「プレミナ」乗車記
ここは台東区浅草。雷門通りが横切る五叉路の吾妻橋交差点に面して存在感を醸す、威風堂々7階建ての戦前建築を私は見上げていた。東武鉄道浅草駅…90年来の歴史あるターミナルは、同社における一つの象徴ですらある。その威厳に私は少しばかり襟を正し、正面入口に足を踏み入れた。
大階段を昇ると中央改札が視界に飛び込んでくる。その奥にはローカル列車と優等列車が並ぶ頭端式ホーム。他の私鉄のターミナル駅と比べれば小ぢんまりとはしているが、今日の旅のスタート地点としては申し分ない旅情だ。大ぶりな“船車券”を有人改札で見せ、入場する。
普段東武線に乗るならば、私も大多数の利用者と同じく常磐線か地下鉄で便利な北千住へ出るだろう。だが今回敢えて浅草駅にやってきたのは、ここから旅立つことに意味がある、それだけの価値がある列車に乗るということだった。そう―一世紀を越える「東武特急」の歴史に新たな一ページを切り開く東武鉄道の新フラッグシップトレイン、「プレミナ」に乗車するためだ。
改札を入って左に進むと、特急列車専用ホームの3,4番線がある。頭端式の付け根にあるカウンターで特急券を見せないとホームにすら入れないという特別扱いはそれだけで贅沢な気分を味わえるが、今回ここには用事がない。さらにその奥、かつて快速列車用に使われていた5番ホームを改修して用意されたプレミナ号専用ホームに私は歩を進めた。こちらにはより格調高い受付カウンターがあり、その先に見えるプラットホームは空港のプレミアムラウンジを思わせるシックな別空間となっていた。カウンターの女性…駅員や職員という表現も適さない、いわばホテルのフロントのような雰囲気の受付係に先程の船車券と付随するバウチャーを提示すると、まず一礼された。
「いらっしゃいませ。本日は東武特急プレミナ号をご利用くださり誠にありがとうございます。列車はもう間もなく、10時45分頃に入線いたします。お客様のご乗車の前に出発前の車内整備がございますので、ご案内があるまでお待ちください。お客様がご乗車される『プレミナ会津117号』の1号車はホームの一番前に停車いたします。列車は11時ちょうどの発車を予定しております。それでは、お気をつけていってらっしゃいませ。」
こちらも軽く会釈をして、専用ホームに進む。黒を基調とした高級感のあるプラットホームには、既にちらほらと乗客の姿がある。ドレスコードまでは無いのでそこそこラフな格好をしている客も居るが、Tシャツにジーパンのような人間はさすがに居ないようだ。4人家族も子供たちに襟付きのシャツやワンピースを着せたりしている。
そうこうしているうちに放送が入った。「お待たせいたしました。まもなく5番線に、11時ちょうど発、特急プレミナけごん17号東武日光行き、特急プレミナ会津117号会津田島行きが参ります。」
記録のためにカメラを構えると、急カーブの先からその列車の姿が現れた。―傾斜角を敢えて付けなかったという鉛直な半流線形…20世紀特急や満鉄あじあ号の展望客車すら想起させる優美な丸みと曲面ガラスの先頭形状が目を引く、中央貫通扉の枠さえも格式を感じさせる優等列車―東武600系「プレミナ」の姿だ。列車は悠々と浅草駅先端の急カーブを滑り、ターミナルにしずしずと入線していく。シャッターを切りながら、思わず感嘆の声が漏れた。
やがて列車は鋳鉄制輪子の高い音を響かせ停車した。側面は腰下と窓上に東武のコーポレートカラーであるフューチャーブルーを配し、窓周りに濃い目のクリームを置くことで、一瞬オリエント急行を思わせる、しかし明るい色遣いはむしろ戦前アメリカの長距離列車全盛期の客車を彷彿とさせるような、クラシカルかつ旅の高揚感を感じさせるエクステリアを実現していた。
