第6話 命名式という名の歓迎会

 戻って来たイモータルの団員達。戦場で先程まで戦っていたとは思えないほど、疲弊した様子はなく誰もが明るかった。


 団員達の会話に耳を傾けてみると「何人殺した?」「何回殺されかけた?」「死因は?」「両足を魔法で吹っ飛ばされて動けなくなったところを何回も刺された。まあ、同じように殺してやったけどな」「俺なんて体の右半分吹っ飛ばされたわ」などと不死身らしいトークを繰り広げていた。


 クレアと俺に気付いた一部の団員が声を掛けて来る。


「よお、クレア! ん? そっちの男は誰だ?」

「うちの団員じゃないよな? あ、分かった! うちのファンか!」

「ん? 俺のファンか?」

「違うだろ? 俺だよな?」

「あ? てめえみたいなブサイクにファンができる訳ねえだろ?」

「その言葉、そのまま返してやるよ」

「あ? やるか?」

「ん? やってやろうか?」

「「…………」」


 どっちのファンでもないのだが話が進み、二人が険悪な空気に包まれる。


 あ、互いに剣を構えて斬り掛かった。おお血飛沫が、おお手首が、おお首が、おお背中から剣が飛び出して…………二人とも倒れた。


 二人とも体が一部欠損しているが、切り離された体の一部が互いに引き合うようにしてくっつき、何事もなかったように立ち上がると刺さった剣を抜く。血が出たが、その血もすぐに止まる。


 オッサン以外に不死身っぽいところを見たけどグロいな。小さな子供が見たらトラウマものだぞ。


 いや、大人でも怖いか……。ここは宿屋の前、つまり外。今のを見た周囲の一般の大人達は顔から血の気が引いて真っ青な顔をしている。……もしかすると、苦情が来るかもしれない。


 サラの顔を浮かび、心の中で彼女に合掌した。


「ちっ、相打ちかよ」

「首切り離したところで油断しちまったぜ……次は一方的に殺すからな!」

「はっ、返り討ちじゃ!」


 会話を聴いていると、これは日常茶飯事のようだ。周りは止めようとしないどころか、満足に二人が動けるように離れた訳だ。一部では賭けを始めていて「殺せ!」「殺されろ! あとで奢るから!」などと煽っていた。


 サラが苦労している理由がよく分かった。


「おう、お前ら。戻ったか」


 不死身達の日常を垣間見た直後、オッサンが戻って来た団員達に労いの言葉をかけた。団長らしい姿を見て少し感心していると、オッサンは最後に一言付け加える。


「今夜は新人が入ったから、歓迎会な」


 それから二時間くらい経ち、日はすっかり沈んで街を魔道具による街灯で照らす。


 そしてオッサンの言葉通り俺の歓迎会をするらしく、イモータルの団員達は街の広場に集まっていた。どうやら広場を貸し切ったらしい。確かに宿の食堂や室内ではタロスが入れない。近くの飲食店から仕入れて来たと思われる料理とお酒が用意されている。


 全員酒が入った杯を手に、前に立つオッサンと俺に注目している。


 オッサンは全員集まっている事を確認するかのように、視線を全員に向けてから自分の杯を高々と掲げて口を開く。


「新人の命名式をこれより始める!」

「歓迎会では!?」


 おかしい、俺は確かに歓迎会と聞いていた。どうして命名式? そしてそんなオッサンの言葉に疑問を持たず、ほとんどの者が酒を飲み始めていた。こちらに注目しているのは極僅かだ。


 歓迎会はどうでもよく、ただ酒が飲みたいだけじゃないのか。そんな事を思っているとオッサンが語り出す。


「既に知っている奴も居ると思うが、こいつは記憶喪失でな。自分の事を一切覚えていない。名前もな。それで名前がないというのは不都合だから、仮の名前を今この場で決めたいと思う!」

「ちょっと待て! 名前は確かに必要だと思うが、自分で考え」

「とりあえず、こいつにピッタリだと思う名前をどんどん言ってくれ!」

「無視すんじゃねえ!」


 声を遮られ、勝手に始まった命名式が進行される。自分で名前は考えるとどれだけ訴えても無駄のようだ。


 マリア、サラ、クレア、タロスに助けてくれと視線を向けるが、マリアとクレアはお酒に夢中で俺の視線には気付かない。サラは諦めろと哀れみを含んだ視線を返されてしまう。そしてタロスは……駄目だ。俺の視線の意図を理解できずにニコニコと笑顔で手を振って来るだけだ。


