第8話 「それぞれの想い」
ドタドタドタ
寝癖でハネた髪を気にする余裕もなく
私は一階へと階段を駆け降りる
「やばい!ギリギリだ」
冷蔵庫を開け
目の前にあった野菜ジュースをコップに注ぎ
一気に飲み干した
「ごちそうさま!」
口元に残る、
ジュースの残りを親指で拭い
椅子の上に置いたカバンを取り
足早に玄関へと向かった
誰も居ない家の中に
私の「行ってきます」が響く
息を切らし、夢中で走った
寝癖でハネていた前髪は
私の汗でいつの間にか、元気を失っていて
学校の近くまで着いた頃
ようやく、
同じ制服の生徒達を数人見つけて
少し、ホッとした
下駄箱で靴を履き替えようと
上履きを見おろした時
一気に汗が体から噴き出した
カバンを開けて手を入れても
スカートのポケットを触っても見つからない
「慌ててたせいで、ハンカチ忘れちゃった」
たまらず、手の甲で額の汗を拭った
その時
「コレ、使ったら?」
そう言って、ハンカチを渡してきたのは
直也だった
「あ、ありがと。」
「柚子がこんなにギリギリに来るなんて
珍しいな!」
「るっさい」
そのまま、
直也は渡り廊下の方へ歩いて行った
「うん?
コレって…
私のハンカチじゃん」
ガヤついた教室へ入り、
自分の席に向かう途中
「おはよう!森崎さん!」
っと西川君が声を掛けてきた
西川君とは、あの海水浴の後から
頻繁にと言うわけじゃないけれど
メールのやり取りをする様になって
何度か、電話でも話した
最初の方は
勉強や進学の話題ばかりだったけど
最近はファッションにも
興味を持ち始めたみたいで
電話の内容は少しずつ変わってきた
そして、自分ではわからないけど
多分、相当気にしてたのかな?
西川君に聞かれて
無くしたキーホルダーの話もした
あれは、小学生の頃に
夏祭りの射的で直也が取ってくれたもので
初めてのプレゼントだったんだって
きっと本人は覚えてないだろうけど。
変わったと言えば
多少、緊張はまだしてるみたいだけど
前より、会話のぎこちなさも
取れてきたみたい。
「おはよう!西川君!」
その瞬間、
一気にクラスのガヤつきが消えて
私達2人を見る、クラス中の視線を感じた
「森崎と西川って、あんな仲だったか?」
「柚子ちゃん、まさか」
「西川の奴、森崎にあんな態度で
声掛けるなんて、生意気だな」
一部のクラスメイトの声が
私に届いたように
きっと西川君にも届いたはず
私よりもいち早く、
視線や教室の変化を感じいてたのか
西川君の顔から笑顔は段々と消え
小さな声でこう呟いた
「ごめん。メールとか電話の感覚で
馴れ馴れしく、声掛けちゃって。
早く、席に着いた方がいいよ。」
その言葉に
何故だか私はムッとし
西川君の顔に近づいて言った
「ただ、挨拶しただけじゃん!
ちょっと、
周りに見られたからって動揺し過ぎ!
メールとかの感覚で
話しかけて何がいけないの?
それって、仲良くなった証拠でしょ?」
西川君の驚いた顔を見て
ふっと我に返った私は
「言い過ぎた」
っと反省して、席に着いた
その間、再び
何事もなかった様に
教室がガヤつき始める
そしてゆっくりと
桃花と夏希が私に近づいてきた
「柚子がこんなに
ギリギリに来るなんてね?
どうしたの?」
「別に」
「まさか、柚子ちゃん
今日が登校日だって忘れてたんじゃ。。」
「えっ?そうなの?!」
「はい!そうですよ!
