第8話 デュラハンと記憶を戻す方法

「連れて来たぞー」

「…………」


 俺が首だけでも戦う人物に興味を持ったと思ったようで、ダンがその人を連れて来てくれた。

 いや…………持って来てくれたと言うべきか。


 戻って来たダンが小脇に抱えていたのは、目を瞑った麦わら帽子を被った高齢のお爺さんの生首。


 これが本当に首だけでも戦う不死者? 事件の匂いがプンプンするが……。


 え、本当に? なんか、そこら辺を歩いていた農家のお爺さんを捕まえて首を刎ねて来たとかじゃないよね? 酔って勘違いして『んー? どうして今日は首と胴体がくっ付いてるんだよ? いつも首だけで戦っているのによー』『へ? 儂はこの街の近くで農家を営んでいる者ですじゃ』『おいおい酔っ払ってるのか? 仕方ねえなー』『いや、酔っ払っているのはお前さん、くぺっ』『よしっ、しっかり首と胴体を切り離してやったぞ。新人が会いたがってるから行くぞー』なんて殺人事件は起きてるんじゃない?


 周囲の酒を飲むペースからして、ダンも既にかなりの量を飲んでいる。その可能性は大いにあった。


「ん? どうしたケルベロス? 青い顔して?」

「……自首してください」

「……お前、酔ってんのか?」

「農家のお爺さんをうっかり殺したあんたに言われたくないよ!」

「お前やっぱり酔ってんだろ。急にどうした?」

「おい大丈夫かい? 酒は私があげた一杯しか飲んでないだろ? 弱いのか?」


 ダンとユイカが俺を酔っ払い扱いするのは心外だ。

 ユイカもダンの抱えている農家のお爺さんの生首を見てなんとも思わないのか? 彼女も相当酔っ払っているようだ。


「ユイカにダン、お前さん達いったいどれだけ新人に飲ませたんじゃ?」

「生首が喋った⁉」


 瞼が持ち上がり、農家のお爺さんの生首が言葉を発した事に驚いていると、ダンは呆れた様子で生首を掲げる。


「落ち着け。この人が首だけでも戦う人、作戦担当のデュラ爺さんだ」

「初めましてケルベロス。儂がデュラじゃ」

「あ、ええ? この人が? あ、初めまして……」


 良かった、農家のお爺さんを殺した訳じゃなかったのか。

 顔の雰囲気が農家のお爺さんのような顔立ちだったので勘違いしてしまった。


 安堵すると、どうしてデュラが首だけで活動できているのかが気になった。


「不死身歴が長いと首だけでも話しができたりするんだな」

「ん? おいユイカ、ダン。儂の事をまだ話してないのか?」

「ああ、爺さんが来てからと思ってね。まだ話してない」


 それを聞いてデュラが溜息を吐く。


「やれやれ、儂の正体をしっかり話しておけば驚く事はなかったろうに。悪いの、ケルベロス」

「い、いえ……それでデュラさんの正体って?」

「ああ、儂はな、デュラハンなんじゃ」

「デュラハン?」


 デュラハンの事は……知っている。ただデュラハンは伝説上のモンスターで、不死身の首と胴体が離れた騎士だったはずだ。今、目の前に居るのは麦わら帽子を被った農家のお爺さん。胴体の方は騎士の恰好をして剣を持っている姿というよりも、動きやすい農家らしい恰好をして鍬を持っている姿の方が想像できる。


 それにデュラハンなら……。


「デュラハンは元々不死身では?」


 あくまで伝説上のモンスターだから知っている情報に誤りがあるかもしれないが。


「確かに、基本は不死身じゃな。だが、ゼンの力以外で不死身というのは不完全なものじゃ。特定の条件下でのみ不死身だったり、特定の力では不死身の力が働かない場合がある。実際、儂は天使と戦ったせいで死に掛けたんじゃ。浄化の力の前では儂も死ぬ。死ぬ寸前にゼンと出会ってこうして生き永らえたがの」

「そ、そうなのか……」


 天使と戦った話が非常に気になるが、とりあえずスルーした。不老不死の過去にいちいち突っ込んでいたらキリがなさそうだ。


「ちなみに私の三倍くらい爺さんは生きてるぜ。千二百歳ぐらいだったっか? イモータルの中で最年長だな」


 ユイカがそう付け加える。不完全とはいえ元々不死身だったからか、かなりの高齢だろう。それにデュラハンは元々人間の騎士だったはず。一度亡くなったのが高齢だったせいか、他のイモータルの団員達と違って目上の人という存在感があった。


