第9話 イモータルのマスコット、フェル

「ん、んん……」


 目が覚めると、見覚えのある天井が視界に入った。

 ああ、そうだ。ここはタロスに投げられた時に運ばれた宿屋の一室だ。


 そして今はユイカに投げられて運ばれたのか。


 上半身を起こして体を確認するがなんともない。思い出したくないが、壁に接触した時に頭から何かが漏れ出るような生温かい感覚があった。だが、頭にも触れてみるがなんともない。どうやら本当に自分は不死身になったようだ。


 ちなみに肝心の記憶の方だが戻っていない。投げられ損だ。


「おはよう!」

「⁉」


 勢いよく扉が開き、元気良く挨拶をされて思わず身構えてしまう。


「あはは! よく眠った? 昨夜はびっくりしたよ! なんか大きな音がしたと思ったら、お店が潰れて中からグチャグチャになったケルベロスが出て来たからさ!」


 それは少女だった。だが昨夜顔を合わせたカーシャと名乗った褐色の少女ではない。また別の少女だ。口数が少なかった褐色の少女と比べて、明るく元気な少女だ。まるで走り回る犬のような…………犬の耳や尻尾が生えてるな。


「獣人か?」


 この世界には……人間、獣人、エルフ、ドワーフなど様々な人種が居る。その見た目からして彼女はおそらく獣人なのだろう。


「ううん違うよ!」

「…………」


 違うらしい。

 だとしたら何だ? 耳や尻尾がアクセサリーなのか? いや、滅茶苦茶動いている。生えているよな…………あ、もしかすると爺さんと同じモンスターなのかもしれない。ただ、ここまで人っぽいモンスターが居ただろうか?


「じゃあモンスターなのか? デュラ爺さんみたいな?」

「違うよ」


 じゃあなんだ?

 少なくても俺が覚えている知識には彼女に該当するものは他にない。降参とばかりに少女が何者なのか訊いてみる。


「君はなんなんだ? イモータルの団員だよな?」

「うん! そうだよ! 私はね、フェルって言うんだ! イモータルのマスコット担当!」


 この子も担当者なのか。いったい実年齢は幾つなのやら……。


 そんなふうに疑問を抱いていたが、そんな疑問が吹っ飛んでしまうほどの強烈な一言がフェルの口から発せられる。


「私はね、ゼンの初めての相手なんだよ!」

「…………はい?」


 今、彼女は何て言った? 俺の聴覚が正しければ「ゼンの初めての相手なんだよ!」と言っていた。うん、そう言ったよな。言った…………オッサン何やってんだ⁉


 実年齢が幾つか分からないけど、この見た目で手を出したらアウトだよ! 社会的に抹殺されるべきだよ! もう封印されちまえオッサン! しかも初めての相手って言ったよな? 童貞を彼女で捨てたって事? うわぁ……もう引く。引くしかできないぞ、オッサン。