 頼れる人は居ない状況……だが、団員達のほとんどが酒に夢中のはず。こんな企画にまともに参加するとは思えない。


 ほとんどが酒を飲みながら好き勝手に騒いでいる。

 ……あれ? 俺の歓迎会だよな? ……と、とにかく、この状況なら名付けられる心配はなさそうだ。


「決定した名前の提案者には、俺の秘蔵の酒を一つプレゼントしよう!」

「「「「「!!」」」」」


 オッサンの言葉に、酒を飲んでいた奴等の動きがピタリと止まった。そして次の瞬間、挙手をしながら怒声のような力強い声が広場を埋め尽くした。


「アルフォンス!」「ナナシ!」「シュナイダー!」「ドーガ!」「ハリー!」「ボルケーノ!」「タロウ!」「プリンス!」「アルファ!」「モーガス!」「ハラショー!」「コショー!」「デトロイト!」「ハーン!」「ナンシー!」「ミチコ!」「サユリ!」「イケニエ!」「ユーノ!」「サーレス!」「ポンチョ!」「パウロ!」「新人!」「ルーキー!」「サーシャ!」「ジャスティン!」「ロッキー!」「ミノタウロス!」「ケルベロス!」「ウロボロス!」「ロリコン!」「ショタコン!」「アムロ!」「ルパン!」「ゼニガタ!」「ロン!」「ツモ!」「ポン!」「チー!」「リーチ!」「リーシャンカイホー!」「ポチ!」「タマ!」「ワンワン!」「ニャンニャン!」「シロ!」「ミケ!」「アルコール!」「酒!」「お酒大好き!」「俺も好きだ!」「私も!」「もっと酒を持って来い!」「「「「「イエェェェェェェェェェェェイ!!」」」」」


 アル中どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 酒が賞品と知ると一斉に名前を提案しだした。一部は悪ふざけとしか思えない名前もあるが、目を血走らせて必死に名前を提案していく。酒がそんなに好きなのか、こいつら……。


 ちなみに後で知った事だが、オッサンは何百年と生きているので数多くの古酒を持っているらしい。イベントの度に賞品として提供しているらしく、そのどれもが絶品で、団員のほとんどが喉から手が出るほど欲しいそうだ。


 ところで、オッサンが魔法を使っているのか、挙がった名前を全て空中に浮かせているのだが、その中に〈イエェェェェェェェェェェェイ!!〉もあった。それは名前じゃないだろ!


「よし、だいぶ出たな。この中から決めたいと思うが、最終的には新人に決めて貰う」


 この中から選べという事か?

 だとしたら比較的まともな名前を選べそうだ。


「ただ、これだと新人が悩むかもしれないから多数決をとって三つくらいに絞ろう。一人三回挙手をするように」


 ……まあ、三つ残るなら一つくらいはまともな名前が残るだろう。


 この時はそう思って、いや祈っていた。

 だが、その祈りは神様に届かなかった。


 多数決後、宙に浮いている名前は〈ケルベロス〉〈ニャンニャン〉〈イエェェェェェェェェェェェイ!!〉だった。


「さあ、新人。選べ」

「選べるかボケェェェェ!」


 どれもまともな名前じゃない!

 ケルベロスは……確か伝説のモンスターだろ? そんな名前を付けられるような大層な男ではない! 名前負けだ。ニャンニャンは名乗るたびに絶対笑われる! それからイェェェェェェェェェェェイ!! …………普通の名前をください。


「どうした悩んでいるのか? だったら全部くっつけるか? ケルベロスニャンニャンイエェェェェェェェェェェェイ!!」

「嫌じゃ!」

「嫌って……あーそっか、ケルベロスはニャンニャンじゃないよな。ワンワンか」

「そこじゃねえよ! もっと根本的なところだよ!」


 せめて先程挙がった中から選ばせてくれと言ったが、早く三つの中から決めろと酔っ払いの野次によって仕方なくケルベロスを選んだ。


 俺の名前はケルベロスとなった。


 早く記憶を取り戻して本当の名前を名乗りたい

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