第3話 「それぞれの終業式」

まだ、寝たい体を

無理やり起こし

憂鬱な朝を毎日迎えていた


少し前まで

テレビに映る天気予報は

傘のマークばかりが

連日、並んでいて

うんざりしながら

玄関横の傘立てに

手を伸ばす事が

当たり前になっていた


いつからだろう?


傘を持っていた手に

ハンカチやタオルを持って

行き交う人々が

学校や仕事に向かいだしたのは


僕らの日常も変わった


陽射しが少し、強くなり

校舎の壁を

ジリジリと太陽が焼きつけ

授業中の教室では

どのクラスでも

カラフルなタオルや下敷きで

生徒達は暑さを和らげようと必死だった


教室で巻き起こる

男子生徒の汗の臭いや

女子生徒のシャンプーや

制汗剤の匂いを含んだ風は

全ての教室で共通していて


そのエネルギーはまるで、

一種の風力発電に

利用できるのでは?

と思うほどだった


そんな日々を

みんなが耐え続けられたのは

夏休みというゴールが

ハッキリと

頭の中にあったからで


その証拠に、この2週間は

クラスのいたるところで

夏休みの予定を友達同士で

話し合ってる声が聞こえていた


みんなが耐え続け

待ち望んだゴールは

もうそこまで来ていた。


どの教室にも生徒は居ない


でも、ちゃんと

机の横には鞄が掛かっていて


体育館へと続く渡り廊下を

夏の陽射しが照らしていた





「夏休みというのは、」


蒸し暑い空気の中

多くの生徒が

タオルやシャツで汗を拭い

校長が語る

夏休みの過ごし方に

耳を傾けている


柚子

「夏希はまだしも、

夏休みに入ったら

中々、桃に会えないし

今日のうちに

あの事、聞いた方がいいよね


あっ!直也、あくびしてる」


桃花の隣の列に並ぶ

直也の姿を見て

柚子は少し、微笑んだ


そして、

自分の演説に満足した

政治家の様に

校長は額をハンカチで拭きながら

ステージを降りた


柚子

「高2の夏休み…

遊ぶ事もだけど、

そろそろ、進学の為に

勉強に力入れなきゃかな。


夜にでも

お母さんに塾に行きたい!、、

いや、多分、断られる!


自分で勉強するしかないか。」


生徒会の役員が

終業式の終わりを伝える


それと同時に

生徒達は教室に戻って行く



1学期、

最後のホームルームが終わり


待ってましたと言わんばかりに

部活へ向かう人や


教室に残り、しばらく

顔を見れなくなる友達と談笑する人


通知表の結果を友達と見せ合い

拳をつき上げる人


担任の先生が小さく放った


「また、1人も欠けずに

2学期に会いましょう」


と言う、言葉は

誰の耳にも届いてなどいない


通知表の結果に喜ぶ者が居れば

そうでない者もいる



「俺の通知表だけ3段階評価か?

そんな訳ない!

俺の通知表に4以上が無い


それに…


2教科で2を取ってしまった…


これは…


柚子に知れたらバカにされる…」



「うーん。まずまず

とりあえずは悪くないし

直也に見せるように言われても

平気な成績だ♡」


柚子が通知表を鞄に入れ

帰ろうと席を立った時

気づけば、

桃花は既に部活に行ってしまってた



「あっ!桃!」


直接伝えるのを諦め

夜に電話で伝える事にした


「夏希!あれ?」


友人

「夏希なら

図書委員の集まりで呼ばれて

さっき出てったよ!」


「2人共、

声くらい掛けてけばいいのに」




1人で歩く学校からの帰り道

自販機には

売り切れを知らせるランプが

ちらほら、点いていて

私は自分が飲みたいジュースに

「どうか、

ランプが点いていませんように」

と思いながらボタンを押した


「あ〜あ

今日、帰りに3人で

水着の下見して

帰ろうと思ってたんだけどな〜


そういえば、

直也とも海水浴に行ったなぁ〜


まだ、小さくて…


うわぁ!」


頭の中に広がりかけた記憶が

スーパーの入り口から漏れてきた

強すぎるエアコンの風に

吹き飛ばされた


その時、私の携帯に

お母さんからメールが届いた


「いつもより、

遅くなりそうだから

夕飯の買い物しててくれない?」


「ハイ、ハイ、かしこまりました」


私は「了解」とだけ返した


スーパーに入って

買い物を始めた


「最近、お蕎麦とかだったし

違う物が食べたいなぁ


あっ!

