第2話 イモータルの団長ゼンとマリア
「…………ここは?」
目を覚ますと、まず白い天井が見えた。そして背中から伝わる感触から自分がベッドに寝ている事が分かる。どうしてこんなところに………………あ、そうだ。確か突然投げられて地面に。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」
生きてる!? 俺、生きてるんだよね?
叫びながら上半身を起こして自分の体を確かめ無事である事に安堵の息を吐く。
良かった……生きてる……よく生きてたな、俺……。
「ああ、びっくりしましたー」
自身の生存に対して喜びを噛み締めていると、女性の声がした。
声のした方に視線を向けると、ベッドの傍らに一人の若い女性がこちらを見て微笑みながら座っていた。
女性は二十歳前後のと思われる、色白で綺麗な人だった。ただ、酷く痩せていて、着ている服はまるで喪服を連想させるような黒いワンピース。どうしても死を思わせる雰囲気を漂わせている……もしかして。
「死神か!」
「へ? 死神? 違いますよ」
「ですよね……」
まだ意識が覚醒し切ってないのか思った事を口にしてしまった。
「失礼しました……それで、あなたは?」
「ふふっ、私はマリアと申します。良かった目を覚ましてくれて。ただ、いきなり奇声を上げるし、死神扱いするし…………びっくりしちゃった」
「す、すみません……」
この人が治療してくれたのだろうか?
だとしたら、お礼を言わなくては。それと色々と訊きたい事もある。
そう思ったのだが、マリアさんの様子がおかしかった。相変わらず微笑みながら俺を見ているが、その顔色が悪い。真っ青で、小刻みに全身が震えている。
「あ、あの、マリアさん? 大丈夫ですか、その……調子が悪そうですけど?」
「ご、ごめんなさい、さっき、本当に驚いてしまって、ちょ、ちょっとだけ体調が悪く、ごほっごほっ、ぼほえっ!」
「うおっ!?」
急に咳き込み出したと思ったら、マリアさんが口から大量の血を吐いて椅子もろとも倒れた。
彼女が吐いた血を頭から被り、顔を血だらけにしながら目の前の惨状に思わず呆然とする。だが、すぐに緊急事態であると思考が働きベッドから慌てて下りる。
「マ、マリアさん!? 大丈夫ですか!? だ、誰か! 誰か医者を! お医者様は居ませんかああああああああああああああ!」
口からダパダパと血が勢いよく流れ続け止まる気配がない。
このままだと出血死してしまうと思い、とにかく彼女を揺さぶりながら声を荒上げながら助けを求めた。
するとこちらに向かって走って来る音がして、扉を開けて入って来た。
「おいおい何事だよ……ん?」
室内に入って来たのは無精髭を生やしたオッサンだった。
血を吐いているマリアさんを見て驚くかと思ったが、オッサンは冷静にマリアさんと俺に視線を向けてから静かに呟いた。
「……お前、やっちまったか」
「違うっ!」
知らないオッサンに犯人扱いされた。俺は無実だ。
「おいおい、お前意外に誰がやったって言うんだよ」
「いや、別に誰でも犯行はできるだろ!」
「お前と彼女は、この部屋で二人きりだった。それがそもそも、お前は誰だ? どうしてこんなところに居る? この宿は俺達傭兵団イモータルの団員しか泊まっていないはずだ。ここに、お前が居る事自体がおかしいんだよ」
傭兵団イモータル? てっきり病院に居るものかと思ったけど違うのか? というか俺がここに居る事をもしかしてマリアさん以外誰も知らない? だとしたら俺の状況ってかなりマズい? マリアさんを殺した、いやまだ死んでない、って、そうだ! 彼女をとにかく助けないと!
「オッサン! とにかく彼女を助けないと、このままじゃ死ぬぞ!」
「死なないぞ」
「は? 死なないって、オッサン治癒魔法が使えるのか?」
「使えないぞ」
「……じゃあ、治療できるところに連れて行かないと、このままじゃ彼女死ぬぞ」
「死なないぞ」
「リピートォ! 何の根拠があって死なないって言い切れるんだ! オッサン、彼女を助けたくないのか!」
駄目だ、このオッサン使えない。
もしかしてこいつがマリアさんを殺そうとしてるんじゃないか? 毒でも飲ませて彼女はこんな事になっているじゃ……。
目の前のオッサンが悪人に見えてきた。マリアさんを抱えて逃げ出そうかと思っていると、オッサンは彼女を指差して呟く。
「そいつは不死身だから死なないんだ」
「…………は?」
オッサンの言っている意味がすぐに理解できなかった。
不死身? 不死身って、死なないやつ?
いやいや、そんなゾンビじゃあるまいし…………え? ゾンビじゃないよね? 「あー」とか「うー」とか呻いて人を襲ったりする訳が……青白い顔をして、口から血をぶちまけた今の彼女なら起き上がった瞬間襲いかかって来そうだ。
……ゾンビ……じゃないよな?
