罰ゲーム

水鳥ざくろ

第1話罰ゲーム

 罰ゲームだ。

 これは罰ゲームだ。

 某レンタルDVDショップ。午後八時。塾帰り。

 俺は仲間内で塾の模試の点数を賭けていた。賭けの代償は、罰ゲーム。そう、その賭けに俺は負けた。仲間の中で一番点数が悪かったのだ。

 五教科総合で三百三十三点という、めでたいのかめでたくないのか分からない点数を叩き出した俺は、一枚のDVDを手にしたまま五分以上、レジからそう離れていないイヤフォンとか録音用のCDが売っている棚の陰に隠れている。くすくすと笑う仲間と共に。


「おい、早く行けって」

「そうそう。恥ずかしいことは早く済ませた方が良いぞ?」

「あーもう! うるさいな!」


 最悪だ。

 絶対に勝てると思っていたのに……。模試の前日に食べたカツカレーが胃にもたれてしまい、コンディションが悪かったのが原因に違いない。入試の時はカツカレーは食べないぞ、と心に誓う。

 俺は、棚からレジをこっそり盗み見た。

 レジは、綺麗なお姉さんだ。ああもう、何でこういう時に限ってそうなんだ……同性か、せめてオバチャンとかなら救いがあったのに。


「それにしても、レジの人綺麗だよなー」

「マジタイプだわ」

「……はあ」


 そう、レジのお姉さんはとてもとても綺麗だ。

 薄茶色の髪をひとつにまとめていて(ポニーテールって言うの?)顔が隠れることなくさらされている。目、鼻、口、すべてのパーツが整っていて、ばあちゃんの家にあるフランス人形みたいだと思った。歳は二十歳になってるかなってないかくらいかな?

 そんな彼女のレジに並ばなければいけない悲しさ。

 俺の手には「巨乳コンプレックス」とでかでかと書かれたいかがわしいDVDが握られている。十八歳未満は借りられないが、ついこの間の誕生日で十八歳を迎えた俺は、条件をクリアしているわけで……。

 あとは並ぶだけなんだけど、なかなかその一歩が踏み出せない。あんな綺麗な人がレジならなおさらだ。


「あーあ……さよなら、俺の青春」

「よっ! 童貞!」

「馬鹿、それはお前もだろ」

「頭の中では違います」


 馬鹿な会話を続けていても何も解決しない。

 俺は覚悟を決めて、震える足を動かした。


「よっ! 男見せたれ!」

「ファイト!」


 仲間は出てこず隠れたままだ。俺は心の中で「畜生!」と叫んだ。そして、誰も並んでいないレジに向かう。俺の存在に気付いたお姉さんが、営業スマイルで「いらっしゃいませ」と微笑んだ。


「あの、これレンタル……二泊三日で」


 俺はDVDを裏返してお姉さんに渡した。恥ずかしさは薄れる、と思っていたが。

 

「――っ!」


 裏面にも「巨乳コンプレックス」と書かれ、大きな胸の女性が、隠れるか隠れないかきわどい水着を着て写っていた。俺は軽く眩暈を覚える。しかし、ここまで来たのだから後には引けない。顔に動揺が出ないよう、俺は俯いてDVDがレジを通るのを待った。


「……お客さま」


 お姉さんに話し掛けられて、どきりとする。

 俺は、おそるおそる顔を上げると、困ったように笑うお姉さんと目が合った。


「お客さま……その制服、G高校ですよね? 申し訳ありませんが、高校生にこういった商品のレンタルは禁止しておりまして……」


 そうなの!?

 俺は、顔に血が上るのを感じた。

 この店の会員じゃない俺は、詳しいことなど知らなかった。仲間のあいつらは知っていたのだろうか。だとしたら……一発ぶん殴る。


「そ、そうなんですか……俺、知らなくて、すみません」

「ふふ。卒業したら堂々とレンタルして下さいね」


 綺麗なお姉さんは、俺に顔を近付けて小声で言った。その距離に心臓が跳ねる。


「……って言うか、罰ゲーム? あの棚に隠れてるの友達でしょう?」

「えっ? そうですけど何で知って……」

「防犯カメラでね、ここから店内全部が見渡せるようになってるから」


 そうだったのか。

 じゃあ、俺があそこでずっと葛藤してたのもバレバレなのか……恥ずかしい。

 お姉さんは、ふふ、と笑って続ける。


「ま、こういうのに興味あるお年頃なのは分かるけどさ。そういうDVDは友達のお兄さんとかから貸してもらいなよ。俺もG高校だったから、よくそうしてた。男子校は辛いよね」


 ……えっ。

 待って、今、俺って。男子校出身???


「あの、お姉さん?」

「ああ、良く間違われるの。俺、男だから」

「えっ!? ええっ!?」

「俺がレジで良かったね」


 良かったのか、悪かったのか。

 俺はお姉さん――いや、お兄さんをまじまじと見つめた。

 俺の驚きように満足したのか、お兄さんは俺の手を取って握手した。


「あの……」

「しーっ。見せつけてやろうよ。あいつらには俺が男だって内緒ね?」


 とてもとても楽しそうにお兄さんは笑った。その笑顔が眩しくて、なぜかくらくらした。まるで、俺の心を奪っていったかのようなお兄さん。

 謎の感情が湧いてくる。

 

「それではお客さま、またのご来店をお待ちしております」


 手を離して、お兄さんは俺に手をひらひらと振ってみせた。俺も、力無く振りかえす。

 そうして仲間の元に戻った時、俺は質問攻めにあった。


「おい! あのお姉さんと手を繋いでたな!?」

「いったいどういうことだ!?」


 そんな質問、俺の頭に入って来ない。

 ただ、お兄さんに握られた手が熱くて熱くて仕方が無かった。


「……卒業したら、ここでバイトしようかな」


 俺はそう呟いた。

 罰ゲームが俺で良かった。今ではそう思えてしまう。


「あーあ。恥ずかしかった!」


 俺はそう吐き捨てて仲間から逃げるように店を出た。

 季節は冬。もうすぐセンター試験だ。

 俺は、大学進学という目標と共に新たな目標が出来た。


――この店でバイト出来ますように!


 そうして、またお兄さんに会えますように。

 そう心に祈った。

 吐く白い息が風に乗って遠くに運ばれていく。

 俺は不思議な出会いに感謝しながら、むき出しの手を制服のポケットに突っ込んだ。

 お兄さんに触れた右手は、まだまだ熱いままだった。

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