先程のフロント係は車内整備と言ったが、この列車は業平橋の電留線から回送で入線しており、一通りの設えは済んでいるはずだった。では何の準備があるのかというと…と、ちょうど視界の隅にその様子が映った。食べ物や飲み物を満載していると思しき大仰なパレットを2号車と5号車の業務用ドアから車内に積み込んでいる。―今回の旅の一番の目玉、今から楽しみだ。
しばらくして乗車開始のアナウンスがされ、全てのドアが開いた。ホームの先端まで進み、急カーブで車両との隙間が大きい箇所に真紅の絨毯の渡り板が置かれた1号車乗車口からいよいよ乗り込む。―おお、とここでも思わず声が漏れ出た。細い通路の両側には濃い木目調の壁が一面に続いている。そう、600系「プレミナ」車両の最大の特徴は全席個室という点だ。1号車と3号車は車体両サイドに2人用個室が12室、2号車には4人用個室が5室(うち1室はバリアフリー対応)配置されている。3両で編成定員は66人、500系「リバティ」の161人に対して半分以下という贅沢な仕様で、その分特急料金も倍以上するが、それに見合うだけの設備とサービスが約束されている。今回私は一人旅なので、さらに約5割増の貸切料金を払って2人用個室を専有させてもらうことになっていた。
車両中ほどまで進み、あてがわれた進行方向右側6番個室の引き戸を開ける。―室内はオリーブ色のソファのような1人掛け座席が向かい合って配されており、真ん中にはテーブルが設置されていた。アールデコ調を思わせる幾何学模様を持つブルーグレーの絨毯と味わい深い木目調の壁材の内装は、まさに豪華列車の粋に達している。2人用個室の広さはおよそ幅1m、長さ2mで、広いとは言えないが特別感に満ちた空間だ。2人で向かい合わせに座っても窮屈さは感じないだろう。進行向きの座席に腰を下ろすと、見た目通りソファのような深い座り心地だ。窓は天地寸法が大きく取られ、反対側が壁であることを補って余りある開放感を演出している。ちなみに「プレミナ」は尾瀬夜行・スノーパルにもリバティ3両と連結する形で充当されており、その際には向かい合う座席の間にオットマンを入れることで実質寝台としても使える仕様になっているとのことだった。個室定員がさらに半減するので料金は相当のようだが、事実上の「寝台列車」とあってはそちらも是非いずれ乗ってみたいものだ。
さて、時刻はまもなく11時。心持も万端にその時を待つ。と、電笛を音がして、列車は静かに動き出した。ドアが閉まる音もブレーキの緩解音も気づかせないのはさすが個室の静粛性といったところか。ゆっくりとターミナルビルを出て青空の下へ。入線する普通列車とすれ違いながら、急カーブを慎重に右へ曲がっていく。やがて隅田川橋梁に差し掛かり、朱い吾妻橋とアサヒビールの本社ビル、行き交う水上バスを眺めながらゆったりと川を渡っていく。最後尾までカーブを抜け切ると、列車は少しスピードを上げた。―いよいよプレミナ号の旅の始まりだ。
列車は一旦スカイツリー駅に停車してから再び走り出し、ここで長い車内放送が入った。クラシック調の専用BGMを枕に、列車名や停車駅、到着予定時刻がアナウンスされる。会津田島までのたくさんの停車駅と、併結する2列車それぞれについて案内されるのにも鉄道旅行としての旅情を感じさせてくれる。浅草駅を11時ちょうどに出発したこのプレミナ会津117号は、鬼怒川温泉に13時6分、終点会津田島には14時8分に到着するとのことだった。野岩線・鬼怒川線内で特急運転をする唯一の下り列車で、会津田島までの最速達列車でもある。
プレミナ号は「会津」2往復と「けごん」1往復が設定されている。具体的には、
・浅草9時発、会津田島12時19分着「プレミナ会津111号」→会津田島13時2分発、浅草16時16分着「プレミナ会津132号」
・浅草11時発、会津田島14時8分着「プレミナ会津117号」→会津田島15時発、浅草18時15分着「プレミナ会津140号」