もぉー!うるさいなぁ」
「柚子ちゃんでも、
そういう時ってあるんだね」
「今日は晴れだってテレビで言ってたけど
雨が降り出しちゃうかもね 笑」
「2人とも、早く席に着いてください!」
私は2人が揶揄うのを無理やり終わらせ
席に着かせた。
終業式の時よりも
体育館の中は一段と暑く
学校中の生徒は集中力を無くしていて
さすがの私も
一定のリズムで少しずつしか
時を刻んではくれない
意地悪な時計だけを見つめてた
そして、体育館での辛い時間は
終わりをむかえて
それぞれの教室へ生徒達は帰って行く
その人波の中に私も紛れ込み、教室へ帰る
その途中、
少し遠くに見える渡り廊下の所で
桃と直也が話してるのが見えた
そして、直也はポケットから
ハンカチを取り出して桃に渡してた
その後、直也はおどけたように笑い
桃も笑いながら、直也の胸を叩いていた
「あの2人って…
あんなに仲良しだったっけ…」
私はしばらく、立ち止まり
また、生徒達の波に流されていった
「いやぁ〜!やっと帰れるぜ!」
「ねぇ?夏休み中に出来た
あのお店、今日行かない?」
「今から部活かぁ〜
今日、俺休むわ」
「もうすぐ、夏祭りじゃん?!
絶対、みんなで行こうね」
帰りのホームルームを待つ間
クラスメイト達は一日の中で
一番、生き生きとした顔で話す
私が直也君からハンカチを返してもらった後
教室に戻り、自分の席に着くと
柚子が西川君と話してるのが目に入った。
西川君は柚子と話す時以外
楽しそうに笑う事はない
そして、最近の柚子との電話の中で
柚子は西川君の話をする事が増えた気がする
「あの2人って…
いつから、あんなに仲良くなったんだろう?」
私の頭の中で、夏希と偶然
コンビニで会った日の記憶が蘇った
その時、教室へ先生が入ってきた。
次々と生徒達が教室を出ていく中
桃花もまた、教室を出ようとしていた
「桃!今日、これから部活なの?」
「うん?うん!」
「そっかぁ〜、大変だね。
倒れないように気をつけてね!」
「うん。」
そう言って、教室を出た桃花の顔が
入り口のガラスから一瞬だけ見えた
いつもとは違う桃の表情が気になり
少しの間、入り口を見つめていた時
「柚子ちゃん!帰ろっか?」
夏希が声を掛けてきた
「う、うん!帰ろ!」
夏希との帰り道
隣で夏希が話した内容は
1番始めに話してた
海水浴の話しか覚えていなかった
私の頭に残る
あの、桃の表情がどうしようもなく
気になっていたから。
「柚子ちゃんってさ、」
「うん?」
「好きな男子とか、いないって言ってたよね?」
「うん。それがどうかした?」
「だったら、西川君とか。。さ、
どうなのかな?」
「どうって?」
「なんか、仲良しみたいだし
海水浴の時もさ、
少しおっちょこちょいだけど
何だかんだ、私達のお世話してくれて
不器用だけど優しくて
みんなは気持ち悪いとかって
言ってるみたいだけど
実際はそんな人じゃないって
あの時、思ったの!」
「あの時、って
それまでは、気持ち悪いって思ってた?」
「そ、そういう意味じゃなくて」
「そうだね!私もそう思う。
この人が彼氏になってくれたら
きっと、私も嬉しい!」
「えっ?」
「じゃあ、私はここで!
また夏祭りに会おうね」
少しずつ離れて行く柚子ちゃんを呼び止めて
私は聞きたかった
「私も嬉しい」
そう言った後に見せた笑顔の理由を。
私は、
お母さんに頼まれていた買い物を済ませ
1人、家の近くまで帰ってきた
私は長い階段の上にある神社の方を
眺めながら歩いた
私の住む町の夏祭りはこの神社で行われる
「もうすぐだな〜」
そう思いながら前を見ると
目の前に公園が見えて来て
ベンチには直也の背中があった
「あっ!
