第7話 「交錯の海水浴」

電車やバスのダイヤを1人で待つのは

とても退屈だ


だけど

誰かといる時、その気持ちは和らぐ。


私が座るバス停のベンチは

夏の日差しにジリジリと照らされていて

まるで、岩盤浴に使う石の様

座っているだけで

お尻から熱が伝わり汗が額に滲む


隣に座る夏希が、汗を拭う姿を見て

夏希も人間なのだと1人、

思って少し笑った


その時、

桃が大きな声でバスの到着を知らせ

私達は慌てて立ち上がる




目一杯のオシャレをして

友達と楽しく話す中学生


子供にせがまれ

なくなく外へ連れ出されている父親


私達と同様にバスの車内にも

夏休みが来ていた。



既に満員の車内に

私達の座る場所なんてあるはずもなく

しばらく、

吊り革に掴まったまま

乗客達の波に流されぬように

ただ必死で、無言のまま過ごした


そして、人の多さに疲れ

吊り革を握る手にも

握力が無くなり始めた頃

バスは突然、大きく左へとカーブした


その時

お尻のポケットに入れていた携帯から

キーホルダーが切れ

無数の革靴やスニーカー、サンダルの中に

消えていくのが見えた


「あっ!そ、それ」


私がとっさに出した声は

誰の耳にも届くわけなどなく


直ぐさま流れてきた

次の停留所を知らせるアナウンスが

私の耳に虚しく聞こえた



その後、

何度も人の乗り降りを繰り返して

少しずつ、息苦しさから解放され

乗客の数も疎らになった頃

ようやく、

私は座席に座ることができた

一番後ろの右側に座る私は

人の熱気がまだ少し残る、

車内の空気を入れ替えようと窓を開けた

すると

排気ガスの中にバスが走る

山道独特の木々や緑の匂いが混じった風が

車内へと一気に流れ込んだ


どれくらい走っただろうか?


気づけば私はずっと、

キーホルダーが付いていた場所を

指でなぞっていた


いつの間にか

桃と夏希が隣に座っていることにも

気づかないほどに


景色が流れて行くほど

疎らだった乗客は更に減り

私達だけの車内となっていた


「ねぇ、柚子」


「え?」


「あの、前の方に立ってる人

西川君じゃない?」


桃の言葉に半信半疑だったけれど

先頭の方に、西川君は確かにいた


夏希が西川君に声を掛け

私達の所へと連れてきた


話しを聞くと


どうやら、

約束の時間を間違え

そして、

私達がいたバス停に間に合わないと思い

かなり手前のバス停から乗ってきたらしい


そんな西川君の話しに耳を傾けていると

私達の視界に青い海と白い砂浜が広がる


海はとても偉大な存在だと思う


普段は早く大人になろうと

少しでも大人っぽく見られたいと思い

振舞ってる私達を

一気に小学生くらいまで押し戻す


いつもは内気な夏希も


人前では落ち着いて話すことができない

西川君も


お気に入りのキーホルダーを無くし

元気をなくしていた私も


桃花と一緒に


「海だーーー!!」


と叫ぶ



その声の大きさは

運転手さんが思わず注意するほどだった



バスを降りて、4人で海岸線を歩く

その時、桃が


「何だか、思ってたより

お客さんいないね」


っと私と夏希に話す


確かに、想像よりはるかに少なかった



「とりあえず

この辺に荷物をまとめとこ!」


そう言って私が振り返ると

手ぶらの2人が立っていた


「あれ?2人とも荷物は?」


桃花が更に後ろを振り返りながら言った


「えっとね、今こっちに来てる」


2人越しによく見てみると

2人の荷物を持った西川君が

歩いて来ているのが見えた


その後、

自分から名乗り出たと

西川君は言っていたけれど


本当のところはどうなのかな?


そして

3人、各々が購入した

水着のお披露目会が始まり

盛り上がっているなか


西川君が声を上げた


「西川君!どうしたの?」


聞けば、

慌てて家を出た為か?

水着を忘れてきたらしい


「僕は荷物の見張りしてるから

3人で入って来なよ!」


西川君はそう言った


「見張りするほど人いないのに?」


「いや、桃!そうでもないみたいだよ」


砂浜から見えるバス停に

海水浴へ向かう格好をした人達が

続々とバスから降りてきていた


「西川君?お願いしてもいいかな?」


「うん!さぁ、早く」


私はそのまま

桃花と夏希が待っている方へ走った


授業の1時間は遅く

友達と話す1時間は

とても早く感じるように


私達は時間を忘れて夢中で遊んだ


ビーチボールの行方を必死に追う顔や

海に入って、はしゃぐ姿を見て

心から2人を誘ってよかったと

そう思った


その一方で

時折、視界に入る

西川君の存在が気になってはいたけれど。



あの時、西川君に言った言葉は

私が宿題のプリントを忘れて

暑い思いをしながら

必死に届けてくれた西川君の姿、

そして、役に立てなかったと

落ち込む姿を見て


出た言葉だった


だけど


「これじゃまた、きっと

西川君は自分の事を責めてしまう」


そんな事を考えていた時

私のおでこをビーチボールが叩いた


「あ痛!」


「何、よそ見してんの?柚子!」


桃のイタズラな顔に私はムッとしながら

ボールを取りに行った


「あの、そのボール、、」


「はい?」


「あっ!」


振り返った男性は


直也だった。


「あっ!直也も来てたんだ」


「うん!2時間くらい前かな?」


私達が夢中で遊んでいる間に

沢山の人でビーチは溢れかえっていた


「そっか!ボールありがと!

あんまり、遅いと

また、おばさんに怒られるよ?

