《最終章第2部 ~鎮魂歌(レクイエム)~》


 どんよりと暗い曇天の下、村の広場の近くにある教会では沈痛な空気に包まれている。

 勇者の妻、シンシアの葬儀だ。

 祭壇では大神官のセシルが聖書の一節、鎮魂節を唱えている。祭壇の下には棺が横たえられ、半分開けられた蓋からは胸の上に手を組んだシンシアが納められていた。

 顔には化粧が施されているからか、まるで眠っているように見える。

 棺に近い最前列の長椅子には喪服に身を包んだ勇者と彼女の母が並んで腰かけており、悲痛に打ちひしがれる義母を勇者が時おり声をかけながら慰めていた。

 ふたりの後ろの列にはライラとタオが、その隣にはアントンとレヴィがいた。


 「嘘やろ……シンシアちゃんが、死ぬなんて……」目に涙を溜めながら俯くライラの肩をタオが手を回して抱きしめる。

 レヴィも友人の急な逝去に涙を流し、アントンが鼻をすする。

 英雄一行だけでなく彼女の友人、村人や街の幼い頃から彼女をよく知る人たちも悲嘆にくれていた。

 やがて鎮魂節が終わり、セシルが顔をあげる。


 「皆さま。故人に、お別れの挨拶をお願いします」


 この村では故人の棺に花を添え、最後に親類が別れを告げるのが習わしとなっている。

 友人や知人たちが手に花を持ち、列に並んでめいめいがシンシアに別れを告げる。

 彼女の子どもの頃からの友人たち、ニナ、ネル、アンの三人も涙を流しながら花を添える。

 ひとりの少年が花を添え、くるりと勇者のほうへと向く。

 勇者の下で修行を志願したマルチェロだ。


 「勇者様、シンシアさんには大変お世話になりました。僕、きっと騎士になります。立派な騎士に!」


 頭を下げるとマルチェロはその場を離れる。

 参列者が次々とシンシアに最後の挨拶をするなか、教会の両開きの扉が勢いよく開かれる。

 そこから息を弾ませながら出てきたのは令嬢姉妹の姉、ショコラだ。

 後ろからミカが慌てて追いかけるなか、ショコラは列をかき分けながらずんずんと奥へと進む。


 「おどきなさい!」


 やがて棺の前まで来ると、ショコラは蓋を掴んでシンシアの顔に自らの顔を近づける。


 「なにを眠っていますの? 忘れたとは言わせませんわよ! 私たちと遊ぶ約束をしたではありませんか!」

 「お姉様、もう……」

 

 当然ながらシンシアはなにも言わない。


 「卑怯ですわよ……黙って死ぬなんて……」


 その場にくずおれるショコラをミカが後ろからなだめる。

 勇者がふたりに花を渡し、参列の礼を述べる。

 参列者全員の挨拶が終わると勇者の仲間たちが別れを告げ、次に母親が額にキスする。


 「辛かったろうねぇ……苦しかったでしょう? でも天国は素敵なところだからね」


 最後に勇者が参列者とはまた別の花をシンシアの胸の上にそっと置く。彼女の好きだった花だ。

 

 「愛してる」

 

 そう呟いたのちに、彼女の唇に口づけする。

 蓋がぱたりと閉じられ、勇者一行は棺の把手を掴むと、教会から出る。目指すは勇者の家だ。その足取りはひどく重い。

 

 やがて漆喰の家が見え、庭のにれの大木も見えてくる。木の幹には白い十字架が立てられ、地面にはぽっかりと穴が空いていた。ちょうど棺が入る大きさだ。

 棺を穴の下へと運ぶとゆっくりと下へ降ろされる。セシルが聖書の一節を唱える。


 「……大地に還り、願わくば神の御手にてかそけき魂を護りたまえ……」


 棺が下まで降ろされると、めいめいが掘り返した土をスコップで棺の上へと戻す。

 やがてすべての土が無くなり、平らにならされる。

 一行と母親は勇者にそれぞれ慰めや悔やみの言葉をかける。


 「ありがとう。あの子の夫になってくれて……」

 「大丈夫ですよ。彼女は無事に天国へと送り出せましたから……」

 「シンシアちゃんの後を追おうなんて馬鹿な真似はせえへんでや……」

 「……なにかあれば、いつでも頼れよ」

 「俺ぁも出来る限りのことはするでな……」

 「わたくしもですわ。シンシアさんは私の大事なお友だちですから……」


 「うん……ありがとう……」


 ぽつりと呟く勇者をひとり残して一行と母親はその場を去った。

 しばしの間、シンシアの墓を見つめると家の中へと入る。

 がらんとした家はまるで他人の家かと錯覚を覚えるほどだ。奥へ進むと扉を開ける。そこは冒険の途中で手に入れた様々な武器武具や道具アイテムが並んでいた。

 勇者曰く宝物庫であり、シンシアに言わせればただのガラクタ置き場だ。

 勇者は壁に掛けられた剣を取るといきなり甲冑と武器、棚に並んだ道具の数々を叩きつける。

 剣が折れ、盾が割られ、魔法の薬の小瓶が倒れて粉々になる。

 

 なにが勇者だ! なにが魔王討伐の英雄だ!


 床に破片やガラスが散らばり、勇者は肩で息をつく。ふと顔を上げると、聖なる鎧が目に入った。

 勇者が剣を振り上げるとそのまま斬り下ろす。だが、逆に剣が折れ、刃が頬を掠める。ドワーフの手によって造られた甲冑は僅かな傷が付いたのみだ。

 ぽろりと手から剣がこぼれ、勇者はその場にくずおれた。

不死鳥フェニックスの尾羽や復活の呪文で甦るなど、ただのおとぎ話でしかない。

 そして二度と戻らない最愛のひとを想って涙を流し、床に破片が散らばった部屋で、勇者の慟哭どうこくが空しく響く。

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