第12話 商売人

 イレーネの幼なじみだというソルマンに、帽子を拾った時の詳しい話を聞くために、麻子たちはパンダルさんの店へ行きました。

今日、店へ行くのはイレーネにとって三度目です。

「何度もごめんね」と麻子があやまると、イレーネは気にするなと言いました。

「店の品物を見るのは好きなのよ。新しいものがないかなって、ついつい探しちゃうし」

ふふ、イレーネも女性なんですね。


パンダルの店は昼も大勢のお客さんでいっぱいでした。あの大きな馬車で、ソルマンが都の商品を運んできたのかもしれません。


「おう、イレーネ! 僕の顔見たさに、何度も来てくれてありがたいね!」

ソルマンがすぐに気づいてこっちにやってきました。

「バカ言ってんじゃないよ。誰があんたなんかの……」

「イレーネ、今回はソルマンさんに用事があるんだから」

「あ……そうだね。ちょっとソルマンに、あの帽子のことを聞きたいんだけど」

「ん? 返してくれる気になった?」

「っとに、あんたって人は。あれはソルマンの帽子じゃないでしょ? あの帽子は、このアサコが恩人にプレゼントしたもんなんだよ。あんたが見つけた時に血がついてたって言ったから、アサコは大切な人が怪我をしてるんじゃないかって、心配してるの! あの帽子を、いったいどこで見つけたの?」


ずっとイレーネを見つめていたソルマンが、やっと麻子の方を向きました。そして、観察するように麻子を上から下まで見ると、頭の中で色々と考えているような顔をして右手であごを撫でました。

「ふうん、わけありっぽいな。君はオディエ国の人? ここまでハッキリした黒髪に黒い目なんだから、絶対にそうでしょ。ちなみに、僕はまだ名前も知らないんだけど」

「あ、すみません。私は三浦麻子といいます。あの帽子はマクス……マクシミリアンという人にプレゼントしたものなんです。何か知っていることがあったら、教えてもらえませんか?」


「ミウラアサコね、名前はオディエ国人っぽくないな。ま、いいや。あの帽子は都のイタヤ地区の路地裏に落ちてたんだよ。持ち主らしき人は周りにいなかったな。飲食店街でね、飲み屋も多かったから、酔っ払いが喧嘩をして落としたものなのかなって思ってた。でも、君の知り合いが持ってたものだったんなら、不思議だな」

「どうしてですか?」

「君はどう見てもいいとこのお嬢さんに見える。こんな田舎の村に住んでる人じゃないね。手も荒れてないし、着ている服の服地も縫製も見たことがない製品だ。そんな人が恩人だっていうのなら、相手もそれなりの人だろ? そんな金持ち連中が飲みに来るとこじゃないんだよイタヤは。どっちかっていうと労働者階級の町だし、ちょっと危ない連中も出入りしてる」

「そんなところで、あんたは何をしてたのさ?!」

「おやおや心配してくれるのか? 女房みたいだな」


イレーネとソルマンはぎゃいぎゃいと痴話げんかのようなものをしていましたが、麻子はソルマンの人を観察する目に驚いていました。ソルマンは大店を経営している商人に見込まれて、何年か前に都に連れていかれたということをイレーネに聞きましたが、見込まれたというだけのことはあるようです。



 翌日、麻子たち三人は大荷物を持って、辻馬車の駅にやってきました。


でもそこにはソルマンがニコニコして待っていたのです。ソルマンの後ろにはあの大きな馬車が止まっていました。

「美人のお嬢さん方、私が都まで送っていきますよ」

「はぁ?!」

喧嘩を吹っ掛けそうなイレーネを尻目に、パルマおばさんは笑いながらソルマンの方に歩いて行きます。

「美人の数には私も入ってるんだろうね」

「もちろんですよ、パルマおばさん! 僕が子供の頃から何度もプロポーズしていたのを忘れたとは言わせませんよ。おばさんのビーフシチューときたら! 一度食べた者は皆、恋に落ちるでしょう」

「はっはっは、ソルマンは変わらないね」


ソルマンはウィンクしながら、パルマおばさんの丸い手を取って馬車の中にエスコートしました。

「もう、信じられない。なんで私たちが今日、都へ行くってわかったんだろう?」

イレーネはそんなことをブツブツ言っていましたが、麻子には何となくわかりました。

たぶんソルマンはイレーネのことが好きなんでしょう。昨日、あれから麻子たちが買い物をしている物を見て、長距離の旅行に出るのではないかと推測をつけたに違いありません。


麻子は自分と同じように、イレーネとパルマおばさんのビーフシチューが好きなソルマンに、親しみを感じていました。

そしてマクスの帽子を拾ってくれたことへも、なにかの縁を感じていました。


文句を言いながら馬車に乗り込むイレーネの、隠そうとしている喜びも感じていました。

イレーネが辛い恋をしていると思ったのは、勘違いだったのかしら? できたらイレーネには幸せになってほしいな。


私は…………

マクス、出発するよ。どうかどこかで生きていて。それ以外なにも望まないから。


麻子たちを乗せた馬車は、ひなびたダレン村の街道を通り、年末の冷たい風が吹きすさぶ高原の道を足早に下って行きました。

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