・浅草11時発、東武日光12時51分着「プレミナけごん17号」→東武日光14時23分発、浅草16時16分着「プレミナけごん32号」
の3運用を4編成で回しているそうだ。このうち下りの「プレミナ会津117号」と「プレミナけごん17号」、上りの「プレミナ会津132号」と「プレミナけごん32号」はプレミナ同士で併結して運転され、「プレミナ会津111号」と「プレミナ会津140号」は下今市以南ではリバティけごんと併結運転する。なお、「117号」と「132号」は下今市以北でも特急運転を行う会津田島発着の最速達列車でもある。
1日6本の設定があるプレミナ号だが、その中でも人気が高いのが今乗っている「プレミナ会津117号」と「プレミナけごん17号」だった。下り最速達であることもあるが、それよりも大きいのは唯一お昼時を走る便であるため…と、部屋の扉がノックされた。早速来たようだ。扉を開けると、蝶ネクタイを締めた品の良いウェイターの姿があった。
「本日は東武特急プレミナ号にご乗車いただきありがとうございます。こちら、ウェルカムドリンクとお飲み物のメニューでございます。お飲み物のご注文がございましたらそちらのボタンでお呼びください。お食事のサービスは春日部駅発車後にご用意させていただきますので、それまでどうぞごゆっくりお寛ぎください」
テーブルの上に淡い桃色のカクテルが置かれ、男性アテンダントは一礼して扉を閉めた。
そう、「プレミナ」の最大の目玉は供食サービスである。2号車車端に設けられた厨房室で調製された料理が各個室に直接運ばれ、乗客は部屋でくつろぎながら沿線の食を楽しめる、というのがこの列車の一番の売りであった。メニューは列車によって異なり、午前下りの「111号」と午後早い時間の上り「132号」「32号」ではスイーツが、夕方上りの「140号」ではお酒と肴が供される。そしてちょうどお昼時にあたるこの「117号」「17号」では最も食事らしいランチメニューが味わえるのだ。座席のみの利用であれば普通に駅できっぷを買えるが、食事付きプランは東武トップツアーズの旅行商品として販売されており、私も今回そのプレミアチケットを何とか手に入れることが出来たというわけだった。
下町をくねくね走る車窓を眺めながら、食前酒をくいっと口にする。かっと喉元が熱くなり、血行が良くなったのを感じる。間もなく北千住、ここを出ると長い会津路がいよいよ本番開始というところか。車窓は「総合駅」とも言うべき巨大な駅に潜り込んでいき、列車は一般ホームを通過して特急専用ホームに停車した。
進行方向右側なのでちょうどホームの様子が見えたが、やはり北千住からの乗車もそれなりにあるようだ。旅行商品では春日部まで乗車駅として選べたので、それぞれの乗客には都度ウェルカムドリンクをサーブしつつ、メインの料理は春日部発車後に順次提供という体制なのかもしれない。
列車は北千住駅を発車、荒川の長いトラス橋を渡りながらカクテルを飲み終えた私は、さっそくアルコールメニューを開いてみた。銘柄と一緒に製造地最寄りの駅名が記載されているのが観光列車らしい。まずは何と言っても浅草はアサヒのスペシャリティビールが3種類ほど載っている。それから日本酒もプレミナ号の運行区間に拘らず東武沿線各地や会津の地酒が用意されているようだ。足利のワインなどもあった。呼び出しボタンを押して、やって来たアテンダントにビールを注文すると、ものの数分で供された。よく冷えたグラスと芳醇なビールを口にする。列車は複々線を快走しており、ますます気分が良い。
