《第二十四章 豊穣祭は賑やかに》⑤

 

 「シンシア選手戻ってきました! はたして制限時間までに間に合うのか!?」


 司会者が実況するなか、シンシアは固くなっている豚肉をめん棒でおもむろに叩きつけると段々と薄くなっていく。

 次いで肉に縦横に切れ目を入れたあとは横にも切れ目を入れ、そこに精肉店で手に入れたハムで包んだなにかを入れる。


 「見ましたか? 今のを? 肉になにか入れてましたな」

 「や、あまりにも手際が早いのでなんとも……」

 「私が思うにハーブの類ではないでしょうか? しかし……」


 審査員一同が頷く。


 果たして制限時間内にル・シフォンと対等に戦える料理が出来上がるのか……?


 シンシアが薄くなった豚肉を牛乳にひたしてパン粉をまぶす一方、ル・シフォンは下拵えをした肉をフライパンに入れるところだ。

 火におろすと、たちまちじゅううと心地良い音とともに肉の爆ぜる匂いがあたりに充満していく。

 

 「なんとかぐわしい香り! 完成が待ち遠しいです!」と司会者。


 「塩胡椒がバランス良く振られてますな」

 「うむ。それだけではない。塩胡椒だけでなく、この香り。肉にニンニクを擦り込んでありますな」

 「さすがはル・シフォン氏!」


 三名の審査員がル・シフォン氏を褒めそやすなか、対するシンシアは下拵えを終えたきり、動かなかった。

 観客がどよめくなか、人混みを掻き分けて来る者があった。


 「シンシアちゃん、お待たせ!」リーナが小さな樽をシンシアに手渡す。


 「ありがとう! リーナさん」


 シンシアが受け取った樽のコルク栓を取ると、黄金色の液体をフライパンへと注ぎ、火にかける。


 「な、なんだあれは!?」

 「あんなのを入れてどうしようと言うんだ!?」


 審査員二名が狼狽するなか、三人目の審査員がはたと気づく。


 「……そうか! 麦酒エールだ! 麦酒で揚げれば、からっと揚がりやすくなる!」


 おまけに麦酒の泡で肉が柔らかくなるので時短になってまさに一石二鳥!


 審査員と観客がううむと唸る。


 な、なんという冷静で、的確な機転力なんだ……!


 ぐつぐつ言ったところでパン粉をまとった肉を投下する。

 たちまちじゅううと音を立て、あたりに麦酒の匂いが充満していく。

 それに負けじとしてか、ル・シフォンがボトルを取り出すと中身をフライパンへと注ぐ。

 すると、フライパンから火柱が上がったではないか。

 観客がどよめいたので、司会者が落ち着かせる。


 「皆様、どうか落ち着いてください! これはフランベと呼ばれる技法です!」


 審査員のひとりが頷く。


 「フランベ。葡萄地酒ブランデーで食材に香りをつける技法。おまけにこの香りは……」

 「さよう。最高級の、それも年代物を使ってますな」

 「いまこの会場には葡萄地酒と麦酒のふたつの香りがぶつかり合っておる!」


 ふたりの料理人が最後の仕上げを施すなか、砂時計は一粒の砂が下へと落ちていった。

 それを確認した司会者が制止をかける。


 「それまで! 時間です!」


 両者ともギリギリで間に合ったようだ。


 「それでは審査員一同に試食をしていただきます! 審査員一同には手元にあります美味しかったと思う料理人の札を上げていただきます!」


 まずはル・シフォン氏の料理からです! と審査員たちやガトー姉妹、そして勇者の前に料理が並べられる。

 バルサミコソースで彩られた皿には、かぐわしい香りのステーキ、副菜としてベビーリーフ、エシャロット、ホースラディッシュが添えられている。


 「『グラン地方名産仔牛のサーロインステーキ 豊穣の恵みを添えて』です。豊穣祭をイメージして作りました」


 ル・シフォンがレストランに来た客をもてなすように説明する。

 ほぉおと審査員一同から溜息が洩れる。


 「では試食をお願いします!」


 審査員一同がナイフを入れ、肉を口へと運ぶ。


 「美味い……! 焼き加減もさることながら、素材の味を殺すことなく活かしている!」

 「塩と胡椒、ニンニク、そしてこのバルサミコソースの配分の見事なこと! 完璧な黄金比を生み出している!」

 「肉も素晴らしいが、この計算された副菜。合間に食べることで味覚をリセットし、それによって更なるうま味を引き出している!」

 

