第3話 イモータルへの入団と巨人族のタロス

「俺が不死身ってどういう事だよ」

「あー、お前意識を失う前の事を覚えてるか?」

「ああ、大男に掴まれて投げられた」


 まるで夢のような出来事だが、大男に鷲掴みにされて投げられて……意識を失った。おそらく墜落したと思われる。


 俺がしっかりと覚えている事を確認すると、オッサンは顔を顰める。


「……ちっ、覚えてやがったか。忘れてたら助けてやったで済んだのによ」

「おい、何か言ったか?」

「いや、何も。実はその投げた奴がうちの団員なんだよ。イモータル名物、人間投擲って言うんだが、団員を敵の中へ投げ込んでひたすら暴れるというもんでな。そんで団員が順番待ちで並んでいるところに、お前が列の先頭に突然現れたんだ。それで間違えて投げちまったみたいでさ…………慌てて回収したけど、死にかけていたから不死身にしたんだ。悪いな」

「…………」

「ん? どうした? てっきり、ふざけんな! って怒鳴るのかと思ったんだが」


 いや、確かに「ふざけんな!」と叫びたかったけど情報が渋滞しているから整理させて欲しい。人間投擲? 突然列の先頭に現れた? 間違えて投げた? 死にかけてたから不死身にした? …………ふむ。


「不死身になった経緯は理解した。問題ない」

「俺が言うのもなんだけどよ……普通だったら怒るなりするところだと思うが、いいのか?」

「もう考える事を諦めたような表情をしているようにも見えますけど…………本当に話を進めてしまってもいいんですか?」


 いい。人間投擲とかツッコミたい事があるけど、話が進まなそうだし。


 頷いて話の続きを促すと、俺の反応があまりなかったからか団長の口調が軽くなる。


「俺の力を使えれば誰でも不死身になれるんだけどよ、詳しく言うと不死を与える力と不老を与える力があるんだ。この二つの力を与える事で不老不死になる。ただ、不老の力は俺の近くに居ないと働かないんだよ、面倒臭い事に。だから俺から離れると不死の力だけが働いて、老いて体が朽ちたとしても死ねないなんていう悲惨な事態になる」

「ですので不死身になった人はイモータルに入団して貰っています」


 体が朽ちても死ねないのは辛いな……。

 だけど傭兵としてやっていけるだろうか。そもそも俺がこれまで何をしていたのかも覚えていないのに……。あ、そうだ、自分が記憶喪失だという事を話しておいた方がいいか。


「言ってなかったんだけど、俺って記憶喪失みたいで何も覚えてないみたいなんだ」

「「記憶喪失?」」


 二人は揃って驚きの声を上げる。


「じゃあ、自分の名前とか、あの場に突然現れた理由も覚えていないのか?」

「記憶喪失だと私の魔法では治せませんね……。不死の力でも……難しいでしょう。今、戻っていないという事は記憶喪失の状態が正常な状態と判断されているのだと思いますし」

「記憶喪失の奴を不死身にしたのは何百年も生きていて初めてだな。誰か治せる奴居たかな……」

「記憶喪失が治せる奴が居るのか?」

「治せる可能性があるってだけだ。期待はするなよ……治せる可能性があるのはマヤと博士か。サラに会わせた後に行ってみるか」


 どうやら記憶が戻る可能性があるようだ。突然投げられるは、不死身になるはで驚きの連発だったが、嬉しい情報を得る事ができた。


「で、とりあえずイモータルに入るって事でいいか? こっちの不手際で不死身にしちまったんだから、暫くは働かなくていいからよ」

「ああ……いくら老いても死ねないなんていうのは嫌だからな」


 俺がイモータルへの入団の意思を告げると、オッサンはニカッと笑い手を差し出す。


「よし! それじゃあ、よろしくな! 俺はゼン、一応イモータルの団長だ!」

「ふふっ、じゃあ私も改めて自己紹介を。イモータルの治療担当のマリアです。よろしくね」

「俺は……あーよろしく」


 自己紹介しようにも名前すら覚えていないので、軽く頭を下げながら差し出された手を握る。

 なんとなくそんな気がしたが、やっぱりオッサンが団長だったか。

 不死の力と不老の力を与えるゼンの率いる不死身の傭兵団イモータル。そんなところでやっていけるか不安になったが、まあ頑張るしかないか。


「それでオッサン、俺はこれからどうしたらいい?」

「団長って自己紹介したのにオッサン呼びかよ。まあ、いいや。とりあえずイモータルの事を知って貰うのに、新人に説明するのが上手い奴のところに連れて行く」

「……団長」

「ん? どうしたマリア? ……あー、その前に紹介する奴が居る」


 紹介する奴? 誰だ?