それにしても乗り心地が良い、と改めて実感する。複々線に入り速度が乗って来たが、揺れも音も静かだ。軌道が良いのはもちろんだろうが、フルアクティブサスペンションを装備した車両側の性能によるものも大きいだろう。ただこれは「プレミナ」特有のものではなく、機器類に関しては500系「リバティ」をほぼ踏襲しているとのことだった。3両編成の機器配置や走行装置はもちろん、ホームドアに対応したドア位置やトイレの場所も同じになっている。先頭形状は独特だが貫通路や運転台周りも揃えてあり、乗務上の取り回しや併結等を容易にしている。つまり運転上という裏側の部分は極力500系に合わせながら、乗客が触れる表側の外装や接客設備を特別に設えてあるという感じだ。革新的な設計と現実的な保守運用を両立する東武の車両らしい作りだと思う。
ときおり緩行線の各駅停車や待避線の急行電車を追い抜きながら、プレミナ号は私鉄最長の複々線を華麗に駆け抜けていく。ときどき沿線のビルの窓ガラスに自列車の姿が映ると、その優美な外観に乗客として誇らしさすら覚えた。アルコールが入って良い気分になっているのを差し引いても、これは名列車だ、と素直に感じた。
そのうち列車は北越谷駅を過ぎ、複線区間に入った。春日部駅も近くなってきたので、その前に一度手洗いを済ませておこうと席を立ち上がった。ついでにトイレがある2号車の様子も少し覗いてみる。4人用個室が並ぶ2号車は通路が端に寄せられており、先代100系スペーシアの個室車両と構造的には近いが、ここは敢えて「寝台列車」的と言っておこう。こちらの個室は向かいに部屋があるということもないため、扉にガラスが入っており通路を挟んで反対側の車窓も見えるようになっていた。それとなく室内の乗客を見てみると、浅草駅で見かけた家族連れの姿があった。個室なら幼い子供が居ても気兼ねなく旅ができ、子供たちにとっても良い思い出になるだろう、と感心する。トイレと旅客用ドアのあるデッキに面した1室は車椅子スペースのあるバリアフリー個室になっており、普段は使用しないようで空室になっていた。また、反対側の車端部には「業務用室」と書かれた一角があったが、ここが車内で供する料理を用意する調理室だということだ。厨房と呼ぶにはいささか狭いが、一から調製する訳ではなく列車に積み込む時点である程度まで調理された料理に最後の仕上げをするくらいのものだろうから、この広さでも済むのだろう。
自室に戻るとちょうど列車は春日部駅に停まるところだった。今度はホームが反対側なのでどれくらいの乗客が乗って来たか分からないが、対向式の上りホームの人達がプレミナ号に向けてスマホのカメラを向けているのが見え、さすが看板列車だなと感じる。
春日部駅を発車し、車窓に田んぼなどの緑が増え始めた頃、再び個室の扉がノックされた。
「失礼いたします。お待たせいたしました。」
ウェイターがテーブルに敷紙と箸、お品書き、そして料理が十品ほど小分けに盛られた重箱を置いた。
「ごゆっくりお召し上がりくださいませ。」
いよいよランチタイムだ。私は鉄道旅行家ではあっても料理評論家ではないので詳しい解説は遠慮させてもらうが、メニューは和洋折衷の懐石御膳とのことだった。近郊野菜であるほうれん草のキッシュと下町のアサリの佃煮が隣同士に盛られているのが面白い。メインはとちぎ和牛のステーキで、野田の醤油をベースにしたソースが使われているらしい。どの料理も日常で口にするものとは全く違った上品かつ調和のとれた味わいで、クオリティの高さを実感した。それに何と言ってもビールに合う。
お品書きを見ると、メニューはこのお重の後、ご飯ものとデザートという流れらしい。他社の観光列車では本格的なコース料理を供するものもあるが、プレミナ号においては供食サービスを行う時間が春日部から下今市までの約1時間しかないため、このような形になったと思われる。提供内容がスイーツや酒の肴である他の便であればもう少しゆとりがあるのかもしれないが、それでも限られた条件の中で素晴らしい内容を実現していると言えよう。
