第5話 イモータルの料理人クレア

 記憶の事はとりあえず後回しにし、イモータルで今受けている仕事などサラから聞いた。

 そして一通り聞き終えたところで、部屋の扉をノックされる。


「おーい、サラ居るかい?」

「ああ、クレア。入っていいぞ」

「ほーい、失礼しまーす。ん? おいおい来客中じゃないか? アタイの用は大した事ないから、また出直すよ」


 入って来た女性は、赤いエプロンを身に着けた自分より少し年上と思われる女性だ。その姿から察するに、オッサンやマリアさんが言っていた料理人というのは彼女ではないだろうか。


「問題ない。新しくうちに入る奴だ」

「ん? 新人なのか? そうかそうか、初めまして。アタイは料理担当のクレアだよ。この宿を出て野営や本拠地に戻った時には私が料理をするから楽しみにしてな。宿に泊まってる時は料理しない事にして…………その持っているのはなんだい?」

「そういえば、ここに来た時から持って来ていたな。何だそれ?」


 二人が俺の持っている魔力樹の実に注目する。


 俺はタロスからお詫びとして魔力樹の実を貰った事。そしてイモータルの料理人に、料理して貰えと言われた事を伝えた。するとクレアは目を輝かせて実に視線を向ける。


「へーこれが魔力樹の実か。こいつを料理した事がなかったなぁ。面白そうだ。よしっ、特別に料理してあげるよ! 他の奴等が戦場から帰って来ちまうと食べられちまうかもしれないから、今すぐ料理しよう!」


 そう言ってクレアさんは、俺から実を奪って部屋を出て行く。


「あ、ちょっと!」

「大丈夫だ。しっかり美味しく料理をして持って来てくれると思うから、ここで待っていろ。料理になると、特に扱った事のない素材を見ると暴走するんだ」


 いつもの事なのか……。

 まあ、このまま持ち去らないならいいけどな。


「そうなんですか。でも、クレアさん何か用があったんじゃ……」

「まあ大した事じゃないって言ってたから、大丈夫だろう。それとイモータルでは基本敬語、敬称禁止。タメ口で問題ない。見た目と実年齢が一致しないのが多いからな。いちいち気にしてると面倒なんだ」

「そうなんで、そうなのか。じゃあこれからはサラって呼ぶな」

「ええ、そうしてくれ。さてと……じゃあ悪いけど、私は仕事をしないといけないから、適当に座って待って」

「料理ができたよ!」

「「早っ⁉」」


 ガラスの器を手にしてクレアが戻って来た。

 器には青いシャーベットらしきものが盛られている。


「も、もしかして、それが魔力樹の実で作った……」

「ああ、シャーベットにしてみた。もっと凝ったのを作ろうかと思ったんだけどね……。あんまり時間を掛けちゃうと奴等が戻って来るから魔法を使いながら速攻で作ったんだ。ほら、早く食べな!」


 クレアはシャーベットが盛られた器とスプーンを差し出す。

 あの実を丸々一つ使って作ったシャーベットだけあって量は二、三人前はある。全部食べ切れるだろうか……。


 残しちゃうだろうな……と思ってシャーベットを食べようとすると、サラが近付いて来て、そっと耳打ちをする。


「……絶対残すなよ」


 その言葉を聞いて思わず俺は動きを止める。残しちゃ駄目というのはどういう意味なのかと、サラに視線を向けると彼女の目は真剣だった。


「食べ物を粗末にしたり、料理なんて食べられれば何でもいいなんて考えていると、罰として暫く出す料理は全て激マズ料理になる。一口食べれば、あの世が見えるほどのマズさ。不死身の私達があの世を見るの……ヤバさが分かるだろう?」

「…………」


 これは完食しないと駄目だ。

 不死身なのにあの世が見えるマズさって……絶対に食べたくない!


「……いただきます!」


 こうして俺は山盛りのシャーベットを崩しに掛かった。スプーンですくって一口食べてみると、冷やかな塊が口内の熱で溶けて濃厚な甘さが広がっていく。砂糖とは違う自然の甘さで、濃厚でありながらしつこく口の中に残らない。


「美味いな……」


 これなら余裕で食べられそうだと、スプーンですくい口に運ぶ作業に熱中する。

 そんな俺の様子にクレアは満足そうだ。一方でサラは冷たいものをそんな勢いよく食べて大丈夫かと心配そうに俺を見ている。


 確かにお腹が冷えそうだが、これ止まらないんだよ。口の中に入れると、すぐに甘さが広がり消えてしまう。この素晴らしき甘さを欲して必死にシャーベットを口に運ぶのだ。ああ、たまらないなこの甘さ!


