第7話 カーシャ、そしてユイカとダン
俺の名前がケルベロスに決まると、すっかり広場は宴会ムードに包まれる。
絶対俺の歓迎会である事を忘れている。だって放置だもん。オッサンは俺を放置して他の団員のもとへ行き酒を飲んでいる。サラさんまでも酒に夢中で、もはや俺を見ている人なんて誰も……。
いや、居た。タロスが俺を見ながら手招きをしている。
タ、タロス……お前は俺を見捨てないでくれるんだな……。なんて優しい巨人だ。俺を投げた事なんてもうどうでもいい! お前はイモータルの中で最高の団員だ!
嬉しさのあまり俺はタロスのもとへと走った。
タロスは俺が来ると、ご馳走の盛られた大皿を俺の前に置いてくれる。お前、本当に良い奴だな……。
俺は早速ご馳走を食べようと、座って金串に刺さった大きな肉の塊に手を伸ばす。それを一口、二口と食べて、口内に広がる溢れんばかりの肉汁に思わず笑みが零れる。
「……ケルベロス」
「…………あ、俺か」
まだ名前が付けられたばかりで慣れておらず、また肉に夢中だった事もあって呼ばれた事にすぐ気付かなかった。
俺を呼んだのは少女だった。
褐色の肌をした少女で見た目は十歳前後だが、この場に居るという事は見た目以上の年齢に違いない。おそらく俺より年上だろう。
「……私は遊撃担当のカーシャ。よろしく」
「あ、ああ、よろしく……」
「…………」
「…………?」
な、何だ、この無言のプレッシャーは? カーシャとやらはどうして俺の前から動こうとしないんだ? そういう新人イビリか? それとも気付かぬ内に何か怒らせるような事をしてしまったのだろうか。
いや、でも彼女とは全くの初対面。もしかして記憶を失う前の俺を知っているのか? 過去の俺が何かしたのか?
「……じゅるり」
あ、これ、俺の事は見てない。俺が持っている肉を見てるんだ。
試しに肉を左右に動かすと、それに合わせて口の端から涎を垂らしながら視線を動かした。
うん、確実に彼女は肉を欲している。
「これ、食べたいのか?」
「……モモンモンの肉は大好物」
「……そうか」
モモンモンというのがどんな生物か知らない。美味しい生物という事は分かった。このまま食べてしまいたいが、大好物と聞いてしまったらこのまま食べ続ける事はできない。
「食べかけでもいいか?」
「……ありがとう」
俺がモモンモンの肉を差し出すと、すぐに俺から肉を受け取ると、タロスの膝の上に座って食べ始める。
その光景はまるで、巨木の根元で食事をする小動物のようだった。
……見た目が年端もいかない少女。だが、遊撃担当って言っていたし、戦闘力はかなりのものに違いない。そうは見えないけど。
さて、肉は渡してしまったし、他のものを食べるか。
モモンモンの肉以外にも美味しそうな料理が沢山ある。
適当に料理を食べていると、豪快な笑い声を上げながらこちらに近付いて来る男女が居た。
「ガッハッハ! 新人! そんな隅で飯ばっか食ってないで酒を飲めえっ!」
「そうだ! なんならゼンの奴から貰った酒飲むか? お前のおかげだから一杯くらい飲ませてやるぜ!」
二人ともいかにも戦場を駆ける傭兵とばかりに、筋骨隆々な体をしている。既に随分と酒を飲んでいるようで、顔は赤く、目の前まで来ると酒の匂いがした。
というかケルベロスの名前を提案したのは、この女か。
いや、今となっては選ばれた三つの中では一番まともだったので怒りとかはないけど。
女はオッサンから貰ったと思われる酒を杯に注いで俺に差し出して来た。
「ほら! 飲みな!」
「い、いや、俺はいい。今日は色々あり過ぎて疲れたから」
「何言ってんだよ! 疲れている時こそ酒だろ! なあダン!」
「そうだ! 疲れた時こそ酒を飲むんだ! それにイモータルのほとんどが酒好きだ。仕事中に酒を飲んでよ、酒を飲み過ぎて戦場で死に掛けた奴が居るくらいだ」
「ああ、居たな。私がタロスに言って思いっ切り敵に投げつけさせた奴だろ? 敵がゲロ塗れになってたな! いやー、あれは傑作だったなー」
「「ガッハッハッハッハッ!」」
二人が戦場で泥酔した人物の事を思い出して豪快に笑う。
俺はそれを聞いて笑う事はできずドン引きしていた。いくら死なないからって、自ら死ぬような行為をするなんて狂っているとしか思えない。しかもそんな状態の人間を敵に向かって投げるなんて…………どちらが可哀想なんだろう?