 尋ねようとしたところ、オッサンとマリアさんの視線が、なぜか俺の背後にある窓へと向けられているのに気付く。


「誰か居るのか?」


 俺は二人の視線を追うように振り返ってみた。すると、そこには確かに人が居た。いや、人の顔があった。窓を覆うような大きな男の顔が。


「おおおっ!?」

「そんな驚くなよ! タロスが怖がるだろ!」

「お、おおう悪い……いやいや! こんな大きな顔が窓を覆ってたら驚くわ! って、あれ? こいつ、何処かで見た事が……」


 この大きな顔に見覚えがあった。

 はて、いったい何処で……あ、そうだ! こいつは俺を掴んで投げた奴だ!


 オッサンは窓を開けながら、外に居る大男の紹介を始める。


「こいつはタロス。うちの人間投擲担当。巨人族っていう種族なんだが、昔たまたま出会ってな。言葉は喋らないんだが、心優しい奴だ。俺は気にするなって言ってんだが、お前を投げた事を気にしててな」

「いや気にしろよ。反省しろよ。また一般人を敵に投げ込むつもりか、おい」

「急にあんなところに現れたのも悪いだろ!」

「逆ギレしてんじゃねえ!」


 仮にもイモータルの一番偉い奴だろ? 普通お前が一番気にするべきで、叱らないといけない立場じゃないのか? こいつが団長で大丈夫か、この傭兵団。


 オッサンはタロスに話し掛ける。


「タロス、こいつに謝りに来たのか?」

「……!」


 小刻みに顔を上下に振ってタロスは肯定の仕草を見せた。


「…………」


 そして俺をジッと見てくる。怯えているような、悲しんでいるような、辛そうな表情をしていて、謝罪の言葉は聞けないようだが、彼の顔を見ているだけで申し訳なさが伝わって来た。


 ……こんな顔をされては怒る事もできない。


「分かった、許すよ。だからそんな顔をするのはやめろ」

「…………!」


 俺が許すと、タロスの表情は途端に明るくなって再び顔を上下に振る。おそらく、「ありがとう」と伝えたいのだろう。


 表情と仕草からなんとなく彼が伝えたい事を察していると、顔が下に移動して窓から消えた。

 そしてタロスの大きな手が窓から入って来た。一瞬また掴まれると思い身構えたが、親指と人差し指で何かを摘まんでいた。青くて人の拳ぐらいの大きさの……果物か?


「……これは」

「おいおい、いいのかよ。それを渡して」


 二人が目を見開いて、その果物らしきものに注目している。

 何だ? そんなに珍しいものなのか?


 俺が、それが何か分かっていない事に気付いたマリアが説明してくれる。


「これは魔力樹の実です。食べると人の魔力の保有限界値を増加させるもので…………一つで軽く家が建ちます」

「…………は?」


 軽く家が建つ価値がある実?

 そんな高価なものをどうしてタロスは目の前に、俺に差し出すように……まさか。


「タロスさん、お詫びの品として買って来たみたいですね」

「そんな高価なもの受け取れねえよ!」


 いやいや、お詫びの品ってこんな高価なものじゃなくていいよ。気持ちだから。これ、お詫びに家を渡されているようなもんでしょ? 逆に申し訳なくなるから!


 受け取る事を躊躇っているとオッサンが俺の背中を叩く。


「……受け取ってやれ」

「いや、でも……こんな高いもの……」

「いいから。それにタロスは古参だからな。何百年と生きていて、そこそこ金は持ってる。だから実を一つくらい買ってもどうって事ない。ほら、受け取ってやれ」

「……分かった」


 俺は実を受け取った。実を手にしたのが分かったのか、手を引っ込ませて再び顔を出した。俺が受け取ったのを見ると、ニコニコと笑顔になって嬉しそうだ。


 そして一度だけ頷くとズシンズシンと建物を揺らしながら何処かに行ってしまう。


 最後の仕草は「じゃあね」だろう。


「良かったな、いいもの貰ってよ。まあ限界値の増加量なんてそんな多い訳じゃないが、傭兵としてやっていくなら少しでも魔力は多い方がいいしな」

「それでお菓子でも作って貰うといいでしょう。うちの料理人は良い腕をしていますから」

「……ああ」


 二人の言葉に、この実を売ってしまうという考えは封じ込めた。

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