《最終章第3部 ~献杯~》

 

 シンシアの葬儀からそれほど日が経っていない頃……。

 星空の下、周りを山に囲まれた森の奥深くにて勇者はセシル、ライラ、タオ、そしてドワーフたちと中心の台座を囲むようにして立っていた。

 台座にはふたつの白樺しらかばで造られた、それぞれ大きさの異なる棺がふたつ並んでいる。

 英雄一行のひとり、ドワーフのアントンとその妻、エルフのレヴィの葬式だ。

 アントンが働いている坑道で落盤事故が起き、崩落した岩の下敷きになって死んだのだ。

 英雄としても、ドワーフとしてはあまりにあっけない最後である。そしてその知らせを聞いたレヴィは三日後に後を追うように滝に身を落とした。


 「まさか、おっさんが死ぬなんてな……」

 

 冒険の道中、いつもアントンを茶化していたタオが悲痛な表情をする。


 「レヴィはん辛かったやろね……」

 「ライラさん、気をしっかり。私たちがしっかり見送ってあげませんと……」ライラをなだめながら言うセシルも辛そうだ。

 勇者はそんな仲間たちを見つめたのちに、共に戦った仲間の棺に視線を移す。

 ドワーフの長老が金髪碧眼の見目麗しき精悍な顔つきの男に支えられながら、大地の精霊の経典を唱える。

 やがて経典を唱え終えるとドワーフの長老が支えてくれた男を見上げる。

 

 「介助、感謝しますぞ」

 

 礼を言われた金髪碧眼の男はゆるゆると典雅な仕草で首を振る。


 「こちらこそ娘のために弔っていただき、感謝します」


 レヴィの父であり、エルフの里の長は音色を思わせる声で礼を述べる。

 ドワーフとエルフ。数々の物語でも語られるように火と水のように相容れない仲の悪い種族がこうして手を取り合って葬儀を執り行うことはまさに異例の事態である。


 「恥ずかしい話ですが……娘は、レヴィは私と喧嘩をして里を出、ご存じのようにドワーフの男と結婚しました。正直に言いまして」


 一旦止め、一息ついてから話し始める。


 「娘を憎みました。ましてやドワーフなどと……ですが、時おり来る娘からの手紙であの子が元気に、幸せに暮らしていることを知り、私は今までの考え方が間違っていたのではないかと思うようになりました……娘は、レヴィは幸せだったといま確信しています。娘の幸せを望まない親なぞいるものでしょうか」

 

 エルフの長はドワーフの長老の節くれ立った手を力強く握りしめる。長老はうなずき、握り返した。


 「わしも、アントンは息子同然でしてな……父をなくしたあいつを親代わりに育ててきたものですじゃ。じゃから……上手くは言えねぇのですが、わしも、いまあんたと同じ心境ですじゃ」

 

 長老が全員のほうを向く。


 「皆のもの、これよりほむら送りを始める。松明たいまつは行き渡りましたかの?」


 配られた火の付いた松明が全員の手にあることを確認した長老はうなずく。

 

 「では台座に火を」


 長老の指示のもと、参列者たちが松明を台座に近づける。たちまち木造りの台座に火が付き、次いで棺にも火が移った。

 火はやがて台座全体を包み、炎となってすべてを飲み込むようにして燃え盛り、火の粉が蛍のように舞ったかと思うと天へと昇り、消えた。

 参列者のひとりがへたり込んだので一同がそのほうを見る。アントンの仕事仲間の若い鉱夫だ。


 「おれがっ……! おれが悪いんですっ! 逃げ遅れたから……アンさんが身代わりに……!」


 その場で泣き崩れる鉱夫の襟をぐいっと掴む者があった。坑道の親方である。


 「おめぇが泣いても謝っても、あいつは戻ってこねぇよ! 男なら黙って見送ってやれ!」


 そう諭す親方の目にも涙が浮かんでいた。

 途端、音色を奏でるかのような歌声が聞こえてきた。レヴィの父がエルフ語による哀悼歌を捧げているのだ。エルフの父が謳うその歌はその場の参列者全員の心を震わせた。

 やがて火が燃え尽きて焔送りが終わると、一同はアントンとレヴィが仲睦まじく暮らしていた家の中へと入る。


 「ここがアントンとレヴィはんの愛の巣やったんやね……」ライラが丸太で組まれた部屋を見回す。

 「この卓を使わせてもらいましょう」とセシルが卓に人数分のグラスを並べる。

 勇者が酒瓶を取り出して液体を注ぎ、タオが配る。

 全員にグラスが行き渡ると勇者はうなずき、自らの杯を高く掲げる。


 「献杯けんぱい

 「献杯」と全員が勇者の音頭に応える。

 冒険者の習わしでこのように死んだ仲間に杯を捧げるのだ。

  

 豪快なドワーフの戦士アントンと、純情可憐なエルフの妻レヴィに。


 そして杯を傾け、一息に酒を飲み干した。

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