第4話 イモータルの苦労人サラ
それからマリアさんとは別れ、オッサンにサラという人の部屋に案内される。
「じゃあ俺はこれで。投げられた者です、って言えば分かると思うから」
そう言って部屋の前でオッサンは何処かへ行ってしまった。
まるで逃げるように走って行ったが……サラさんて怖い人なのか?
俺はタロスから貰った魔力樹の実をお守りのように両手で握りしめてから扉をノックした。
「どうぞ」
若い女性の声が返って来る。
俺は恐るおそる扉を開けて部屋に入った。
「失礼します……」
部屋の中には机に向かって大量の資料に目を向け、何か書き込んでいる女性が居た。眼鏡を掛けていて神経質そうな顔をしているが、マリアさんと同じくらい美人だ。
眼鏡の奥の瞳が睨みつけるようにこちらに向く。
「ん? 君は? 団員ではないな、宿の人か? すまない、団員が破壊した窓や扉の弁償代か? それだったら、できるだけこちらで修理するから、主人に少し弁償の費用をまけて貰いたいと伝えてくれないか? もしくは、新たな苦情か? 料理がマズいと言っていた事だったら申し訳ない。うちには世界一と言っても過言ではない凄腕の料理人が居て、どうしても他人が作った料理は劣ってしまうんだ。それでもなければ」
「ストップ! 違います! 宿の人ではありません。俺は、投げられた人です」
宿の人だと思われて謝られてしまい、慌てて否定する。
おかげでピタリと謝罪をやめて「投げられた人……」と口の中で反芻させ、何の事か理解したようで目を見開き、土下座した。
「申し訳御座いませんでした! こちらのミスであなたを投げてしまい……お体の方はもう大丈夫でしょうか? 詳細は聞いていませんが、こちらで最も優秀な治癒魔法の使い手を向かわせたと聞きましたが……もう治りましたか?」
あれ? この人、治癒魔法で治ったと思っているのか?
俺が不死身になった事を知らない?
「あの、俺は不死身になったんですけど。それでイモータルに入る事になって、その説明をサラさんから聞くようオッサ、団長から言われて」
「……不死身になった? ……それは本当ですか?」
その反応から今初めて聞いた事が分かった。どうやら俺を誤って投げてしまった事しか知らなかったようだ。
「それを早く言ってくれ! 不死身って事はもう身内! 誤り損じゃないか!」
そして知った瞬間、態度がガラリと変わった。
いや、そっちのミスで死に掛けたのは変わりないのだから、謝り損というのはおかしいだろ。そう思い口を開こうとする。
「もう! どうしていつも私ばかりペコペコ頭を下げないといけないんだ! ああ、分かっているよ理由は! 私以外まともな人がいないからな! もし、私以外の人が外部の人と交渉しようものなら、マッハで決裂するだろうよ! だがな、何でもかんでも面倒臭い事を私に回さなくてもいいだろ! 新人にイモータルの説明するくらいならクソ団長でもできる事だ! ただでさえ、私は宿や近くの店に、うちの団員が暴れた事を謝りに行かないといけないのに……どう思う新人!」
「…………サラさんの負担を考えて欲しいですね」
「話が分かるな!」
……オッサンが逃げた理由が分かった。顔を合わせたら説教されるからだ。
それにしても彼女以外にまともな人が居ないのか……。彼女も仕事によるストレスからか、まともかどうか少し怪しいところだけど…………この傭兵団は本当に大丈夫だろうか。
そんな不安を抱きながら、このまま彼女にイモータルの説明をして貰うのは申し訳ないと思ったので部屋から出て行こうとする。
「じゃあ、俺はこれで……」
「? イモータルの事を聞きに来たんじゃないのか?」
「いや、でも……忙しそうですし……」
「まあ、忙しいが…………よく考えてみると自分達の所属しているイモータルの事を正しく理解している人が居るか怪しいし……私が説明しよう」
「……お願いします」
おい、本当に大丈夫かイモータル。
それから分かり易くイモータルの事をサラさんから聞いた。
