第12話 オッサンと神様

「ちなみに、一瞬でも分からなかったものって何だ?」


 これまで自分の知識に関して、何も違和感を覚えて来なかった俺に、サラは呆れながら尋ねた。


「魔法とか、魔道具とか、モンスターとか……」

「君は異世界からでも来たのか!? 常識だぞ!?」


 今となれば、それがいかに常識なのか分かる。でも、最初に聞いた時は確かに一瞬だったが、分からなかった気がする。もしかするとサラの言う通り、魔法やモンスターが存在しない異世界から来たのかもしれない…………いや、そんな訳ないか。


「本当に異世界から来たのかもしれないねー」


 間延びしたマヤの声が俺とサラの思考を停止させた。


 いや、あまりの無知さに異世界から来たって思っただけで本気ではなかった。だが、マヤの目は真剣そのもの。冗談で言っているという訳ではないようだ。


「転移魔法の残滓があるならー何処から転移して来たのかー、ある程度分かるんだけどね…………全く分からないのー。それとー、この残滓とあるものが似ているの―」

「何に似てるっていうんだ?」

「んーっと、私達の不死身の力。正確に言うなら団長の不死と不老の力とね似ているの」


 サラは一瞬目を見開くが、すぐに納得したようで冷静にマヤの言葉を思い返す。


「だから最初に神って言っていたのか……」

「え、どういう事?」


 サラはマヤの言葉で何か理解したようだが、俺は訳が分からなかった。


「いいか、団長の不死と不老を与える力はな、神から与えられたものなんだ」

「……サラ、もうちょっと詳しく話してくれ。いきなり神から与えられたと聞いても、ちょっとついていけない」

「ああ、詳しく話す。団長は今から六百年くらい前までは普通の人間だったんだ」


 サラがオッサンの過去を語り出す。

 今から六百年くらい前か……そうなると七百歳まではいってないか。いや、そこまで歳を重ねると六百も七百も大した差ではない気がしてしまう。


「団長は、普通の人間だった頃はトレジャーハンターとして人の手が及んでいない山や森。または遺跡を飛び回って宝探しをしていたらしい。すると、とある遺跡を見つけて一番奥まで入ったのだが…………多くの罠やモンスターが阻む中を無理矢理進んだからボロボロになって奥まで来た時には虫の息。しかも奥まで来てみたら、見たところ何もないただの空き部屋で、ショックのあまりそのまま息を引き取りそうになった」


 確かに、苦労して来たのに何もなかったなんて目も当てられないな。

 俺だったら危ない橋は渡りたくないので入った瞬間に速攻で諦めて家に帰る。


 サラの話は続く。


「そんな今にも死にそうだった団長の目の前に小さな光が現れて、それは神と名乗った。神はこの遺跡の事を詳しく説明したらしいけど、死に掛けていて余裕がなかった団長はそこら辺の説明はまるで覚えてないようだ」

「まあ、死にかけている時にそんな説明をされてもねー」


 マヤの言う事に同意だ。そんな冥土の土産なんていらないし、教えるつもりがあるなら相手の事をもっと考えるべきだ。


「全く遺跡に関しての説明が頭に入って来ない団長は、徐々に意識が薄れていった」


 おおいっ! 神様、説明している場合じゃないよ! 死にかけてるぞ!


 もうどうにもならない事だが、話を聞いていて思わず心の中で神様を急かしてしまう。


「そして団長の命の灯火がいよいよ消えるという時に、神は説明を終えてここまで来た褒美に何でも一つだけ願いを叶えてやると言った。そこで団長は自分を奮い立たせて最後の力を振り絞って助けろ! と叫んだ」


 うん、そりゃそうだ。


「すると神は驚いた様子で『え? そんな願いでいいの? 折角ここまで来たんだからさ、もっと大きな願いにしたら? こんな機会滅多にないよ? 考え直そうよ』と願いの再考を促した」


 いや再考させてんじゃねえよ、死にかけてるんだよ、時間がないんだよ!