列車は東武動物公園駅を過ぎ、日光線をぐんぐん進んでいく。やがて利根川の長いトラス橋を渡り、栃木県へ入る。車窓には相変わらず緑と、ときおり宅地が流れていく。―正直に言うと、東武日光線の車窓は特段見るべきものがあるわけではない。しいて言えば宅地に対して田畑の割合が増えていくことと、山がいつの間にか近づいていることが特徴と言えるかもしれないが、海沿いや渓谷沿いを走ることもなく関東平野を北へ北へと向かう単調な眺めが続く。ただ、こういう垢抜けなさが“らしさ”でもある、と個人的には思っていた。絶景を見逃すまいと車窓に食いつく必要もなく、ゆったりと構えて旅路を楽しめるのが日光路の醍醐味でもあろう。そしてこのプレミナ号はその愉しみ方を存分に活かしてくれている、とビールグラスを傾けながら感じ入る。
重箱の懐石も終盤に差し掛かった頃、列車はふいに高架橋を上り始めた。栃木駅だ。旅行商品としては乗降の設定がない駅だが、普通にきっぷで使う人もいるかもしれないということで停車しているらしい。ただ、実際にホームを見ていても乗り降りしている様子はなかった。これならいっそ途中駅は全部通過にしてDRC時代のノンストップ運転を再現してほしい、と思ったが、まあそういうわけにもいかないのだろう。列車は高架駅を発ち、カーブしながら地上に降りて新栃木で宇都宮線と別れた頃、みたび個室の扉がノックされた。
ウェイターがテーブルに置いたのは、少し小さめのカレーライス…いや、「ライスカレー」だ。スパイスの香りが懐石を食べ終えた胃にも食欲をそそるこのメニューは、日光金谷ホテルの名物「百年ライスカレー」。見た目こそ普通の欧風カレーのようだが、味はというと…銀のスプーンで口に運ぶ。なるほど、うまい!ビーフや野菜の旨味が存分に溶け込んだ、コクのあるまろやかな味わいは日本式欧風カレーの一つの極致とすら言えるかもしれない。夢中になってかき込んでいると、あっという間に完食してしまった。満足心地で残りのビールを飲み干すと、間もなく列車は新鹿沼駅に滑り込むところだった。
発車したところでウェイターが訪れ、皿を下げる代わりにデザートとコーヒーを持って来てくれた。とちおとめのタルトだ。上品な洋菓子に癒されつつ、車窓は山も近くなり下今市に向けて勾配を登っていく。東武線唯一のトンネルを抜けたと思うと、タルトがなくなったところでちょうど下今市の機関区が車窓に入り、そのままホームに停車した。
機関庫の中を覗くと、SLが1両休んでいるのが見えた。前照灯が2灯だから207号機か。今日は1編成のみの運転日らしい。側線には国鉄型客車が停まっていて、何度見ても大手私鉄の光景とは思えないな、とコーヒーを啜りながら感服する。この下今市駅では乗っている「プレミナ会津117号」を「プレミナけごん17号」から切り離すのだが、解結作業を見に行くのは遠慮しておこう。先に出るのが「会津」の方というのもあるが、優雅なコーヒータイムを中断してまで席を立つこともなかろう。5分ほどで、列車は静かに動き出した。分岐を右にカーブして鬼怒川線に進入していく。
大谷川を渡り、右に左に急カーブの続く鬼怒川線をこなしていく。先ほどまでの「観光幹線」たる日光線とは雲泥の差の線形に、下野電気軌道の面影を感じて面白い。ほどなく列車は鬼怒川を渡り、鬼怒川温泉駅に到着した。駅にはちょうど右隣にSL編成が居て、こちらの列車の到着と交換する形で発車していった。
さて、乗客のうち半分くらいはここで降車するのだろう、彼らに合わせた供食サービスのプログラムは上手く組まれたものだったが、しかし会津まで乗り通す身としてはまだ1時間もある。東武のサービス要員はここで降車してしまうのかと思っていたが、ありがたいことに何人かは終点会津田島まで乗務し続けてくれるらしく、飲み物や菓子類は注文できるようだった。