傭兵団イモータルは百年くらい前、団長のオッサンが刺激ある人生を過ごしたいと言い出して、共に行動していた不死身の集団をそっくりそのまま傭兵団にしてできたもの。幸い不死身の集団の中には元傭兵団の団長をやっていたユイカという女性が居て、副団長となって貰い彼女の指導のもと立派な傭兵団となった。
元々全員が不死身という事もあって、いつまでも戦える傭兵団として様々な戦場に引っ張りだこだそうだ。現在、イモータルは百五十人にも満たない人数だが、中には不死身になる前から戦闘能力が高い者が居て何万もの兵に匹敵する戦力があるとされている。そして団員の中で際立った能力がある者は担当者となり、団の中で副団長と同等の権力を持つ。ちなみにマリアさんは治療担当、タロスは人間投擲担当、サラさんは交渉担当というように、評価される能力は決して戦闘能力だけではない。
「まあ、簡単に説明するとこんな感じだ。何か訊きたい事はあるかな?」
「いや、特に……」
「そう。それじゃあ、今後の準備をこちらでしておく。そういえば荷物は? あまり詳しく聞いてないんだが、突然戦場に現れたようだね。それも運悪く人間投擲の列に……転移魔法でも使えるのか?」
「あ、すみません。言うのを忘れてました。実は俺、記憶喪失なんですよ」
「……は?」
名前などの自分の事は一切覚えていない。どうして戦場に突然現れたのかも覚えていない。そうサラさんに伝えると、頭痛を堪えるように顔を顰めて溜息を吐く。
「……まさか、記憶喪失とは」
「はい。治せる可能性があるのはマヤさんと博士と訊きました」
「あいつらか……」
マヤさんと博士と聞くと、サラさんは一層深い溜息を吐いた。
そして何か思案するように少し黙ってから、口を開く。
「記憶取り戻さなくていいとか思ったりはしないか?」
「は?」
「いや、きっと忘れてしまうのは、忘れてしまってもいいくらい些細な記憶だと思うんだ。だから必要ないんじゃないかな、と」
「それは俺のこれまでの人生を些細なものって言ってるようなもんだぞ!」
これまでの自分の人生が否定されたような気分だ。
ふざけているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。サラさんの表情は真剣だ。
本気で俺に記憶を取り戻さない事を提案しているようだ。
「いやいや! 記憶は取り戻さないと! どうして急にそんな事を⁉」
「……マヤと博士が本気であなたの記憶を取り戻そうとしたら、何が起こるか分からない。最悪の事態を考えると…………お腹が痛い」
「ええ……」
サラさんは本当に痛いのか、腹を押さえて顔を顰めていた。
「マヤと博士はイモータルの中では大人しい部類なんだが…………暴走した時の被害は下手をすると街が一つ滅ぶ。ちっ、不死身じゃなければ殺してるところだ」
「…………殺せなくても、封印とかはできるんじゃないか?」
「ふふふっ、前に一度問題を起こされた時に封印魔法を放ってやろうかと思ったけど、周りから止められたよ」
「ああ、やろうとしたんだな」
疲れたように笑い、サラは三度目の溜息を吐く。
思わず封印の提案をしてしまったが、既に実行をしようとしていたとは……相当二人は危険人物のようだ。
「お前の記憶を取り戻す為に、あの二人の力を借りるのは止めない。本当は物凄く阻止したいけど…………我慢しよう。だけど、今は二人に会うのはやめてくれ。夜になればイモータルの団員は全員宿に戻って来るから。何かあった時、人が多ければなんとか対処できるしな……」
「……はい」
本当は二人の力を借りて欲しくはないのだろうが、サラさんは勇断を下してくれた。そんな彼女の為なら、少しくらい待つ事くらい大した事はない。
記憶を取り戻すのは夜までお預けだ。
…………無事に取り戻せるよな?
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