お〜い!直…也」
私は
勢いよく挙げた腕をおろし
声を潜めた。
そこに、直也の元へ
歩いてくる女の子が
私は直感的に気づいた
「あっ!あの子…
もしかして、直也の彼女?」
そのまま帰ればいいものを
私はとっさに物陰に隠れ、
「いけない」と思いながら
その様子を見ていた
直也と彼女は
楽しそうに話していた
定かではないけど
お互いの学校の話し
彼女の部活の話し
夏休みの予定。
そんな会話が私の耳に届いていた
徐々に
今いる自分の現状に嫌気がさして
立ち上がり、帰ろうと背を向けた時
「直也君ってさ
幼馴染の女の子がいるの?」
「……!!?」
その言葉を聞いて
一気に私の心臓の鼓動は早まる
「いるよ!
でも、それがどうしたの?」
「だってさ、
幼馴染で顔も可愛いんでしょ?
それに直也君の友達たちと
海水浴に行った時に聞いたんだけど
女子の中でベスト3に入る人気だって
男の子達が話してたからさ
彼女としては気になるじゃん!
直也君から見た、その子ってどんな子?」
「まぁ、顔はそこそこで
周りにはどうか知らないけど
俺には気が強くて、
たまにちょっと優しいけど
簡単に言えば、
世話焼きな面倒くさい奴だよ」
「ふ〜ん
その子ってさ、直也君の事を
何とも思ってないのかな?」
「何ともって?」
「だってさ、幼馴染の男女って
恋愛に発展しがちでしょ?」
「あいつは、
そんなタイプじゃないと思うけど。」
「ふ〜ん そうなんだぁ〜
だったら、良いんだけど」
私がゆっくり、ベンチの方を振り返ると
直也の彼女が私に気づき
しっかりと目が合った。
「!!?」
公園を囲む柵の外から
弱々しい表情で私達を見るその子は
私なんかよりも、可愛くて、美人だった
私はとっさ的に
直也君の幼馴染か確かめようとした。
彼女は直也に跨るように悪戯に抱きつき
私を見つめたまま言う
「私は、その子
直也のこと好きだと思うよ?」
「んなわけないじゃん!
俺、そういう対象で
見たことないもん」
少し前に同じ事を聞かれても
同じように返しただろう
だけど、あの日から
柚子に対する自分の感情が
わからなくなり始めていて
僕の言葉に僕の心は揺さぶられ
僕の心の迷いに強気な口調と言葉で蓋をして
この時、
僕の言葉と心は全く調和していなかった。
直也の彼女は私から目を離さずに
一言だけ口にした
不敵な笑みを浮かべて
「…そっか。。」
私は溢れ出す涙を堪えながら
その場から逃げるように走り出した。
私が走るリズムと一緒に
買い物袋とカバンが揺れる
走りながら
自宅の方へ、角を曲がろうとすると
危うく、
郵便配達のバイクとぶつかりそうになり
慌てて尻もちをついた
「飛び出したら危ないだろ!」
そう言って私の前をバイクは走り去った
路上に尻もちをついた、
私の鼻の先に僅かな水滴が空から落ちてきた
空を見上げた、その瞬間
夏の夕立が私の体を一気に濡らす
「…最…悪…」
私は立ち上がり、再び走り出す
力強く、激しい雨音のせいで
周囲の音は聞こえず
私の心に直也と彼女の会話が
鮮明に聞こえ続ける。。
立ち上がった弾みで携帯電話が
その場に落ちたことも気付かずに。。
明るくもなく、暗くもなく
夏らしい夕立の空の下
普段は静かな住宅街を夢中で走り抜ける。。
その頃、直也達も夕立に見舞われていた
「うわぁ!雨だ!」
「本当だ!」
僕は慌てて、折りたたみ傘を取り出し広げた
直也君が傘を広げるのを見た私は
カバンの中で掴んだ、折りたたみ傘を離し
そっとバックを閉じた…
「あー!