「……マリアさんってゾンビなのか?」
いきなり起き上がって噛みついてくるかもしれない。噛みつかれたら俺までゾンビだ。
もし襲い掛かってきたら目の前のオッサンを犠牲に逃げよう、うん。
「ゾンビじゃねえよ。人間で、不死身なんだ。ほら、そろそろ起き上がりそうだぞ」
「え?」
「……ごほっごほっ」
「!?」
自身の吐いた血によってできた血溜まりで、死んだと思われたマリアが急に咳き込み出す。そして喉に残っていたらしい血を吐き出すと、ゆっくりと目を開けて上半身を起き上がらせた。
「ふうっ、すみません。一度死に掛けてしまいました」
「気を付けろよ。お前はいつも死に掛けやすいんだからな」
「あら、いらっしゃったんですか?」
「お前が血を吐いてぶっ倒れたもんだから、そいつが助けを呼んだんだよ」
「あら、そうだったんですか。すみません。不死身なんですけど私の場合は不死身になる前から不治の病に患っていてよく死にかけてしまうんです」
「病気の状態が長かったからなー。お前、知ってるか? 不死身っていうのはな、怪我や病気といった異常が発生すると正常に戻ろうと力が働くんだ。だがな、マリアのように病気の期間が長いとそれが正常の状態と不死身の力が勘違いをしちまうんだ。だから、こいつの病気は不死身の力では治らないんだよ」
「知らねえよ、そんな不死身あるある!」
暫く黙って二人の会話を聴いていたが……何だこの不死身トーク。
不死身なんて……そんなものがありえるのか? 確かにマリアさんは致死量とも思える血を吐き出したにも関わらずピンピンしている。もしかして、俺を驚かせる為に血を吐いたと思わせた? いや、顔にべっとりと付着した放たれる鉄臭さからして、本物の血だ。
「……本当に不死身なのか?」
「ん? 傭兵団イモータルって知らないのか?」
「傭兵団イモータル?」
聞いた事がない。というか自分の名前すら覚えてないから、もしかすると聞いた事があっても忘れてしまっているのかもしれない。
俺の様子を見てオッサンは溜息を吐く。
「知らないのか……。百年くらいやって来たから、世界中に知れ渡ってると思ってたんだけどなー」
「ふふふっ、まだまだ認知度は低いみたいですね。まあ、不死身の傭兵団なんて御伽噺のような話ですもの。ほら、この人も未だに信じられないといった顔してますよ」
「そうか……じゃあ証拠に…………ほら」
オッサンは何処からかナイフを取り出すと、柄をこちらに向けて差し出した。
「何だ?」
「俺を思いっ切り刺してみろ」
「できるか!?」
「ん? 遠慮するなよ。心臓を刺してもいいし、首を斬ってもいいぞ」
「遠慮とかじゃねえ! そんな人を殺すような真似ができるかって言ってんだよ!」
こいつはヤバい。狂ってやがる。
不死身を証明するなら、それが手っ取り早いかもしれないが、そんな事ができる訳がないじゃないか。
もし、不死身でも何でもなく、死んでしまったらどうするつもりだ。いや、死なない自信があるからやらせるんだろうが、普通の人ならナイフで無抵抗な人を刺したりできる訳がない。
「仕方ないな……じゃあ、こうするか」
「え?」
オッサンはいつまでもナイフを手にしない俺に肩を竦めると、器用にナイフを回して逆手に持つ。そして自身の首筋にあてて勢いよく横に引いた。その結果、深く刃を肉に食い込ませ、太い血管を切り裂いた為、オッサンの首から大量の血が噴き出す。
「オッサン!?」
室内の血の臭いが濃くなり気分が悪くなるが、それよりもオッサンだ。マリアさんと同じくらいの勢いで血が流れ出て……止まってる?
首から噴き出した血は止まっていた。
それも首に付着している血をオッサンが手で拭うと、ナイフで付けた傷が綺麗さっぱりなくなっていた。
「ほらな。俺は不死身歴が長いから、傷だけじゃなく血も戻ってるぜ」
「…………本当に不死身なのか」
とても不死身なんて存在信じられなかったが、目の前で起きた事は幻を見せられていない限りは現実だ。本当にこの二人は、いや傭兵団イモータルは不死身の傭兵団なのか…………ん? 待てよ……。
「おいオッサン、部屋に入って早々の犯人扱いは何だったんだ? マリアさんの事を分かっていたんだから、俺が何かした訳じゃないって事は分かってたんだろ?」
「…………ノリ?」
「オッサン、ゴラァ!」
一発殴ってやりたい。というか殴っていいだろ? いや殴るだけじゃ足りない。今なら先程のナイフを借りて躊躇なく刺せる。
怒る俺をマリアさんが「まあまあ」と微笑みながら宥めるが、それぐらいじゃ俺の怒りは静まらない。よし、オッサンのナイフを奪い取って滅多刺しにしてやる。
「落ち着きましょう。これから、あなたは私達と共に行動するんですから」
「…………へ?」
マリアさんの言葉は俺を冷静にさせた。
一緒に行動? どういう事?
するとオッサンは気まずそうに頭を掻きながら口を開く。
「お前を不死身にしちまったんだ」
……………………はい?
オッサンの言葉の意味を俺はすぐに理解できなかった。
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