオッサンを見たが、まるで気にも留めない。
「おいおい、不老不死が人の過去なんかで一喜一憂してたら疲れちまうぞ」
「そうは言ってもな……」
「まあ、まだ不老不死になったばかりのお前には難しいだろうがな。よし、快適な不老不死ライフを送るのに幾つか大切な事を教えよう」
「? 何だ?」
「自分が良ければそれでいい」
人として駄目だ、こいつ。だからサラが苦労するんだ。
俺は軽蔑の眼差しを向けるが、オッサンは全く気にする様子はない。
「そりゃ短期的に考えれば他人の事を考えないといけないぞ。人間一人で生きていけないからな。だけど俺達は不老不死だ。永遠に生きる運命で、物事は長期的に考える必要がある。永遠に他人に気を遣って生きていくのは辛いぞ、精神的に。精神的に病んで死にたくなっても死ねないしな。だから自分の正直な言動に付き合ってくれる奴とだけ、仲良くすれば良い。イモータルの団員は全員そうだ。だから、お前もまず自分を第一に行動しろよ」
……オッサンにしては良い事を言ったと思う。
だけど団員全員が自分勝手に行動しているとなると…………サラの負担が半端ないな。言っている事は確かに正しいかもしれないが、彼女の苦労の原因の根幹はやはりオッサンにありそうだ。
「で、話を戻すが……別に人の過去に踏み込んだくらいでウジウジすんなよ。言っておくが、団員のほとんどがヘビーな過去の一つや二つ持ってんぞ。気にしてたら切りがないからな」
話は終わりだとばかりにオッサンは席を立った。
だが、「あ、忘れてた」と食堂の出入口で立ち止まって振り返る。
「お前の記憶喪失に神が関わっているって聞いたけど、なんか神に関して覚えているか?」
「サラから聞いたのか? いや、全く覚えてない。マヤに神が関係していると言われたけど、正直な話……神が関わっているなんていまいちピンと来ないな」
「そうか……折角神を殴る為の手掛かりが掴めたかと思ったんだけどな」
どうやら神を殴る事を未だに諦めてないらしい。
相当不老不死にされた時の事を根に持っているようだ。
「ま、何か思い出したら教えてくれよ。あ! それともう一つ言っておく事があった」
食堂を後にしようとしていたオッサンが足を止め、振り向いて言った。
「次、戦場に行く時にお前を連れて行くから」
「…………」
自分が良ければそれでいい、その教えに従うのなら迷う事なく俺は逃げ出そう。
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