第14話 事情
麻子たちは魔導車の能力を見くびっていました。
ソルマンによれば「普通の馬車で二週間かかる距離を、この魔導車は一刻で駆け抜ける」と言うのです。
パルマおばさんが「都までは、馬車で三週間かかるよ」と言っていましたが、ソルマンは「一刻半で都に到着する」と言いたかったようです。
イレーネは冗談が過ぎると笑っていましたが、ソルマンが言うように本当に昼前には都の建物が見えてきました。
ただ伝説の竜エスタルとのこともありましたし、ダレン村の辺りは雪が深かったこともあって、実際に都の中心部に到着したのは九刻を過ぎた頃でした。
「あー、お腹がすいた。でもちょうど飯屋が店を開け始める時刻になっていたからよかったな」
予想よりは半刻の遅れがあったことで、ソルマンとしては不本意だったのでしょうが、それでも正午の10刻より前に着いたのですから、たいしたものです。
まさかこんなに早く都に来れるなんて思ってもみませんでした。
ここに、マクスがいるのでしょうか? 怪我が軽いものだったらいいのですが……
ソルマンは馬車での長距離移動に慣れているのでしょう、すぐに御者台の中から飯屋を探し始めました。
けれど麻子たち三人は朝からずっと馬車に揺られていたので、どこかで一休みしたいと思っていました。
イレーネが、キョロキョロと開いている店を探しているソルマンの背中に、声をかけてくれました。
「ソルマン、私たち先に旅館を探したいんだけど」
「え? うちに泊まればいいじゃないか」
ソルマンは、平屋の小さな家だけれど勤め先の店の近くに自宅を持っているというのです。
「ちょっとそれは不味いんじゃない? お嬢様に知られたらどうするのよ」
「そうだよ。男は気にしないだろうが、女はそういうことを気にするもんだ。イレーネもアサコも若いからなおさらだよ」
イレーネとパルマおばさんは難しい顔をしてソルマンを
お嬢様って、誰なのかしら?
ソルマンは二人が言ったことを聞くと、呆れて頭を振っていました。
「もしかして二人とも、うちの母さんが言ってる絵空事を信じてるんじゃないだろうな? 僕は都のガラナ商会に働きに来ているだけで、婿入りをしたわけじゃないんですよ。まぁ最初は、旦那様に婿に入ることも視野に入れて都に出てこいとは言われましたが」
「だったら……」
「イレーネ、このさいハッキリ言っておくけど、キャスリンお嬢様には他に好きな人がいるんだ。この魔導車を店で購入する時にも、旦那様に意見して僕の味方をしてくれたのがそのお嬢様の婚約者なんだ。僕はこの先十年間、店で勤めあげたら、この魔導車を支店のように使うことで独立させてもらえることになってる。今はこの魔導車で、店のない地域への移動販売やガラナ商会の支店を繋ぐ配送業務も請け負っているんだ」
「…………」
イレーネはソルマンの事情を知らなかったようで、唖然とした顔をしていました。
「なんだ。パンダルもそんなことはちっとも教えてくれなかったよ。そうか……それはよかった」
パルマおばさんは心底、安心したのでしょう。言葉をなくしてしまったイレーネの背中をさすりながら、嬉しそうな顔をして、大きくため息をついていました。
「イレーネ? わかってくれた?」
ソルマンが優しい声でイレーネに問いかけます。
「私……」
「なんじゃ、着いたのか? ん? リーンの娘はいないようじゃな」
……もう、エスタルったら空気が読めないのね! いいところだったのにぃ。
目を覚ますとすぐに馬車の中を飛び回り始めたチビ竜が、甘く彩られそうだったムードをぶち壊してくれました。
ソルマンは苦笑いをしながら馬車を操って賑やかな町中を走っていくと、広い道沿いにある構えが立派な店の前にゆっくりと馬車を止めました。
「さ、着いたよ。僕は馬車を裏に持って行ってくるから、向かいの茶店で待っててくれる? すぐに家に案内するからね」
そう言われて馬車を降りた三人でしたが、イレーネと麻子は周りの喧騒に戸惑っていました。
ここは森の懐に抱かれたダレン村とはあまりにも違っていました。
道幅は広く、その両側を大勢の人たちが行きかっています。威勢のいい物売りの声や何かの合図なのでしょうか、せわしない鐘の音も聞こえています。
道には馬車や荷車、荷車を引いた自転車のようなものも走っていました。
「はい、ごめんよ。ごめんよ~」
道沿いの歩道を勢いよく走ってきた黒い服の人にぶつかられそうなったので、三人は慌てて道の端によけました。
「何?あの人、こんな混んでるところで危ないわねぇ」
「あれは郵便配達人だよ。背中に配達袋を背負ってただろ? とにかくこんなところに立ってたら危ないから、ソルマンが言うように向かいの茶店にでも入ろう」
若い頃に何度か都に来たことがあるというパルマおばさんに連れられて、麻子たちは茶店に入りました。
竜のエスタルにはポケットの中に入っておくようにとお願いしていたのですが、茶店の席に着いた時に「うん?」と言いながら首を外に出してきました。
その時、麻子の耳にも聞こえてきたのです。
マクスがいなくなった時に聞いた、あの鈴の音でした。
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