 首だけを見ていて、ふと思った事がある。


「ところで、胴体の方が何処にあるんだ? あるんだよな?」

「ああ。今はゼンと飲んどる」


 首無しの胴体が酒を飲んでいるのか……。

 首の切断面から酒を流し込んでいるのか? 広場を貸し切っているが、周囲には一般人が居るので驚かれないか心配だ。なかなかホラーな光景だぞ。


「しかし、ケルベロス。記憶喪失だと聞いたが、ある程度の常識、知識は残っているようじゃな。記憶喪失になった者は何人か見て来たが、綺麗に自分に関する情報を失っている事が多くての…………戻るといいの」

「ああ……ちなみにデュラ…………さすがに呼び捨てはし辛いな」


 年齢が四桁ともなると、敬わなくてはいけない気がしてしまう。


「爺さん、と呼んで貰って構わないぞ。だいたい団員はそう呼ぶ」

「そうか? じゃあ、そうせて貰う。爺さんは記憶喪失の戻し方は知らないか?」

「悪いが、記憶喪失だった者を知っているだけで、記憶の取り戻し方は知らぬ。ただ」

「ただ?」

「記憶を取り戻した時の状況は何度か見た事がある」


 それは結構貴重な情報ではないか。その状況から考察して、記憶の取り戻し方が分かるかもしれない。


「教えて貰えるか?」

「役に立つか分からないが、それでもいいか?」

「ああ」


 俺が頷くと、自分の記憶を探るように目を閉じて語り出す。


「そうじゃな……ある者は高いところから飛び降りて頭から地面に接触して記憶を取り戻したのう。またある者はモンスターに襲われたところ、頭を強く殴られて記憶が戻った。他には盗賊と戦って頭をカチ割られたり、雷に打たれたり……」

「…………」


 なるほど。話を聞いていると、おそらく記憶を取り戻した直後にその人達は亡くなっているのだろう。


 これは参考にならないと思ったが、ユイカとダンが真面目にデュラの爺さんの話を聞いていて、ふむふむとまるでためになる話を聴いているかのように頷いていた。


 そして、デュラ爺さんの聞いて導き出した記憶の取り戻し方を口にする。


「絶命するぐらいの一撃を受ければ治るみたいだね」

「死ぬ寸前に追い込めば治るんだな」

「…………」


 どちらも同じようなものじゃないだろうか。あと、そんな記憶の取り戻し方は嫌だ。


 するとユイカが俺の首を背後から片手でガッチリ掴む。

 凄く嫌な予感がする。


「ユ、ユイカさん。こ、ここの手は何ですか?」

「何って、ケルベロスの記憶を取り戻そうと思ってね。私が協力してあげるから感謝しな」

「い、いえ! 大丈夫です!」

「遠慮するなって! きっちり絶命する一撃で死ぬ寸前に追い込んでやるから」

「絶命する一撃をくらったら死ぬ! 寸前を振り切ってるから!」

「いやいや私達は不死身だよ? 死なないから絶命する一撃でちょうどいいよ。ようしっ力を抜けよ。まあ、鍛えてないお前だったら投げて叩きつければいいだろ」

「な、投げて、叩きつけるって? ちょ、ちょっと、待っ」

「おりゃあああああああああああああああああ!!」

「嫌ぁああああああああああああああああああ!!」


 首にユイカの指が食い込む。そして常人離れをした膂力で俺の体を持ち上げ、まるでボールでも投げるかのように投げた。

 タロスに投げられた時のような遠くへと飛ばすような投げ方ではなく、強く投げつけるような感じだ。地面からそれほど離れていない低空飛行。広場を飛び出し、ほどなくしてレンガ造りの建物の壁が見えた。とても硬そうで人が体当たりをしたら、人の方が傷を負いそうだ。


 来るであろう衝撃に備えて目を瞑る。

 そして、すぐに壁からなのか自分の体からなのか発生源の分からない衝撃音を耳にし、全身に激痛が走り、ここで俺は意識を失う。


 ただ、意識を失う寸前に辛うじて聞こえた声があった。


「また修理費を払わないといけないじゃないかああああああああああああ!!」


 ……うん、サラの声だ。

 修理費より俺の事を少しくらい心配してくれよ、ぐすん。

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