第11話 記憶喪失には凄いものが関わっているそうです
打ち合わせが済んだらしく、二人が俺に近付いて来る。
これから受けるであろう記憶を取り戻す為という名目の拷問に俺は怯え、体を震わせていた。
「いやぁぁぁぁぁ! 来ないでぇぇぇ!」
「怯える事はないだろう? 死にはしないのだから」
「そうそう、私達は不死身だからねー。きっと記憶が戻るよー」
「不死身だから死なないって、普通だったら死んでるって事だろ⁉」
死なないからって何をしても良い訳ではない。人道的な治療をして欲しいと思うのだが、どうやらこの二人に人道的な治療は期待できない。
二人の感覚からすると、治療ではなく実験だ。それも非人道的な。
「さあーいくよー」
「よしっ、歯を食い縛れっ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「何をしている!」
女神!? 違う、サラだ!
扉が勢いよく開けられ、部屋に入って来たのはサラだった。彼女はハンドくんに捕まった俺と博士とマヤを見て瞬時に状況を理解したらしい。
「二人とも。ケルベロスの記憶を取り戻す事に関しては、後で私や団長が立ち会って行うと言ったよな?」
サラに睨まれて思わず背筋を伸ばす博士とマヤは弁解を始める。
「いやぁ、その……善は急げというではないか。もしかすると時間の経過と共に記憶が取り戻すのが難しくなる可能性もある。色々と魔道具を試してみたかったという訳では決してないっ!」
「そうそうー。私もそう思ってねー。記憶を取り戻すなんて試みが初めてで楽しみだった……って訳じゃないのよー」
嘘と本音が分かり易いな、おい。
サラも二人の言葉と壊れている壁を見て、状況を理解すると一度眼鏡の位置を正した。すると眼鏡の奥の二人を睨みつける目に威圧感が増す。
「……二人は当分ケルベロスの記憶喪失の治療に関わる事を禁ずる」
「「ええ!?」」
サラの言葉に二人は猛烈に抗議する。
「そんなっ! 確かに君や団長を待たなかったのはすまないと申し訳なかったと思う。だが、それは横暴だ! 断固抗議するぞっ! 折角の新たな研究材料がっ!」
「そうよー。私達が約束を破ったのは悪いとは思うわー。だけど禁ずるなんて……対人用の新しい魔法が試せないじゃないー」
「治療と称して何をしようとしてたんだ!?」
本音が完全に漏れていた。
こいつら、治療と称して本当に実験紛いな事をするつもりだったようだ。
しまった、と二人とも口を押さえるが遅い。
サラは二人の抗議というか本音を聴いて、額に青筋が浮かんでいる。だ、大丈夫か? 血管切れそうだが……。
「お前らぁ! 今すぐ出て行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」」
血管は切れなかったが、堪忍袋の緒が切れた。
サラの怒声を浴びて、二人は慌てて部屋から出て行った。
俺とサラが室内に残り、沈黙が流れる。先程のサラの怒声が耳に残っていて余計に静かに感じた。
「あ、あのーサラさん?」
「……何だ?」
バリバリ不機嫌だという事が分かる。だけど誰が悪いのかは正しく理解してくれているようで、俺を怒鳴り散らしたりはしない。
「いや、その……助かったよ。おかげで拷問を受けずに済んだ」
「拷問って……いや、あの二人ならやりかねないか。一度君の事を相談しようと二人を探したんだが姿が見当たらなくてな……。まさかと思ってここに来てみたら、本当に来ていたなんて。良かったな、腕を折られただけで」
「腕が折られただけでも大事だと思うけど、あの二人がやろうとした事を考えると確かに良かったな」
不幸中の幸いだ。腕の骨が折れる以上の地獄がきっと待っていただろう。
オッサンだったら腕の一本や二本なんて折れた直後に治るのかもしれないが、まだ俺の腕は治っていない。痛みはだいぶ引いて来たようだけど。
これだけで済んだ事にサラには感謝だ。
しだいに骨が元に戻っていくのを感じながら、完全回復するのを待つ。
「ねえねえ」
「「!?」」
先程逃げ出したマヤが、開けっ放しの扉から顔を出したので、俺とサラは咄嗟に身構えた。
「な、何だ? いくら抗議してもケルベロスに関わらせないぞ。これ以上宿が破壊されたら追い出されてしまうからな」
「あ、俺の身を案じてくれる訳じゃないんだね」
「だって不死身だろ」
どうやら不死身だから基本何しても、何が起きても大丈夫といったような感覚は、イモータル全体の共通概念らしい。
「違うよー。ケルベロスさんを見ていて分かった事が幾つかあったのでー、それだけでも伝えようと思いましてー」
「……魔法は使うのは駄目だぞ」
「分かってますよー。本当に伝えるだけですー」
