第13話 新たな出会い

 この馬車は普通の馬車ではなさそうです。

麻子は走るスピードについてはそう疑問に感じなかったのですが、車内の設備に驚きました。

道に氷が張っていたような冬の朝にしては、寒くないのです。どうやら暖房設備がありそうです。それに走っている時にも揺れが少なくスプリングも効いています。御者台も馬車の外ではなく車内にあります。麻子が思ったのは、七人乗りのファミリーカーに似ているなということでした。


パルマおばさんとイレーネの方は、馬車のスピードに驚いていました。

「こんなきちがいのようなスピードを出すなんて、ソルマンは正気なのかしら?」

イレーネはいつもの元気もなく青い顔をして震えていましたし、パルマおばさんときたら走り出した途端に「ソルマン! すぐに馬車を止めるんだよ!」と叫んだぐらいです。


ソルマンの方は笑って取り合いませんでした。

「皆さん安心してください。この馬車は国に三台とない魔導車なんですよ」

「魔導車?」

「ええ。隣国のファジャンシル王国で最近、開発されたものです。雪国仕様の特殊車両で、ほら、こんな風に少々の雪だと溶かしながら進めるんですよ」

そう言われて窓の外を見ると、雪が積もっているのに馬車の前方部分だけに次々と黒い土が出現しています。首を伸ばして後ろの方を確認すると、この馬車が走ってきた道筋がずっとダレン村の方まで黒く細長く続いていました。



ところが、このソルマン自慢の魔導車でも乗り越えられないような大きな雪の塊が突如として現れました。

ソルマンはすぐに回避しようと馬の手綱を操ったのですが、なんとその雪の塊が動いて馬車の前に移動したのです。さすがのソルマンも馬車を止めざるをえませんでした。


雪の塊は、みるみるうちに形を変えて絵本で見たような大きな竜になっていきます。

身体中をおおっている白いうろこが朝の日差しを浴びて、キラキラと輝いていました。


「な、なに? 何が起こったの?!」

イレーネはパニック状態です。経験豊富なパルマおばさんも目を最大限に開いて竜を凝視しています。

「イレーネ、静かにするんだ。……どうやら、伝説の竜に目をつけられたようだぞ」

ソルマンの声も震えています。


マクスが言った魔法という言葉にも驚きましたが、竜…………

地球の山岳地帯の長閑のどかな村に似ているとだけ思っていた異世界は、なんともファンタジーな世界であったようです。


「そこな魔女、我に理由を教えるのじゃ」

………甲高い子どものような声なのに、話し方は長老といわれるような年寄りが話しているように聞こえます。

「あ、あの。ここには魔女など、おりません。へ、平民が四人乗っております……だけなんです」

なんだかおかしな物言いでしたが、ソルマンが勇気を振り絞って、竜に答えてくれました。


「何を言っている? この夏から我が住処に出入りしていた者がいるであろう。魔法使いと二人で何をやっておるのかと思えば、原始魔法爆発まで使いおって。さすがにこのエスタルとしても調べぬわけにはいかなくなったのじゃ」


エスタルと名乗った竜が言っていることを聞いたイレーネたちは、三人とも恐れを含んだ目で麻子の方を見てきました。

え? 私のこと?!

麻子が驚愕きょうがくした顔で、自分のことを指さすと、皆はゆっくりと頷きました。


なんのことかさっぱりわかりませんでしたが、夏から山に出入りしているのは麻子だけです。三人がそう結論付けるのも無理はありません。

麻子は息を吸い込んで、やっとのことで声を出しました。

「あの、魔法のことはわからないんですが……えっと、私は麻子と言います。あの、異世界から来たんです」

ソルマンがヒユッと息を飲むのがわかりましたが、この際そんなことには構っていられません。

原始魔法爆発というのはよくわかりませんでしたが、もしかしたらマクスが突然いなくなった時のことをいっているのではないかと思えました。

麻子が体験した不思議な出来事といえば、それくらいしか考えつかなかったのです。


麻子は言葉を尽くしてその時の状況を白竜……エスタルに説明しました。

するとエスタルは鼻からフンッと白煙を吹いて、一言「あのバカ娘!」と吐き捨てました。


エスタルの怒りなのかどうかはわかりませんが、白竜は突如、眩しい光に包まれました。そしてその光が収まった時には、そこにポケットに入るぐらい小さなチビ竜がいたのです。

雪の中にいる小さな白竜でしたので、最初、麻子たちはエスタルがいなくなったのかと思いました。

けれど羽を広げて馬車の中に飛び込んできたチビ竜を見て、これがエスタルの変身後の姿だということがわかったのです。


案の定、チビ竜はエスタルと同じ口調でこう言いました。

「我も共に行こう。魔女の向かう先はあの魔法使いのもとであろう。そこにはリーンの娘がおるはずじゃ」

小さくなったことで、エスタルの子どものような声に違和感がなくなりました。

ずっと固まっていたイレーネも顔を引きつらせてはいましたが、エスタルの可愛らしい動きを見て、笑顔を見せています。ソルマンとパルマおばさんは、チビ竜の一方的な宣言に呆れながらもいたし方なしといった諦めの風情です。


エスタルが麻子のことを魔女などと勘違いをしているのはいただけませんが、麻子が原始魔法爆発などという怪しげな事件に関わっていないことは、証明してくれることでしょう。

それにリーンさんの娘さんに聞けば、マクスがどうなったのか教えてくれるかもしれないと思いました。


こうして新たな旅仲間が道中に加わったのです。

この時、麻子はこの伝説の白竜が困った存在になるとは、思ってもみませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る