じゃあね!」


「誰と来てるの?」

一番に聞きたかったはずなのに

その言葉だけが言えず


受け取ったボールを

直也に向けた背中越しに

キツく握りしめ

桃花達の所へ歩いた



「あれって、西川じゃねぇ?」


一緒に来ていた友達たちが騒ぎ出す


「まさか、あいつ

森崎さん達と一緒に来てんのか?」


その言葉を聞いて

何故だか、

人混みに消えていく柚子の背中を

目で必死に追った


その時

「直也君!ジュース買ってきたよ」


僕の視界を彼女の顔が遮る


「あ、ありがとう」


「コイツ、彼女も来てるのに

他の女の子見てたんだぜ!きっと!」


「そんなわけないだろ」


彼女が友達たちにも

ジュースを配ってる間


もう一度、柚子を探した


遠くの方で西川の手を引き

桃花と夏希をレジャーシートに残して

海の家へと走っていく柚子を見つけた


彼氏や好きな男の話しを

一切しなかった柚子が

男と海に来ている

あいつがどんな顔でいるのか見たい

初めはそんな悪戯な気持ちだった


だけど、その瞬間

何故だか僕の心は苛立ちで満たされた

しかし

何故、そんな感情が湧いてきたのか?

はっきりとした答えがわからなかった。




「思いっきり遊び過ぎた〜」


「本当、夏希が海だと

あんなにテンションが高くなるなんてね」


「桃も彼氏作るぞって

気合い入ってたのに

全然、声掛けたりしなかったね」


「今回はいいの!」


気づけば

海水浴客は疎らになっていた


「話してるとこ悪いんだけど

そろそろ出してもらっていいかな?」


砂の中に埋もれた西川君が

申し訳なさそうに私達に言った


慌てて、桃と2人で

西川君の体を半分くらい

砂から出した時


夏希が大きな声を出した


「あっ!バスの時間!」


「バスなんて、

次のに乗ればいいんじゃない?」


っと桃花が言うと

慌てた様子で続けた


「ダメだよ!

ここから帰るバスはこの後から急に

本数が少なくなるんだよ!」


その話を聞いて

私達は急いで帰り支度を済ませ

バス停へと走った


来た時にはゆっくりと歩いた海岸沿いを

一気に駆け抜ける


先頭を走る桃が言う


「あっ!バス来てる!

みんな急いで!」


その言葉に私達は焦り

一段と足に力を込めて走る


その時、


西川君がバックを落とし

中身がその場に散乱した


「柚子!早く!」



「森崎さん!

僕は、1人で帰るから早く行って!」


急がなければいけない事は

分かっていたけれど


私を呼ぶ桃の声に背中を向けたまま

どうしても、ほっとけなくて

夢中でバッグの中身をかき集めた


そして


私の後ろから聞こえていた声は

私の前から聞こえ


顔を上げると、

声はエンジン音に消えて


必死な表情で私に訴える

2人の姿だけが遠くへ流れていった




私は、バス停のベンチに荷物を置き

フーッと息を吐いた


「森崎さん、あの。。」


「仕方ないよ!

ハプニング、ハプニング」



そう、

笑顔で僕に言ってくれた森崎さんは

あの日の帰り道と同じに見え



それから


1時間、


僕と森崎さんは


バス停で過ごした。





バス停にとどまっている間


森崎さんは一言も喋らなかった


そして僕も


一言も声を掛けなかった



ようやく来たバスに揺られて

僕は料金表示の画面と

隣で窓からの景色を眺める森崎さんを

交互に見ていた。



すると、いきなり



「来年またみんなで来れるかな?」


「えっ!あ、」


森崎さんとバッチリ、目が合った。



「あっ!来年は3年生だから

そんな時間ないよね」


そう言って森崎さんは

窓の方へ視線を戻した


鮮やかだった夕陽が段々と明るさを失い

夕暮れ時となり

もう、すぐそばまで夜が来ていた


僕は、この時の森崎さんの姿を、、


きっと、永遠に忘れる事はないと


直感にも似た根拠の無い自信で


強く、思った。



同時に窓の景色を眺める

森崎さんの姿は


何だか、、、


とても、、


寂しげに見えた



気づけば、僕は少しだけ強い口調で

森崎さんに言い切った


「大丈夫!

またみんなで、この海に遊びに来るさ!」


僕の顔を少しだけ見つめた後


笑顔で


「うん!そうだね」


っと呟き


また窓の方を見る森崎さんは


さっきより、


少しだけ明るく見えた気がした。





「桃ちゃん、柚子ちゃん大丈夫かな?

次のバスが速く来るといいけど…」


「うん。。

柚子なら多分、大丈夫だよ。

帰ったら、メールか電話してみる」


そう言って

バスの窓に、もたれながら

辛うじて見える

小さくなった柚子ちゃんの方を見る

桃ちゃんは


何だか少し


切なさを秘めた目をしていた。





海水浴の帰りに友達たち、彼女の楓と

みんなで夕食がてら

ファミレスに食事にきた

楓が俺の友達と海水浴の時よりも

打ち解けていくのを横目にしながら


「今日、海であんまり話せなかったよな?

そういえば今日、誰と来てたの?」


っと同じ文章を何度も打ち込む


「お待たせしました!」


「直也君の分、きたよ!」


「おう!ありがと」


「直也君ってさ、

いつも和食セットだね!」


「ミートソースのスパゲティとか

オムライスとか食べたりしないの?」


「そんなの、食べないよ

小学生じゃあるまいし」


「そーなんだぁ」



そしてまた、


打ち込んだ文章を消去した



「いただきまーす」

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