 俺の中でオッサンの評価が急落するが、それだけではなかった。


「あとね、私はゼンのペットなんだ!」

「オッサァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!」


 俺はベッドから飛び降りて部屋を飛び出す。

 駄目だ。あのオッサンは駄目だ。もう封印してしまおう。


「サラ、居るか!」


 俺が向かったのは唯一知っているサラの泊まっている部屋。

 ノックすると「どうぞ」と声が返って来るので入室する。


「サラ、大変なんだ!」

「何だ? 私は君が突っ込んだ建物の弁償の費用をどう捻出するかについて頭を抱えているんだ。それ以上に大変な事なのか?」

「俺は被害者だ! そして加害者はユイカ! おまけにダン! そして大変なのはオッサンがロリコンなうえ、ペットプレイを嗜む変態って事だ!」

「……それが本当なら確かに大変だ。よし封印してしまおう」


 おお、意見が合致した。

 じゃあ計画を詰めようと思ったがサラは思いのほか冷静だ。


「でも、どうして団長がロリコンでペットプレイを嗜む変態紳士って事が発覚したんだ?」

「フェルっていう女の子が」

「団長は無罪だ。ちいっ!」


 最後まで聞かずに無罪判決を下すサラ。そのあまりにも早い判決に、俺は困惑する。


「ど、どうして? まさかフェルのマスコット担当って、そういうエッチな事をする担当って事なのか⁉」

「違う、あの子は本当にペットなんだ」

「……俺、サラだけはまともだと思ったのに」

「私はまともだ。お、おい、泣くんじゃないっ!」


 サラに言われるまで気付かなかったが目から涙が流れていた。

 どうやら彼女がまともじゃなかった事が思いのほかショックだったようだ。


「思いっ切り遠くに投げられるわ、気付いたら不死身になってるわ、ケルベロスって名前を付けられるわ、また思いっ切り投げられるわ……。一人だけでもまともな人が居る事に安心していたのに……」


 イモータルに関わってからの出来事を並べたら余計に悲しくなった。


「あー、すまない。言葉足らずだった。彼女はな、団長が不老不死になる前から飼っていた犬なんだ」

「犬?」

「そう。団長が初めて不老不死の力を使ったのがフェルなんだ。彼女は百年くらいは犬の姿のままだったんだけど、突然獣人のような姿に変わったらしい。どうしてそうなったかは分からない。動物相手に不老不死の力を使ったのは彼女だけだしな」


 なるほど、それなら彼女の発言に対して納得がいく。

 獣人と訊いても違うと言われたり、初めての相手というのは不老不死の力を使ったのが初めてという事だろう。


「そういう事だったのか……」

「そうだ。本当にフェルには困らされる。見ず知らずの人にもゼンが飼い主とか言ったりするから犯罪と勘違いされるし……。それにトラブルメーカーとまでは言わないが、トラブルをよく持って来るから余計な依頼を引き受けなきゃならないわ。飼い主に似るっていうけど、そんな自由奔放なところは似て欲しくなかったな」


 どうやらフェルにも苦労させられているようで、サラは深い溜息を吐く。


「……本当に変態ロリコン野郎だったら、それを理由にイモータルの総力を持って封印してやったのに」


 彼女の目はマジだった。

 相当ストレスを抱え込んでいるようだ。だが、彼女は休む事はできない。他に彼女の仕事をできるような人は居ないから。


「ここだー!」

「「⁉」」


 部屋の扉が開くと同時に元気な声を発しながら小柄な人物が入って来た。

 振り返ると、そこにはフェルが居た。どうやら俺を追って来たようで、俺を視界に入れると尻尾をブンブン振り、目を輝かせる。目の前に居るのは小柄な少女のはずだが、俺はまるで獰猛なモンスターに発見された捕食対象の気分だった。


 これはマズい。そう俺の直観が訴えていた。


「ケルベロスー!」

「⁉」

「わっ⁉」


 彼女はそのままタックルとも思える勢いで俺に向かって跳躍した。彼女からしたら抱き着こうとしているだけだと思うが、俺の胸へ飛び込んで来た瞬間、足が床から離れて体が後方に飛んだ。


 背後には机で作業するサラが居たが、彼女は咄嗟に屈んで避けた。

 障害物がなくなり、俺はフェルに抱き着かれたまま窓に背中から衝突する。そして勢いはそれだけでは止まらない。そのまま窓をブチ破り、窓の外へ。


 地面に吸い込まれるようにして落下。


 鈍い音を発しながら背中で着地。背中に激痛が走る。


「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!」

「あはははははは! 落ちちゃった! あはははははは!」


 俺は激痛に悲鳴を上げるが、フェルは何が面白いのか声を上げて笑っていた。


 窓の破砕音か、俺が地面に落ちた音で異変に気付いたらしく、昨夜の歓迎会で見た団員達が何事かと部屋から顔を出す。そして地面に倒れて悲鳴を上げる俺と、その上で笑っているフェルを発見する。


 そして口を揃えて言うのだ。


「「「「「楽しそうだな」」」」」


 楽しんでねえよ! 重傷を負って苦しんでるんだよ!


 そう言ってやりたかったが、激痛のあまり悲鳴を上げたりしていてそんな余裕はなかった。


「ああ……また弁償しないと……」


 あとサラは気持ちは分かるけど、少しは心配してくれてもいいんじゃないか?

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