私、学校に置き傘してたのにぃ〜
も〜う、びしょびしょだよ〜」
僕はそっと、楓の肩を抱き寄せ
自分の傘に入れる
「ゴメンね💦
折りたたみだから小さくてさ
こうしないと楓、濡れちゃうから」
「ううん…ありがと…♡
直也君、準備良いね!
夕立の予感でもあったの?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
傘を持って行った事を忘れ
持って行く事も忘れる事が多かった
僕の性格に呆れた柚子が6年生の時に言った
「これならもう、
ずぶ濡れで帰ってくる事はない」
と、
その時からランドセル、リュック、
そしてカバンへと変わっても
僕の持ち物に、折りたたみ傘は
いつも入りっぱなしだ
「長くは降らないと思うけど
いつ晴れるか、わかんないから
このまま送ろうか?」
「ありがと!
じゃあ、バス停までお願いします♡」
「バスを降りた後も
雨が降ってるかもしれないから
一緒に俺も乗ってくよ?」
「いいよ〜!そこまでしなくて!
バスから降りる前にお母さんにメールして
バス停に迎えに来てって
伝えるから大丈夫!」
「そっか!だったら、安心だね!」
2人で雨の中、1番近くにあって
公園からは少し遠いバス停まで歩いてきた
まだ少し、バスの到着には時間があった
そんな、僕と楓を不意に無言の時間が包む
聞こえるのは
バス停の屋根を叩き続ける
激しい雨音だけ
僕は、この時間に戸惑い、、、きり出す。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで、、、
帰ったらメールすんね!」
「うん??」
僕の体が後ろに引かれ
振り返ってみると、、
楓がうつむいたまま
僕の制服の裾を掴んでいた
「バスが来るまで…さ
一緒に居てくんない?」
そう言って、楓は僕の顔を見上げる
僕は自分の頬を人差し指で掻き
照れながら言う
「わかったよ」
「……ただいま」
そう言って、私は玄関を閉める
誰も居ない家の中は朝と同じ
唯一の違いは朝と違って
私のただいまは家の中で響く事はなかった
誰も居ない暗い家の中を
濡れた靴下で歩く音が、小さく響く。
ドサッ…
私は廊下にカバンを置き
お風呂場へと向かった
キュッ、キュッ
蛇口を捻ると
一気に私の頭から足の先まで
熱いシャワーが流れていく
雨に濡れて冷えた体が
徐々に温もりを増していくのと逆に
私は直也の彼女の言葉、彼女の表情
そして
直也が言った
「そういう対象で見た事ない」
と言う言葉を記憶から消すように
制服を着たまま
しばらく
シャワーに打たれ続けた
もちろん、
直也の彼女の行動も
私にとって辛かったけれど
直也の言葉はとても重く
淡く抱いていた期待は簡単に消し飛び
気持ちを伝える、伝えないで
悩んでいた自分が情けなく思え
まるで、
受験する前に第一志望の大学に
不合格の通知結果を与えられた気分だった
部屋着に着替え
まだ少し濡れた髪をタオルで拭きながら
冷蔵庫を開けると
朝は気づかなかったけれど
お母さんの「朝ごはんです」
と書かれた紙がラップに貼られた
サンドイッチを奥の方で見つけた
「お母さん、だから起こさずに出たんだ。
今日、お母さんのせいで
遅刻ギリギリだったんだよ?
登校日だって言ってなかったのは私だけどね」
サンドイッチを持って
自分の部屋へ上がりドアを閉めた。
昨日の夜、今日は
1日を通して晴れるとテレビで言っていた
だけど
桃が言った冗談のように雨が降った
その雨は、やがて本降りへと変わり
夜遅くまで
家の屋根やアスファルトを濡らした。
透明のビニール傘が
雨を弾く音が聞こえる
黒のローファーは
雨水を吸って、ぐっしょりと濡れていた
そのビニール傘の持ち主は
激しく打ち鳴らす雨音も気にせずに歩く
突然、道にしゃがんで
再び歩きだす
その手に
柚子が落とした携帯を握りながら。。
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