心なしか身軽になって鬼怒川温泉を出た列車は、鬼怒川公園、新藤原と停車していく。これから会津に向かうのだし、と会津の地酒をスルメと一緒に注文してみる。私の担当のウェイターは変わらず終点まで乗務してくれるようだ。いざ飲むか、と思ったところで、列車は野岩線に進みトンネル区間に入ってしまった。真っ暗な車窓が続くが、ときどき高架橋に出ると一瞬良い眺望が得られるので、それを肴に日本酒を味わうことにしよう。鉄建公団線であるこの区間は先ほどまでの鬼怒川線よりはよっぽど速度が乗るようで、快調に走っていく。少し眠たくなってきた。
奥羽本線への壮大なバイパス計画を端緒に持つ野岩線は結果的にローカル線にはなってしまったが、それでも会津西街道沿いに会津若松まで結ぶ伝統的サブルートを鉄道として実現し、その路線を特急列車で乗れるというのは感慨がある。浅草から会津若松までの直通列車の要望も度々出ているようだが、いつか実現してほしいものだ。そんな野岩線区間で少し意外だったのは、上三依塩原温泉口駅で数組の降車があったことだった。この駅自体は山あいの小さな集落にあるのだが、トンネルで山を一つ抜けたところに塩原温泉郷があり、その玄関口としても機能しているらしかった。そういえばプレミナ号で行く塩原温泉という旅行商品もあった気がする。
さて、さらに列車は北上し、県境の長いトンネルに入った。これを抜けると福島県、そして“日本海側”に足を踏み入れる。この向こうの会津線は新潟にそそぐ阿賀野川に沿って走っており、分水界としては日本海側にあたるのだ。私鉄特急で中央分水嶺を越えられるのはなかなか面白い体験だし、関東の人間としては日本海側と言われると遠くまで来た実感が湧くものだ。列車はしばらく暗闇の中を走っていたが、ふいに外へ出た。先ほどまでと変わらない山中を少し走って、列車は会津線との接続駅である会津高原尾瀬口駅に到着した。
境界駅とは言え電車列車は引き続き野岩鉄道の乗務員が担当するので、特に停車時間が取られることもなく列車は発車した。ここから先は会津線だ。山の斜面を等高線に沿って進む旧国鉄線らしい線形が顕著に現れる。地酒を傾けながら愉しむ南会津の車窓というのも乙なものだ。日本海側というのもそうだが、関東平野をとうに離れた東北地方の山間部を進んでいると、長距離列車の趣をひしひしと感じる。今は冷酒でやっているが、冬場に来て雪景色の中で熱燗というのも最高だろうと思った。燗の提供も出来る「プレミナ」ならではの贅沢が味わえそうだ。
そんな空想もそこそこに、スピーカーからは最後のアナウンスが流れた。始発のときと同じ、起終点駅専用のクラシック風BGMが流れる。
「まもなく終点、会津田島に到着いたします。お出口は右側です、お忘れ物ございませんようご注意ください。本日は東武特急プレミナをご利用いただきまして、ありがとうございました。」
列車は盛土に上り、右にカーブしながら跨道橋を渡った。車窓には南会津町の中心地、田島の市街地が見える。やがて地上に降り、速度を落としながらするすると終点駅に入線していく。ホームに滑り込み、三角屋根のような形の「会津田島」の駅名標を横目に、列車は静かに停車した。
日本酒の残りの一口を煽り、私は伸びをした。浅草から3時間8分、ついにプレミナ号完乗だ。荷物と満足感を携えて長らく過ごした個室を立ち、ホームに降り立つ。降り口に今回担当してくださったウェイターが見送りに立ってくれていたので、こちらも「ありがとうございました」と挨拶をした。関東より幾分外気温の低い会津田島駅のホームにどことなく達成感を覚えながら、私は改札口に向かった。
―以上が今回の「プレミナ」乗車記である。本記事がこの新たなる名列車の魅力を少しでもお届けできていれば幸いだ。なお、会津田島に到着した私はその後市内を観光したのち、バスで只見に抜けて一泊、翌日にこのほど全線復旧した只見線を新観光列車で乗車してきたのだが、それはまた別の機会に紹介させてもらうことにしよう。
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