酒を飲み過ぎた団員? それともゲロまみれになった敵?
…………どちらも可哀想だ。
二人はひとしきり笑うと、女は再度俺に杯を差し出して来た。仕方なく受け取って三人で乾杯する。飲んでみると、確かに賞品にするだけの味だった。
記憶を失う前の自分も酒を嗜んでいたのか、この酒が美味い事が分かる。
「どうやら酒が飲めない訳じゃないみたいだな。安心したぜ。ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。私は副団長をやってるユイカだ。戦場での仕事だったら、だいたい私が出張るからね。一緒に仕事をする機会が多いと思うから、よろしくな!」
「俺はダンだ。新人教育担当だ。見た感じ、お前はモンスターとかと戦ったりとか荒事とは縁のない生活をしてたっぽいな。まあ安心しろ。俺が鍛えれば三回死に瀕して、何万もの軍を壊滅させるくらいには成長するからよ」
百回死に瀕したとしても、敵軍を壊滅させられる気はまるでしない。
暫く俺はイモータルの仕事には関わらないと思うけど、いずれ戦場で戦う事になるのかと思うと今から憂鬱で仕方ない。できる限り危ない目には遭いたくないものだ。
そんな俺の不安を払拭するかのように、二人は豪快に笑いながら話し掛けて来る。
「ダンに鍛えて貰えば大丈夫だ。イモータルの中には農家や商人だった奴も多いしな。ダンに教えて貰った訳じゃないけど、料理担当のクレアだって料理人だったのに今や一人で悪魔を倒せるほどだ」
そういえばドラゴンの解体包丁で悪魔と戦ったって言ってたな……料理担当のはずなのに。
「クレアは俺より300歳近く年上だからな。そんだけ生きていれば、いくらでも鍛えられるだろ。だが、俺の訓練を受ければ一年で立派に戦えるようにしてやるぞ!」
やっぱり見た目から年齢は判断できない。
ダンの見た目はオッサンよりも少し年上……四十代くらいに見える。そしてクレアは俺よりも少し年上、おそらく二十代前半といったところだろう。だが、クレアの方がダンよりも三百歳も上…………うーん、俺も今はその仲間入りを果たしているはずなんだけど実感が湧かない。
「ユイカ、ダン、よろしく。ユイカは副団長って呼んだ方がいいか?」
「ユイカでいいよ。傭兵団の頭をやっていたからというだけで副団長をやらされているだけだしね。もし、しっかりと副団長を決めるならこっちのダンの方が向いてる。魔法抜きで戦ったら私は勝てないよ」
「そうなのか?」
ダンは酒を飲むのを一度やめて目を瞑り唸る。
「確かに魔法は使えないが、戦闘となれば俺は強い。純粋な殺し合いともなればイモータルの中でも強いかもしれん。だが、不死身としての戦い方となれば不死身歴の長い奴等の方が上手だ。俺はまだ百年ちょっとの若造だし、未だに戦い方は普通の人間の戦い方だ」
そこまで話すと一息吐き、酒を一口飲む。それに合わせて俺もまだ杯に残っている酒を飲み干した。
「あー、酒の席で真面目な話をするのは嫌だが、簡単に説明するぞ。戦いではな、死を覚悟した捨て身の攻撃っていうのが一番恐ろしいんだ。不死身の俺達はそれが可能だが、不死身歴の長さで再生速度が全然違う。例えば俺が爆弾を抱えて木っ端微塵になったとする。すると完全復活するのに五分は掛かるだろうな」
「五分でも復活するなら充分だと思うけどな……」
「復活中は無防備だ。その間に封印魔法を掛けられたらマズい。だが、団長なら木っ端微塵になっても一瞬で再生する。ユイカも数秒で復活できるだろ?」
「そうだね。まあ、数秒でも無防備になるから、足を失うような怪我は負わないようにはしてるよ。槍で突き刺されても、そのまま前進して相手の首を撥ねるくらいはするけどね」
それは相手からしてはかなりの恐怖だろう。
なんとなく荒々しい戦い方をするユイカが想像できてしまったので、冗談半分で俺は思った事を口にする。
「そんな戦い方ができるなら、自分の首が撥ねられても相手に噛みつきそうだな」
「さすがに首だけじゃ私は戦えねえよ! というか、それは爺さんの専売特許だな」
「首だけで戦えるのは、いくらイモータルでもあの人だけだな」
「はははっ、さすがに無理だよなー…………え?」
居るの? 首だけで戦う人?
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