 なんか昔のオッサンが徐々に哀れになってきたな……。


「それで団長は何でもいいから死なないようにして、と言ったそうだ。そしたら神は『死なないようにって……不死って事? ああ、いいよ。でも不死っていうのは辛いよ。何をしても死ねないんだもん。体は老いるし、どんなに瘦せ細って皺くちゃになって歩けなくなってもまだ死ねないからね…………あ、そうだ。じゃあ不老の力もあげよう。そうすれば若さを保ったままで健康なまま生きていける。んーでも、一人でずっと生きていくのも辛いよね。ああ、そうだ。それなら他人に不死と不老の力を与えられるようにしてあげるよ。ちょっと調整するのに時間をちょうだい』なんて事を言われて、団長は気力で十分くらい生き延びた」


 団長、あんた半端ないって! よく十分も気力で命をもたせたよ! 俺だったら命と引き換えにしてでも「さっさと助けろや!」って神に殴り掛かっているところだ。


 今はなんだか緩いけど昔の団長は忍耐強かったんだな……。


「でも十分じゃ足りなかった。いよいよ死を迎えようとしているのが神にも分かったらしくて『え? ちょっと死ぬの? おいおい、もうちょっと頑張ろうよ。力の調整が終われば不老不死だよ? だから、あと五分は頑張って。五分で終わらせるから!』と言われて更に五分頑張った」


 団長おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 気力で死の延長半端ないって! この世の延滞料金いくらだよ!? 俺が払うよ!


 団長の命への強い執着心に脱帽だ。俺だったら神を殴る事すらできずに、五分延長なんて言われたら諦めて死んでしまう。


 だけど五分無事生き永らえたオッサンはこれでめでたく不老不死に……。


「五分後、神は『あ、ごめん。五分じゃ足りなかった』と言ったの」

「神ゴラァッ!!」


 あまりの仕打ちに、神に対しての怒りをとうとう声に出してしまった。


 神、お前は何してるんだ? いや、何がしたいんだ? もう不老不死は後回しにして、とりあえず命を助けてやれよ。死んだら不老も不死も意味ないぞ。


「もうこれ以上はもたないと神は判断して調整が不完全なまま力を渡した。その結果、不老の力は与えられても、団長の傍に居ないと力が発揮されなくなったらしい。『ごめんねー。まあ、君自身は完璧に不老不死だからいいよね。じゃあねー』と言って目の前から消えてしまったそうだ」

「俺だったらその後、神を殺す旅に出るな」

「ええ、団長も一発殴らないと気が済まないと思って、暫くは各地の遺跡を回って神を探したそうだ。でも結局神とは再会できてないらしい」


 とりあえず神はろくでもない奴である事が分かった。できるだけ関わりたくないものだが、俺の記憶喪失に関して既に神が関わっているかもしれないのか……。


 サラはオッサンと神の出会いを話し終えると、マヤに視線を向ける。本当に俺に神が関わっているのかと問い掛けているようだ。


「少なくても団長と同じような存在が関わっているのは間違いないねー。人間では真似ができない魔法よりも高位な…………不老不死と同質の特別な力が使われてるよー。神が関わっているならー、異世界から転移ができたとしても不思議じゃないでしょ」

「異世界ね……。まあ、何処から来たのかは、ひとまず置いておこう。それよりも神が関わっている事を団長にも教えた方がいいかもな。神の手がかりが手に入ったかもしれない。まあ、今は六百年以上前の事なんてどうでもいいかもしれないがな」


 俺が戦場に突然現れた事や記憶喪失に神が関わっている……。


 そんな御伽噺のような事があるのか……。いや、オッサンの過去の話を聴いた後だと充分にあり得る。『間違って戦場に送ったうえに記憶喪失にしちゃった。ごめんね、でも常識は植え付けておいたし、不老不死の力も貰えたし大丈夫だよねー』とか言っていてもおかしくない。

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