カレーのルーが安売りしてるカレーにしちゃおう♡」


???

「あっ!」


柚子

「うん?」


???


「森…崎さん?」


柚子


「え、え〜っと


中、む」


「西川だけど」


柚子


「そ、そう!

西川君!

ど、どうしたの?」


西川

柚子と同じクラスの

成績優秀者で

爪を噛む癖を

クラスの男子に

よくからかわれている


柚子とは高校で出会った

男子の中でも浮いていて

一部の女子からは

勝手に陰で変態とアダ名を

つけられている


西川

「塾行く前に

べ、弁当買いに来て


森崎さんが見、見えたから」


柚子

「そうなんだ!大変だね

終業式の日から塾なんて」


西川

「ま、全く!

ぼ、僕は将来の為に

必要な勉強をしているだけで

その為に夏休みも全て使って遊ぶ事しか考えてない奴らを

出し抜いてやるんだ」


柚子

「なるほど!凄いね!

夏休み中、勉強なんて、、


私はちょっと、

宿題と別に

少し、勉強するくらいしか

考えてなかったから


じゃ、じゃあ」


西川

「あ、あの!」


柚子

「あっ、ハイ!」

私は驚いて居眠りした生徒が

先生に怒られた時の様に

声を出した


西川

「僕、土日は

塾の予定を入れてないから

べ、勉強、お、教えたり…

とか、したい。

いや!したいとかじゃなくて

教えてあげようか?って事で」


柚子

「あっ、う、うん。

ありがとう」


西川

「じゃあ、これ」


柚子

「えっ?」


西川君は慌てて

ノートの端を破り

メモを書いて

私に手渡した


そこには、電話番号と

メールアドレスが

書いてあった


西川

「も、森崎さんからなら

い、いつでも

電話もメールもだ、

大丈夫だから!」


柚子

「あっ、あの!」


そう言って

西川君はお弁当を買わずに

スーパーを出て行ってしまった


柚子

「これ、携帯だよね?

電話番号の始まりが

市外局番だけど…??」


私はスカートのポケットに

メモを押し込んだ


「あっ!お肉買わなきゃ」




家の近くまで帰ってきた時

私は気づいた


「あっ!お昼ご飯

自分で学校帰りに買って食べて

って言われてたんだ!


でも、もう15時過ぎてるし〜


あっ!お母さん

今日、いつもより遅いんだっけ」


私は1人でパニックになりながら

鞄からジュースを取り出して

口に含んだ


「柚子ちゃん!お帰り!」


いきなり聞こえた

聞き慣れた声に

含んだままのジュースが

「ただいま」の声と一緒に

出ていかないように


口元をおさえて返した


「柚子ちゃん、

買い物してきたの?」


「はい!お母さんが

いつもより遅くなるみたいで」


「大変だね!」


「いえいえ、

いつもの事だから」


「柚子ちゃんに比べて

うちの直也は全然、帰って来ないし

そうだ!学校帰りって事は

お昼まだよね?


うちで食べてかない?」


「えっ?!いいんですか?」


「直也に用意してたけど

どうせ、

適当に食べて帰ってくるでしょ

さぁ、早くおいで」


直也の家の中


自分の家じゃないのに


色々な場所に思い出がある


階段の手すりに跨って

直也、

よく滑って怒られてたなぁ


追いかけっこしながら

2人でトイレに入って

偶然、鍵が閉まっちゃって


出られなくなった事もあったなぁ



「ごちそうさまでした」


「また、食べにおいで」





「おばさんのご飯

久しぶりだったけど

やっぱり美味しかったなぁ

あれ?まだ卵あるじゃん」


バタンッ


ピピッ


私は制服のまま

ベッドという海に飛び込んだ


「ちょっと、食べすぎちゃった


あの… 2…人にも


電話…」


そのまま、夢という深海の中へ

私は泳いで行った. . .

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