第19話 ある意味焼肉とモンスター
「ダンめ……一生恨むぞ……」
俺は訓練をしていた森に戻って来ていた。すっかり暗くなった森は魔道具のランプがあっても視界が限られていて不気味だ。それに俺の肉片があちこちにあるので悪臭が漂っている。
今、俺は肉片を見つけては博士お手製の魔道具、火葬くんで焼却処理をしている。博士のお手製というのは不安であるが、これがなかなかの魔道具だった。一見ただの鉄製の槍のようだが、魔力を込めれば穂先からゾンビやゴーストといった死霊系のモンスターの弱点である浄化の力を宿した聖なる炎を出すのだ。火葬くんという名前は伊達ではない。
また、普通の火ではないので、木に燃え移る事はない。燃やせるのは、あくまで死肉のみ。おかげで木にこびりついたものも完全に燃やす事ができる。
ちなみに、原因の発端であるダンは街に飲みに出かけてしまって手伝わせる事はできなかった。今頃、酒を飲んで楽しんでいるだろう。こちらは夕飯を食べ損ねたというのに……畜生。
「……ケルベロス、こっちは終わった」
「あ、うん。こっちも見える範囲は燃やしたよ」
ダンは居ないが、俺一人で作業をしている訳ではない。さすがに俺一人で行かせるのは危険という事で、ちょうど別の仕事から帰って来た褐色の少女カーシャが手伝ってくれる事に。彼女はフェルと同じ年頃の少女の姿をしている。だが、遊撃担当との事なので、見た目と裏腹に戦う事に関してはプロなのだろう。
ただ、彼女はあまりにも軽装……いや、粗末と言ってもいいかもしれない。昨夜の歓迎会の時には普通の服を着ていたが、今着ているのは布一枚に穴を開けた貫頭衣のような簡易なものだ。それも古着なのかボロボロだ。
あまり豊かではない村では着られているが、イモータルは貧乏傭兵団という訳ではない。他の団員も麻などの布で作られた、上下それぞれ模様が入っていたり、着色されたじっかりとした作りの服を着ている。
昨夜着ていた服を着ればいいのにと思ったが、個人の自由なので口には出さなかった。
「悪いな、手伝わせちゃって」
「……気にしないで」
「いや、でも俺の……正確にはダンのせいなんだけど。とにかく関係のない事に巻き込んじゃって」
「……気にしないで」
「でも……」
「……気にしないで」
「あ、うん」
「……それじゃあ、私はこっちの方を燃やす」
「……お願いします」
カーシャはランプの灯りが届かないほどの森の奥へと消えて行く。
……嫌われてる訳じゃないよな?あれが、あの子の個性なだけだよな?
ここに来るまでもそうだったが、無表情でこちらが話し掛けても「うん」「そう」「違う」「知らない」と大抵こんな言葉しか返って来ない。そして彼女からは全く喋らない。気不味かったな、ここまでの道のりは。サラが彼女を付き添いに選んでくれたけど、これも騒ぎを起こした罰なのだろうか。
「はあ、とりあえず早く終わらせよう」
それにしても自分の肉を焼くなんて……。最初は嫌々ながら肉の焼いている臭いに顔を顰めていたが、もはや慣れたものだ。焼肉を食べたいなと思えるくらいの余裕が出ていた。
自分の体を切り離して焼けば最悪、食に困らないな……。いや、食わないけど。
思考がおかしな事になっている。こんな思考も不死身だからこそだろうか。そんな事を思いながら淡々と燃やしていく。
「さてと、この辺も焼き尽くしたかな……ん?」
森の奥から何かを感じた。聴覚や嗅覚などの感覚器官で感じ取ったものではなく、全く別の器官で感じ取れたもの。
「これは……魔力?」
感じ取ったものは魔力だ。どうやら魔力というものも神によって後付けされた知識らしい。先程までは知らなかったが、今では魔力の存在を理解できて、自分の中に流れる魔力も感じ取れる。
魔力というものは魔法を使用するのに必要なもの。また、血と同じようなものでもある。魔力を消費し過ぎると、少なくなると生命活動が著しく低下、下手をすれば死に至るのだ。
ただ、人間は魔法を使う時以外は体外に魔力をほとんど放出しない。余程魔力を感知するのに長けていなければ、感じ取る事は難しい。だが、モンスターの場合は違う。モンスターは魔石という、人間でいうところの心臓を中心に魔力によって体の大部分を構成している。だから魔力を感知する事に長けている人間以外でも感じ取る事ができる。
以上の事から、今感じている魔力の持ち主というのは……モンスターである。
しかも、こちらに物凄い速さで近付いているのが分かる。
「マズッ!?」
こちらに接近して来るモンスターから逃げようと、俺は走り出した。
サラが言っていた人の血の匂いに集まる凶暴なモンスターに違いない。確かブラッドウルフとかいう名前だった。人に襲い掛かり、肉は食べずに生き血を啜るというモンスターだ。しかも基本は群れで行動するらしい。見つけたら、その三倍は居ると思えとサラから教えて貰った。
あと何か教えて貰ったような…………あ、そうだ。隠密性が高くて気配を消すのに長けていて、もし気配がしたらそれは囮で、待ち伏せているって…………あ、これ詰んだ。
「ガウッ!」
「のおおおおおおおおおっ!?」
進行方向からブラッドウルフとい思われるモンスターが飛び掛かって来た。
辛うじて横に跳んで避けたが、待ち伏せしていたのは一匹だけではない。襲い掛かって来たのを含めて、五匹のブラッドウルフが居た。最初に魔力を感じたブラッドウルフを含めれば、合計で六匹だ。
サラから事前に聞いていたのにすっかり忘れてた。思い出せなかったら今のは避けられなかっただろう。でも、まさか魔力も隠せるなんて思わなかった。
ブラッドウルフの知識は、サラに聞いた事以上はなかったのだ
どうやら常識的な必要最低限の知識しか与えられていないらしい。神、つかえない奴め。
「くそっ! こっちは火葬くんしか武器がないっていうのに!」
しかも、おそらく火葬くんの出す炎では、生きているものに対してはダメージを与えられない。あくまで死肉や死霊系のモンスターに対して有効なだけで、槍としてしか使えないだろう。
槍を武器に戦った事はない。扱った事があれば記憶を失っていても体が覚えているかもしれないが、どのようにして扱えばいいのかまるで分からない。戦えば、確実に戦ったら負ける。
不死身である為、死ぬ事はないだろう。だけど血を啜るブラッドウルフからすれば、時間が経過すれば血の量が戻るという飲み放題が可能な魅力溢れる獲物だ。もしかすると永久に囚われの身になってしまうかもしれない。
一か八か火葬くんを捨てて身軽になって逃げるか。そう思った時だった。ふと最初気配を隠していなかったブラッドウルフの魔力を感じなくなった事に気付く。確実に俺を仕留める為に気配を隠して襲い掛かって来るんじゃないかと警戒したが、そうではなかった。
「……ケルベロス、無事?」
「へ?」
空から声を掛けられた。
今にも襲い掛かって来そうなブラッドウルフから目を離すなんて危険だが、反射的に俺は見上げてしまった。
自分の頭上、地面から十メートルは離れた宙に浮いていたのはカーシャだった。ただ、先程別れた時とは違っていると事が二つある。まず一つは火葬くんを持っているのは変わっていないものの、空いていたはずのもう片方の手に、絶命したのか全く動かないブラッドウルフを片手で持っている事。そして、もう一つは背中から夜の闇に溶け込む真っ黒な羽が生えている事だ。
「……助けに来た」
カーシャは静かにそう言った。
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