「はっはっは! 良い食べっぷりだねー! 食べさせがいのある奴が入ってくれてアタイは嬉しいよ!」

「……そんなにガツガツ食べて大丈夫なのか?」


 サラの心配をよそに俺は魔力樹の実のシャーベットを食べ進めた。

 それから十分も経たずに俺は魔力樹の実のシャーベットを完食をした。そして案の定、腹を壊してトイレへと駆け込むのだった。


 だが、後悔はしていない。あれほどのシャーベットが食べれるならお腹の一つや二つ壊しても構わない。むしろ食べれるなら喜んで壊そう。


「……ふうっ、あースッキリしたー」

「おいおい大丈夫かよ。ほら、温かいお茶だ」


 トイレから出ると、湯気がゆらゆらと揺れるお茶の入った湯呑を持ってクレアが待っていてくれた。

 俺は湯呑を受け取りながら礼を言う。


「悪いな……待っていてくれたのか?」

「新人だから一人で心細いだろうと思ってな。もし良かったら一緒に街に行かないかい? 宿に居ると、あの二人と会っちまうかもしれないしね」


 あの二人とはマヤと博士という人の事だろう。サラから話を聞いているらしい。ここはお言葉に甘えて一緒に街に行く事にする。


 そして宿を出て、クレアの案内で街を散策する。


「サラから今の仕事の事はどれくらい聞いてる?」

「ええっと、ここから半日くらい馬で移動したところの国境で戦争をしているんだろ? イモータルはとりあえず今日まで前線で仕事をして、今夜一度戻って来るって聞いたぞ」

「そうだね。今回雇われているのが、この街サーザンを含めて、ここら一帯を治めているドウダス・ユード領主。ユード家とは先代からの付き合いでね。国境に接した地域だから、よく隣国と小競り合いをしていて雇われるんだよ」

「長年やっているとお得意様も多いんだろうな」

「ああ、多いさ。それに仕事は戦争だけじゃない。モンスターと戦ったりな。あとお尋ね者や盗賊を殲滅したり、商人の護衛したり、飼い猫探したり、埋蔵金探したり……」

「ちょっと待て。傭兵の仕事じゃないものが混じってないか?」


 飼い猫探し、埋蔵金探し……とても傭兵団とは思えない仕事だ。埋蔵金探しは楽しそうだが。


「あっはっは! 確かに傭兵とは思えない仕事だよな! まあ、この傭兵団を作ったのが団長が刺激が欲しいって理由で立ち上げたからな。面白そうな依頼だったら団長が引き受けちまうから、傭兵団って事にしてるけど何でも屋なのさ。なるべく傭兵団らしい仕事をサラが選別してるけどね」

「そうなのか……」

「アタイは色々な経験ができて楽しいからいいけどね! でも、サラが大変そうだ。既に仕事のスケジュールが詰まっているっていうのに別の仕事を引き受けたりして…………あの時のサラは怖かったねー。団長が一度木っ端微塵にされてたからね。不死身だから死なないけど、再生しようとするたびに暫く剣でグチャグチャに……あれ見て暫くハンバーグとか肉団子を作れなかったよ」


 サラの行動は猟奇的だが、そうでもしてガス抜きしないと仕事に追われていつか壊れてしまう。オッサンが悪いんだし、ミンチにするぐらいなら構わないだろ。

 ……人を一回ミンチにしてもいいと思うあたり、不死身である事が当たり前のようになってしまったな。まだ、自分が不老不死であるというのは実感できていないが。


 今回は傭兵団らしい仕事だが、戦争といっても小競り合いのレベルなのでちょっとした運動感覚で働いているらしい。その証拠に宿に団員の半分くらいが待機しているそうだ。


「私が団長と行動を共にするようになってからだと…………イモータルができる前、魔界の扉が開いて悪魔が何百体と現れたんだ。あの時はみんな、最初から全力全開で戦ってたなー。アタイもドラゴンを解体するのに使う解体包丁を手にして戦ってね。ただ、あいつらも不死身に近い体をしているから、聖水をぶっかけたり、十字架を何十も体に身に着けたりしてタロスの人間投擲で体当たりよ。三日三晩寝ずに戦い続けてようやく殲滅する事ができた」


 そんな壮絶な昔話を聞いて少なくとも俺はそんなのを相手にするなら、遥か後方で応援でもしようと決心する。


 クレアから街を散策しながらイモータルの歴史を軽く教えて貰うと、日は暮れて夜になる。そして宿に戻ると、武器を手にし鎧を着込んだ集団が宿の前に居た。


 どうやら戦場に行っていたイモータルの団員達が戻って来たようだ。

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