 さすがはル・シフォン氏! と審査員一同が唸った。

 「恐れ入ります」と天才料理人が頭を下げる。


 「さ、勇者様も試食を」とショコラが勧める。


 勇者が肉にナイフを入れると抵抗もなくすーっと切れる。


 「お、おい! シンシア、見てみろ! このナイフ切れ味が良いぞ!」と驚く勇者にミカが「肉が柔らかいんですのよ」と教える。


 「え、あそうなのか? いやでもこれすげぇ美味いわ」

 

 観客からどっと笑いが巻き起こり、シンシアは顔を赤くする。


 あのバカ……! 恥をかかすんじゃないわよ!


 「それでは最後にシンシア選手の料理です!」


 次に並べられた皿はかりかりに揚がった衣に副菜としてレタス、ミニトマト、そしてレモンが添えられている。


 「グランコトレットです。グラン地方で食べられるコトレットをもとにして作りました」


 「ほぅ。コトレットですか……」

 「見た目は及第点ですが、問題は……」

 「さよう。味が肝心ですぞ。では試食するとしますかな」


 コトレットは高級レストランでなくともそこらの安食堂でも食べられる一般的な料理なので、審査員たちは懐疑的だ。

 果たしてこのありふれた料理でル・シフォンに対抗出来るのか……?

 

 審査員がフォークを刺し、ナイフで切り取って口に運び、そして咀嚼する。

 

 「……な、なんだ!? これは!?」

 「こ、これがコトレットだと!?」

 「しかし、この味。どこかで食べたことのあるような……!」


 観客だけでなく司会者、ひいてはガトー姉妹もざわめいていた。


 「うん! 中にチーズが入っててうめぇ! ローテン王国で食べた時を思い出すな!」と勇者がもぐもぐさせながら言う。


 「ローテン王国!?」

 「ということはこれはローテンシュニッツェル!?」

 「まさかここであの料理が食べられるとは!」

 

 今度は審査員一同だけでなくル・シフォンにも動揺が走る。


 「以前、ローテン王国に行ったときにそこの料理長さんから作り方を教えてもらったんです」


 チーズをハムで包み、それを豚肉の中に入れましたと説明し、ほぉおと審査員たちから驚きの声が洩れる。

 と、どこからか銅鑼の音が鳴った。

 

 「両名の試食が完了しましたので、判定に移りたいと思います! それでは審査員の皆様、お手元の札を上げてください!」


 まずは一人目の審査員が札を上げる。ル・シフォンの名前が書かれた札だ。

 ガトー姉妹が手を取り合って喜ぶ。


 「見た目、焼き加減、味、どれを取ってもまさに素晴らしいの一言に尽きる料理でした」

 

 ル・シフォンが「恐縮です」と頭を下げる。


 「それでは二人目の方、どうぞ!」


 二人目の審査員が札を上げる。今度はシンシアだ。

 シンシアと勇者が同時にガッツポーズを取る。姉妹のほうはと言えば、ショコラが視線で殺せるなら殺しているであろう目つきをし、ミカがなだめる。


 「食材の不足というトラブルに見舞われながらも機転を活かし、工夫を凝らして見事な料理を作り上げたシンシアさんに一票です」

 「ありがとうございます!」とシンシアがぺこりと頭を下げる。


 「それではいよいよ最後の判定です! 三人目の札で全てが決まります! では判定をどうぞ!」


 どこからかドラムロールが鳴るなか、皆がごくりと固唾を飲む。

 三人目の審査員が札に手を伸ばす。

 

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