顔だけを出した状態でマヤが分かった事とやらを話し出す。
「まず一つは魔力量ですね。これはヤバいですねー。凄い量ですー。戦場を三つくらい梯子しても戦い続けられるんじゃないですかー?」
魔力量が多い。これには心当たりがあった。タロスから貰い、クレアに調理して貰った魔力樹の実だ。戦場を三つくらい梯子できると言っていたが、実際どれほどの魔力量なのかまいちピンと来ない。ただ、隣に居るサラがブツブツと「戦場が三つ? それなら仕事が重なっても充分戦力になりそうだな。早く仕事ができるようダンに指導して貰って……」などと不穏な事を呟いている。
一応俺タロスに投げられた事が原因でここに居るんだからな。暫くはのんびりしてもいいって事になっているんだから、サラには悪いがまだ仕事はしないぞ。
「それでー、もう一つなんだけどー。これは悪いお知らせかなー? ケルベロスさんには魔法を使う機能が備わってませんー」
「「へ?」」
俺とサラが揃って呆けた声を漏らす。
だって魔力があるのに魔法が使えないというの聞いた事がない。俺が忘れているだけなのかもしれないが、サラの様子からしても異常な事が伺えられる。
「どういう事?」
「えーっと、普通はね、体内の魔力を魔法に変換する機能があるんだけどー、それがケルベロスさんにはないのよー。稀に特定の魔法にしか魔力が変換できない体質の人が居るけどー完全に魔法に変換できないという人は初めてだねー。でもー、魔力はあるから魔道具は使えるよー。戦場に行く時は魔道具を沢山持って行くのがお薦めー」
魔力は沢山あるのに魔法が使えないなんて宝の持ち腐れではないか。まあ、魔道具は使えるらしいので魔力を無駄にする訳ではなさそうだけど……折角タロスのおかげで魔力が増えたのだから無駄にしたくはない。
「それでー、最後にもう一つ。これは記憶喪失に関係する事なんですけどー。記憶喪失の原因は魔法……というか、魔法よりももっと高位なもののせいかもしれないですー」
「どういう事だ? 魔法よりも高位って……魔法とは違うものか? もしくは呪い、精霊、失われた古代の技術か?」
サラは魔法よりも高度なものと聞いて自分なりに可能性のあるものを挙げていく。だが、どれも違うようでマヤは首を横に振った。
「違いますー。呪いや精霊であれば、まあ一般的な魔法の類ですし私でもどうとでもなりますー。古代の技術であれば博士ならどうにかなるでしょう」
「じゃあ、魔法よりも高位なものって何なんだ?」
サラの問い掛けにマヤは目を細める。そして少しの間を置いてから答えた。
「……神です」
「「…………」」
思わぬものが出て来て俺とサラは黙ってしまう。
神? 神って……あの神だよな? 俺の記憶喪失に神が関わっているって……え、そんな尊大なものが俺の記憶喪失に関わってくるの?
マヤは話を続ける。
「ケルベロスさんには幾つかの魔法の残滓が見られましたー。転移魔法と、転写魔法……もしくは洗脳魔法でしょうかー?」
「洗脳されてるの俺⁉」
物騒な魔法の名前が出て来たので思わず声を上げてしまう。そんな俺にサラが落ち着けと叱り、マヤに続きを促す。いや、だって洗脳怖いじゃん。
「洗脳といっても操られている訳ではないですよー。一般の魔法とはかけ離れたものが使われていて、残滓からどのような魔法か正確に判断するのが難しくてー。ただ記憶……知識が弄られているかもしれないですねー。ケルベロスさん、常識は覚えているみたいですけどー、それに違和感はないですかー。まるで会話の中でいちいち辞書を引いているみたいなー」
「…………そういえば」
あまり違和感を覚えなかったが、言われてみると確かに会話の中でいちいち『これは何だっけ?』『あれは何だっけ?』と一瞬だが言葉の意味が出て来ない事があった。すぐに意味が分かるので、そこまで疑問には思わなかったが……。
確かに自分の持つ知識の中で元々根付いたものでなく、まるで最近知ったばかりのものがあるようだ。
「もしかするとー、知識を魔法で無理矢理詰め込んだ結果、記憶喪失になったのかもしれないねー。ちなみに違和感を覚えたのはどんな時? 戦場に現れた時から今まででー」
「………………今思えば、ずっとだな」
「そういう事は早く言え!」
「痛っ!?」
サラに怒鳴られながら頭を思いっ切り叩かれた。
仕方ないじゃないか。
本当に意味が分からないのは一瞬だけだし、記憶喪失って事もあって、違和感なかったんだから。
魔法、魔道具、モンスターなど……思えば、これらの単語に馴染みがない気がする。
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