《第二十四章 豊穣祭は賑やかに》④

 

 司会者の開始の合図と同時にふたりの料理人はすぐさま調理に取りかかる。

 ガトー家の専属料理人、ル・シフォンは霜降り牛肉を並べると上から塩胡椒をまぶし始める。


 「ル・シフォン氏、淀みない手つきで牛肉に塩コショウします! その手際はまさに魔法! 対してシンシア選手は!?」


 司会者が彼女のほうを見る。だが、当のシンシアは食材や調味料が入った木箱を前にして呆然と立ったままだ。


 「ちょっと! どういうこと!? 食材がほとんどないじゃない!」


 見ればなるほど、木箱の中には小麦粉やパン粉の類しかない。逆にル・シフォンのほうは食材が豊富にあるというのに。

 

 「おまけにこの豚肉固くなってるじゃない! こんなのえこひいきよ!」


 司会者が慌てて主催者のガトー姉妹に確認する。


 「申し訳ごさいません! ただいま確認しましたところ、手違いで食材が用意出来なかったそうです!」

 「卑怯よ! こんなの勝負にならないわ!」とシンシアが抗議する。

 「ですからこうして謝罪してるじゃありませんか。まったくなんて野蛮な……」


 ショコラが悪びれるふうもなく扇子をぱたぱたと扇ぎながら言う。


 「とにかく! これじゃ勝負にならないから食材を調達しに行くわ! 構わないでしょ!?」

 「馬鹿おっしゃい! 勝負の最中に食材を調達するなんて前代未聞だわ!」


 そこへ妹のミカが姉の袖を引く。


 「お姉様、お耳を……」

 「なによ!? ミカ!」


 だがミカがぽそぽそと耳打ちするとたちまちショコラの顔がぱっと明るくなる。そしてシンシアのほうへ向き直る。


 「良いわ。食材の調達を認めましょう。でも制限時間があることをお忘れなく!」

 「言われなくても!」とシンシアが会場から颯爽と駆ける。

 

 「なあ、こんなのやりすぎじゃないのか?」と勇者が苦言を呈する。


 「あら? 私は謝罪したうえで食材の調達を許可しましたわよ? それより彼女が戻るまで料理が出来上がるのを眺めましょう」


 もっとも、勝負はすでに決したようなものですけど……♡



 「どういうこと!? 卵がないなんて!?」


 雑貨店にてシンシアが声を大にする。


 「ごめんねぇ。さっきお客さんが来てどうしても必要だからと全部買い占めていったのよ。こんなことなら少し残しておけばよかったんだけど……」と店主が詫びる。


 むろんガトー姉妹が手を回したのだ。


 「……しかたないわ。この牛乳と、あとそれをちょうだい」

 「お代は結構だからね。がんばるんだよ!」


 次は精肉店だ。だが、ここでも姉妹の手が伸びていた。

 

 「すまんなぁ。ついさっき全部売れちまったんだ」

 「そんな……!」


 豚肉に代わる食材を手に入れようとしたのに……!


 ふと唯一残った食材が目に入る。

 

 「おじさん、これください!」

 「いいけど、これで勝負になるのかい?」

 「あたしに考えがあるの!」


 食材を手にシンシアは会場へと向かう。と、彼女を呼び止める者があった。


 「あら、シンシアちゃん。そんなに急いでどうしたの?」

 

 酒場の女店主リーナだ。


 「リーナさん、ちょうどよかった! 実は……」


 事のあらましを説明し、最後にリーナに頼み事をする。


 「わかったわ。会場に持って行けばいいのね?」

 「お願いします!」


 

 一方、会場ではル・シフォンが下拵えを終えたところだ。開始してからすでに30分以上経過している。


 「どうやらこの勝負、私たちの勝ちですわね」


 ショコラが高飛車に笑い声をあげる。

 勇者は妻シンシアがまだ戻ってこないことに苛立ちを募らせていた。


 シンシア……!


 「お待たせ!」


 人だかりの中から食材を手にしたシンシアが現れた。


 ちっ。戻ってきましたのね……!


 苦虫をかみつぶしたような顔をするショコラの横でミカがおどおどする。

 その間もル・シフォンは着々と調理を進めていく。


 ほぅ。逃げもせずに戻ってきたか……だが、残り少ない時間で私の料理を超える料理を作り上げることなど不可能……!


 シンシアがシンクにつくと食材を並べる。そして調理を開始する。


 「反撃開始よ!」

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